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チート戦線、異常あり。  作者: いちてる
11章後編 愛と情と正と義と勝と利の物語
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ウィナーズ・ダイアリー 1

「粗茶ですが、どうぞ」

「あ、どうも」


 私は誘拐された身なのだが、どうも待遇は悪くない。いや嘘だ。良すぎて逆に居心地が悪い。

 どこぞの王族の私室のような場所に、私は軟禁されている。


 コップ、椅子、机。目に入るもの全てが最上級の逸品すぎて、気が散ってしまう。

 こんなに持ちやすいコップも、座り心地が良い椅子も、これまでの人生で使ったことがない。


「すごい部屋だな」

「『人を駄目にする部屋』として作らせはしたものの、あまりに駄目になりすぎるので普段使いは禁止されています。招待されたのは罪人さんと、あなただけです」

「……そうか」


 そんな部屋に私を置くな。というか招待するな。


「聞いてもいいか。神薙は……今、何をしている」

「あなたと話しています」

「椿殿。そういう冗談はいい」

「失礼しました。私も少々、浮き立っておりまして」


 数回言葉を交わしただけだが、彼女は本当に楽しそうにしていた。


「早苗さん。私、あなたのことを心から感謝し、尊敬しています。あの人があんなに楽しそうに笑ったのは、それこそ二百年ぶりなんですよ」

「そうなのか」


 初耳の情報だし、それが私をどれだけ評価していることの証左になるのかは分からない。


「それがあの娘じゃなくて、あなたで本当に良かった」

「分かっていたが、本当にあなた達は真百合のことが嫌いなのだな」

「はい」


 シンボルというのは究極の『個』だ。

 それを有していると、IF世界といった『別のなにか』が存在できなくなる。


 どちらが正しいという考えは本来ないのだろうが、『シンボルを持つ』という観点においては、真偽の概念が生まれてしまう。

 本物になれた方が『今の神薙』であり、彼女達を選んだ神薙だ。

 そうでない真百合の、よく似た女性だけを選んだ神薙も、いるにはいたらしい。


 彼女達にすれば、真百合はその時の亡霊に見えるのだろう。

 『空亡惡匣』は神薙が本気で戦えば確実に討伐できると知った今、警戒すべきはたった一人。自分自身でしかない。


「で、話を戻すが……あいつは今何をしている?」

「恐らく、着替えているのでは?」


 いつもうっすい寝巻のような和装だというのに、なぜ今になって。


「地球どころか、この宇宙全てが自室のようなものですからね」

「そう言われればそうなるのか。いや……まぁ、そうか」


 自室の中で、わざわざスーツを着る人間はいない。そういう理屈か。


「待たせたな」


 そんな話をしていた時だった。

 神薙が洋服に身を包み、部屋に入ってきた。


「話は続くか」

「いいえ。ちょうど、あなたが来ないかという話題でした」

「それは失礼した」


 椿殿は立ち上がり、神薙がその席に座る。

 元から二席しかなかったのだから仕方ないことかもしれないが、あいつの力なら椅子の一脚くらい創造すればいいのに。

 そこは『役目』ということなのだろうか。


 双方が納得しているのだから、私が口を挟むことではないだろう。


「早速だが、もう一度だけ言わせてくれ。早苗、お前は俺の期待以上だ」

「……どうも」

「お前のような奴がいてくれるおかげで、俺が人間であるという自明の理が証明されたようなものだ」

「そういうお世辞はいらない。私が欲しいのは呪いの解除だ。お前が一樹にしたことを、なかったことにしてくれればそれでいい」


 こいつは、この世すべての悪を『一樹』ということにした。

 それは決して許されることではない。だが、それを解除できるのもまた、こいつしかいない。


「ああ。早苗が俺を敗北させてくれるなら、すぐにでもそうしてよかったぜ。ただ、そうはならなかった」

「………」

「そう身構えるんじゃない。俺はこの上なく早苗を評価している。約束は守るし、それ以上の報酬も与えよう。ただ一つだけ、やってもらうことがある」


 やってもらうこと。それは同意済みの事項ではあるが。


「空亡惡匣の……」

「σφ(シグマ・ファイ)。俺が奴をそう命名したのだから、これで通せ」

「σφの撃破。で、あっていたか?」


 神薙の目的は『自分が人間だと証明すること』だ。

 DNAだとか、母親の胎から生まれたとか、そういう生物学的な話ではない。

 そういった条件は全部パスしているのだろうし、仮にしていなくても気にはしないはずだ。


 重要なのは、あまりにも圧倒的に絶対者として『強すぎること』。


 今のこの世界は、こいつの指先一つでバランスを保っている。『神』と呼ばれる存在は何体もいたが、結局こいつの質量の前に蒸発する程度の、大したことない連中だった。

 何なら私のこの視点ですら、神薙から分配された力であり、素の状態ですらない。


 ただ、これくらいなら神薙は『人類で再現可能』だと思っている。

 問題なのは、σφの討伐が既存の体系では不可能であることだ。


 何人たりとも不可能とされるσφの撃破。それを単独で成し遂げられる神薙。

 果たしてそいつは『人間』と言えるのか? そいつは何者なのか?


