伍ノ肆 全てがシロになる
シーズン3最終レート2052でした。
これにて5章終了です。
「コングラチュレーション。ミッションコンプリートかな」
女神が何かを言っているが今は早苗だ。
記録として20分が呼吸を止める限界とされている。
しかし、それは最初空気を吸ってからの記録でありいきなり止められた時の記録ではない。
ここでの重要な記録は首を絞めて死ぬのが3分程度のほうだ。
もうそろそろ三分経つころ。
急いで何とかしないといけない。
呼吸をしているかを確認するが、していない。
脈もない。
すぐに心臓マッサージに取り掛かる。
30回胸を押した後続いて人工呼吸。
2回した後再び心臓マッサージ。
5分くらいやり続けた。
「頼むよ早苗。お願いだから――」
俺の悲痛の叫びが届いたのか
「ぐっ」
「早苗!!」
呼吸を取り戻してくれた。
一瞬の安堵。
ほんの一瞬の休息。
同時に俺が何をしたのかを理解した。
「稟!!」
慌てて駆け寄ったが、もうわかっている。
即死だ。
俺が殺したんだ。
「うわああああああああ」
頬に熱いものがつたわってくる。
泣いた。
「おいおい泣くなよ主人公。今時主人公の葛藤なんて流行んないぜ」
けらけらあざ笑う女神。
だがまだだ。
最後の切り札が俺にはある。
「反辿世界」
戻れ世界。
「だーめ、そんなの許さないから」
現実は残酷で、戻れなかった。
この現象を一度だけ見たことがある。
かつて真百合と最初に世界移動したとき目的の時刻に戻ることが出来なかった。
それと同じ現象だ。
今にして思えば、あれもこいつの仕業だったのだろう。
「ねえ、このタイミングで言うのもあれなんだけどさ、人間って意外に丈夫で心臓刺されても数秒は生きることが出来るんだ。意味わかる?」
怒りと悲しみがごちゃまぜになっている俺はこれ以上何も考えることは出来なかった。
「あのさ、僕ちんは7時までにどっちか殺せっていって、君が林田稟を殺したの、7時と1秒なんだよね。間に合ったように見えて実はまったく間に合っていないんだ」
その女神はなにかしら能力を使い早苗を宙に浮かす。
「う……」
既に弱っていた早苗は力なく宙に浮く。
「というわけで、エクストラステージを始めようか。今回君は疲れているだろうから観客のままでいいよ」
女神が指先で早苗の右腕を触る。
触ったところから早苗の右腕が壊れていく。
「お、おい」
「動かなくていいよ。本当のこと言うと動かない方が正解なんだから」
その意地汚い悪意は俺の頭に響かない。
今、唯一聞こえているのは
「く……たすけて」
早苗のもう叫ぶことすらできない悲痛な呟き。
助けないと。
もう、全てがどうなっても構わない。
ここで死んだっていい。
俺が積み上げてきたものすべて捨てたっていい。
どうなってもいいから
何もかもコワしてやる。
意識が遠のいていく。
否、意識が白に染まっていく。
真っ白だ。
俺の世界から色が消えた。
早苗の綺麗な赤色の髪も、稟から流れている紅の血も、俺達をあざ笑うかのような夕日の朱も
もう見えない。
そういや母さん色彩感覚が弱いってぼやいてたのを思い出す。
どうでもいいか。
「やあ、100%の君に会うのは初めてかな」
どうやら俺がこうなることがこいつの企みだったらしい。
まあいい。死ね。
「鬼人化」
右腕を振り下ろす。
腕が振り下ろす間に空間のひずみを作られたが、お構いなしに振り下ろした。
女神は自分の腕で俺の攻撃を止めたが、その犠牲として片腕を一つ落とした。
落とした腕が俺の方をめがけて飛んでくる。
「雷電の球」
女神の腕を電気の球にして、弾き返す。
「……っ」
怯んだスキを逃さない。
女神の顔を掴む。
「ちょっ。やば!」
終わらせてやる。
「柳動体」
呑み込んでやる。
こいつの存在を。
全部。
「ヘルプお兄ちゃん。これはさすがにやばい!」
何処からかバスケットボールが、飛んできた。
軽く受け流そうとするがその攻撃は予想外に激しく、俺の手は女神から外れてしまう。
数メートル勢いに押されたがやっと止まった。
「神薙さん」
「そうだぜ。俺だ」
ボールが来た方向とは逆から声がした。
「何でそこから出てきたんですか。瞬間移動でも?」
「大した意味はないぜ。地球は丸いんだ。あえて逆方向から投げることでバスケットボールを回収する手間を省いただけのことだ」
転がっているボールを回収し、懐にしまう。
さらりととんでもないことを言った気がするが、気にしてはいけない。
「邪魔する気ですか?」
「まあそうなるぜ。不本意だが、戦っちゃいけないんだよ。シンボルだろうがギフトだろうが純粋な『物語』とは」
そんな都合知らないな。
「邪魔するなら、あんたもタダじゃおかない」
「おう。だが安心しろ。俺もお前も『物語』持ちだが、戦いにはならないぜ」
そうかよ。そんなに自分の力を過信するなら、その幻想を抱えたまま死ね。
「回廊洞穴」
直接次元に穴を空け上半身と下半身を分断する。
「いやん」
空気、いや違う。空間を掴み元に戻した。
「重王無宮」
重力を利用しブラックホールを生成。
光すら呑み込むそれは周囲を破壊していく。
「こらこら、そんなの作るなって」
しかし、神薙はそれごと口から呑み込んだ。
「無味無臭と言ったところか。次は?」
なんだよこれ。
「大小織製、二次色の筆」
大きさを1ミクロに、こことは違う次元に飛ばす。
しかし直後に俺が吹き飛ばされた。
「小さくなってもどこにいっても強さは同じ。その名は名探偵カンナギ」
あ、ありえん。
全力どころか10000%の力を出している自覚はあるのに、全く敵う気がしない。
「あり得ねえだろ? それ僕ちんも同じこと思ってるから」
顔を押さえゆらりと立ち上がったメープル。
「更に言うとあれでも加減しているどころか下限なんだよなあ」
よし、勝つの諦めた。
「神薙さん。俺はこいつを殺したい。邪魔しないでください」
「別に構わないぜ。こいつが良いというのなら」
「嫌だ。死にたくない。助けてお兄ちゃん」
こいつ、自分は散々殺しときながら死にたくないとでもいうのか!?
「今回だけだぜ。次はない」
「ありがとー。かっこいい。抱いて」
「うっぜ」
どうしようもないこの二人を俺はどうすればいい。
メープルだけはまだ何とかなりそうだ。
だが、神薙信一。
こいつだけは、勝つビジョンが見えない。
「とはいえ、流石にお前贔屓はしない。痛み分けだ」
「うん。分かってるかな」
「出て来いよ」
呼ばれて出てきたのは嘉神一芽。
「父さん」
「……」
父さんだったのだが、俺を見て何も反応はない。
違うな。今の俺を見て何かを思ってその処理に忙しい。そう言ったところか。
「神薙さん。あんたはこうなること分かってたんですか?」
「さあ? シッラネ」
「本当にあんたは最低だ」
「屑風情が。粋がってんじゃないぜ。お前とだけは対等に付き合わない。捨て駒にしか使わない。分かっているだろ?」
父さんは何も言わず言い返せず黙って俺のもとに近づいた。
「何かあったのか? もしかして神薙さんの弱点でも知っているのか。だったら――」
「すまん一樹。これは父さんのエゴだ。封剣守偽」
色あせた世界に色がついていく。
その代わりどんどん力が抜けていくのが分かった。
「父さんのシンボルだ。力も記憶も何もかも封印するんだよ。ここまでの出来事とその力再び封印させてもらう」
「や、やめろ!」
すでに足で立つことが出来なくなり、両膝をつく。
大切そうに俺を支える父。
「ごめんな。ほんとごめん。逃げだって分かってるんだ。こんなことしたって何も意味の無いことは父さんが一番分かってるんだ。でもな、こうでもしないとお前が傷つくんだ。こんな形でしかお前を守れない弱い父さんを許してくれ」
消えゆく意識の中。
俺が最後に見たのは
その場で気を失っている早苗と。
事切れて何も言わなくなった稟と。
崩壊した顔を押さえたメープルと。
つまらなそうに俺達を見ている化け物だった。
5章終了です。
ものすごくお気に入りが増えたので頑張りましたがやっぱり後半ばてました。
主人公無双がいろいろと過ぎる章でした。できれば感想欲しいです。
評価はもっとほしいです。