「誰も倒せないσφを、私が討伐する。それによってこの世に存在する『人』と『それ以外』の境界線が無意味になる。だからこそ、お前は人間であると主張できる……そういうことか?」

「そうなるぜ。ただ、一つ訂正しておこう。そこまでは求めていない」


 否定の言葉なのに、奴の声色はあまりにも柔らかかった。


「『最終傀』は証明が出来ない。究極の超悦者は循環証明になってしまう。ならば俺が持っている三番目、『信世界』によって、俺の基準であらゆるものをより良いものに作り替えることにより、σφを超越する」


 私はその三番目とやらに、なす術もなくやられたわけだが。


「善悪という意味ではなく、優劣という意味での正しさの押し付けだ。この世あらゆるものの合算は、理論値の乗算に劣るというただの当たり前。当たり前だからこそ――――再現性がある」

「……?」

「再現性があるんだ」

「????」


 まさか、こいつ。そんなわけあるかとは思うが、聞かずにはいられない。


「『信世界』は、他人にも扱えると思っているのか?」

「できるだろ。言うなれば、みんなが限界MAXで成長しただけの話だぜ」


 神薙のロジックでは、『信世界』は神薙じゃなくても使用可能ということらしい。

 本当か? 本当なのか?


 まあ、言っていること自体に神薙特有の要素はないから、そう言われても否定はできないのか。


「だから『信世界』で倒しても、『俺だけが倒せる』というロジックにはならない。これは俺の中で解決済みの議論だ」


 仮に拳で核爆発を起こせるとして、核兵器で殺すことができる敵ならば、人という種はそれを再現できる。だから再現可能。

 正気の理論とは思えん。私はあれを直接観測したが、だれがどうやってああなれるのか、あれを再現できるのかがわからん。

ただ結局のところ、これは神薙が満足するかどうかの問題でしかない。


 ならば奴がそれでいいといえばいいのだろう。


「だがどうして? そこまでできるならもう私はいらんだろうぞ」

「確実じゃない。ほぼ確実に、99.99999%勝つ。が、絶対ではない。俺の我儘だからこそ、100%の勝機がなくては挑んではいけない」


 確かに、世界を滅ぼせる存在の封印を解除する理由として、自分が人間だと証明するため、なんて自己中心的極まりない。

 確実に倒せるならそれでいいし、倒せもする。

 ただ何度も繰り返すことじゃない、1回きりの勝負にするべきだ。


「そのわずかに足りない勝率を、早苗という変数を参加させ、それで戦況を決定づける。だからこそ、σφの討伐は『人類で再現可能』となる」

「つまりこういうことか。信世界までを制限したお前と、全力の私でσφを倒す」

「ほかの誰でもない。お前がいい。お前だけが唯一、足手まといにならない可能性がある」


 ここまできて。ようやく人類史の女性最強と名乗れるくらい強くなって、帰ってくる言葉が『足手まといにならない可能性』、か。


 まあいい。私は別に強さを求めてはいない。

 本当に必要なものを求めた結果、たまたま最強の女になっただけだ。


「分かった。お前の言う通りにする。だが」

「ああ、期限を延ばす気はない。あれの名誉も何もかも回復させてやる。これまでは種としての役割があったから優しく接してきたが、今はもう興味がない」

「…………」

「俺という影響をできるだけ与えたくなかったから、物心つくまで関わらないようにしていたが……親がカスだと子も割を食うか。それでもと思って信じてやったが、どうしてこう俺という人間は、信じたら裏切られるのかね。悲しいねぇ」

「…………憤怒は貴様の都合だ。だから言わせてもらうぞ。その超越者足らんとする視点は、人間らしくないのではないか」


 覚悟の言葉だった。報復の可能性を考えなかったわけではない。

 だが私として、言わざるを得なかった。


「お前の思考は人間らしくない。もっとこう、別種の高みから見下ろすかのような思想だ」

「忠告ありがとう、早苗。だがそもそも論が違う。『人はいつか必ず死ぬ』……そんなのは幻想だ」


 意外なことに、奴は非常に落ち着いていた。


「今の時代、男女差別というものは無くなった。なぜだと思う」

「知らぬ」

「複合的な理由だが、一番は身体を介さずともできることが増えたからだ。情報通信が発達したことによる経済的合理性。そしてこの時代だと『ギフト』と呼ばれる、俺が配った異能力により、そういった差別をすることが非合理であるとされた」

「……まぁ、そうだな」

「この時代の人間は、男女差別を悪だと断ずることができる。だがタイムスリップをして、力――それも異能ではない純粋な意味での暴力こそが正義の時代に、この思想を語ってみろ。先ほどの早苗のように非難される」


 時代背景が違うと、そう言いたいのだろう。


「確かに今の俺の視点は、大多数の一般人の視点とはかけ離れている。そこは認める。だが、こうでもあるんだ。人類はやがて俺と同じ思考にたどり着く。そしてそれは、そう遠くない未来だとな。俺はたった数歩だけ、優性の思想を持っているに過ぎない」


 なんだかまるで、私が人種差別をして、それを穏やかに諭されているような気分になるのだが。

 納得いかんが、心ではなく論理を用いた口論では、私は勝てん。


「もういいだろ。いよいよだ。時間は無駄にしたくない。早苗の特訓期間は1か月もないんだ」

「……1か月? いま1か月といったか?」

「いったぜ。2月22日だ。延長も短縮もしない」


 今が1月23日の夜だから、本当に1か月もない。


「あ、あぁ、そうか。1か月だけ特訓して一樹を解放してくれるということか」

「なわけないだろ。σφを倒すまでの1カ月だ」

「……無理だろ」


 そんな短期間で宇宙の天頂をはるかに超えるような存在に挑めるわけがない。


「お前は人類で一番強い女になるのに1カ月もかけてないだろ。余裕、自分を信じろ」

「それは相当な裏技を使ったからで、私一人の力ではない」

「ならばそれ以上の外道をつかって、早苗を強化すればいい。理屈通りだ」

「……だとしてもなぜ1カ月なんだ? そんな期日を作る必要が?」


 その日までじゃないと復活する、なんてことはないはずだ。


「これは大事なことなんだが……今年の2月22日は、俺の200歳の誕生日なんだ」

「?」

「わかるぜ。他の世界でいろいろな経験しているのだから精神年齢は違うだろって」

「いやお前の精神年齢は12くらいだろ」

「だが、この地この暦、間違いなくちょうど200年だ。素晴らしい日だろ」


 聞いてないし。


「俺がσφを封印したのは22になった2月22日。ちょうど200年。節目として決着に相応しい」

「……」


 何でもできるからこそ、ある意味もっともどうでもいいことにこだわるのかもしれない。


「だがどうするのだ。お前がそうするとしても1カ月で不可能なものは不可能だ」

「おいおい。俺たちを誰だと思っている」


 人外の天敵、人間厨。そして、最強。

 何でもできるし、できないこともできる無法の存在。


「……止めるのか?」

「そういう手段も取り得る。それ以外にも時間の圧縮、異世界移動による時間軸の変更。繰り返し。できる手段はそれこそ無限にあるぜ」


 絶対的な自信。200年tier -1から落ちなかった最強の得意分野。

 何でもできるだろうが、強くすることについてこいつの右にも上にも出るものはいない。


 絶対的な強者がそこにいる。


「これから俺が強いるものを説明する前に、一つ免責を言わせてもらう。それは鍛え方についてだ。俺は努力が素晴らしいものであると確信している。努力さえ正しく行っていれば、特定ジャンルの天下くらいは取れるだろうと思っている」


 それは同意できるし、事実なのだろう。

 最終傀という存在が、それを裏付けている。


「しかしだ。正しい努力を正解に近いほど行える人間も、それができる環境もそう簡単には存在しえない」


 それも同意だ。だからこそ環境や人との出会いというのは大切である。


「何より厄介なこととして、正解の努力というのは、人によって変わることだ。

自分の中の理論を組み立ててから学べることのできる奴、実践でやってこそ学ぶ奴、体罰を伴って学ぶ奴、誰かに聞いて学ぶ奴、そこに個人に対しての正解はあって、全体に対する正解はない。

昭和の教育法より平成令和の教育法の方が全体を見ると優れているとされているが、個人というミクロの観点で考えれば、決してそれだけが正しいとは言えない。ケツをたたかれなければ、動けない人だっている」

「うむ。全く持って同意だ。お前にしてはあまりにも全うすぎて困ったぞ」


唯一のツッコミどころは、この世界に本来令和なんて概念ないから。

 平成に宇宙人攻めてきたから、令和なんて無いのだ。


「だからこれから俺が早苗に教えるのは、早苗に適合した修行方法であって、万人が最強になるための方法ではないということ」

「…………」


 ここにきて、何やら嫌な予感がする。

 この部屋に寒い暑いといった不快な温度は存在しないはずなのに、悪寒が出るほどの寒さで発汗が止まらない。


「だから決してマネしないでほしい。俺が早苗を地獄に叩き落したとしても」


 逃げよう、そう思ったのはもしかしたら初めてかもしれない。


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