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チート戦線、異常あり。  作者: いちてる
2章 宝瀬真百合とコロシアイ
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反辿世界 1

「早苗ぇえええ」


 俺は慌てて駆け寄った。


 早苗は仰向けに倒れていて彼女自身の血で絨毯を敷いているようだった。


 脈は……完全に止まっていた。


 俺は抱きかかえると指先に痛みが走った。


 早苗の背中にはガラスが突き刺さっていた。


「おい起きろよ。何でだよ。何で目開けないんだよ」


 死んでるんだから。


死んで?


死んでる?


何で?


どうして?


 死因はハッキリと分かる。出血多量によるショック死だ。


 だがどうして鬼人化オーガナイズを使わなかったのだろうか。


 そうか、使えないのか。鬼神化オーガニゼーションした後だ、体力が尽きていたのだろう。


 じゃあ何で鬼神化オーガニゼーションしたんだっけ?


 そうだった。俺の所為だった。俺がバカな事したからだった。


「俺が悪いのか」


 早苗にガラスが突き刺さっているのも、完全に使うことの出来なかった俺の責任だ。


「俺が早苗を殺したのか」


 二週間前、俺と早苗は死線を乗り越えてきた。


 だからきっと俺らは死なないと思っていた。


 心の中で早苗と俺だけは大丈夫だと思っていた。


「うわああああああ」


 天谷が叫ぶ。


「おねえさまああああああ」


 泣き叫ぶ。


「まったく、早苗自分の身も守れないのに後輩の盾になるなんて本当に、早苗らしいわ」


 宝瀬先輩は無傷だった。


 彼女を除いて誰一人として無傷の人間はいない。


「………………」

「嘉神……君?」


 先輩が俺の名を呼ぶが答える気にはなれなかった。


「天谷、俺はこの事件主犯だけ殺せばそれだけで済むと思っていた」


 ただ違った。


回廊洞穴クロイスターホールッ!!!!!」


 俺はこのゲームの関係者全てをこの場に集めた。


「天谷。悪いのはこいつらだ」


 一斉に集められた百人あまりの大人たち。


 あまりの多さにある程度は見逃そうと思った俺が甘かった。


 クズはどこまでたってもクズだった。


 消す以外ないと俺はいつになったら学ぶんだ。


「宣言する。てめえらは俺が殺す」


 誰にも聞こえないような声で呟く。


鬼人化オーガナイズ


 虐殺だ。どいつもこいつも許せない。









 この三十分の記憶はない。







意識が戻った時、周りには同級生たちはいなかった。


 代わりに肉片や血飛沫が飛び散っている。


 その光景は、あの五人の一年がズタズタに殺された時の光景よりも遥かに酷く醜く汚らわしいものだった。


 殺るだけ殺りきった後、俺は冷静だった。


「落ち着いた?」


 宝瀬先輩が俺に話しかけた。


「ええ。落ち着いたと言うより力尽きたと言うべきでしょうね」


 俺は大の字で倒れた。


「嘉神君。私の記憶ではあなたは理性的な人間だと思っていたのだけど」


 俺は黙秘権を発動する。


「もしかして、早苗のこと好きだったの?」

「いやそれはない」


 つい即答をしてしまった。


「俺が早苗と一緒にいた理由は、単なる罪滅ぼしですよ。現に早苗俺のこと嫌いですし」


 覗きやキスの件を許しては貰ったがそれはあくまで早苗が妥協したというだけの話。


 あれは早苗が大人だったというだけで、早苗個人は俺のことを憎んでいるんだろう。


「死ぬ前にそのセリフを聞かなかっただけでも、早苗は幸せね」


 俺に宝瀬先輩の言っている意味は分かなかった。


「それで嘉神君。本題に入るわ。あなた、早苗を助けたいとは思わない?」

「出来るんですか?」

反辿世界リバースワールド。私にとって時間を遡ってやり残すことは簡単なのよ。むしろ時間遡行が私のギフトの本来の姿よ」


 俺はその事を考えなかったわけではない。


「ですが先輩。それじゃ駄目なんですよ」

「どうして?早苗を助けたかったんじゃないの?」


 もちろん俺は助けたい。


「だって過去にやり直しても早苗がここで死んだ事実は消えないじゃないですか」


 やり直したら平行世界が誕生する。


 俺はその平行世界を生きていくことになるのだが、


「それだとこの世界の早苗は、助かったことにならない」


 だから駄目なんだ。


 この世界に、現実に、悪夢に、地獄に、最悪に、絶望に、目を背けてはいけない。


「それだったら安心して良いわ」


 先輩は優しい微笑みを浮かべた。


 聖女マリアに匹敵する笑みだった。


反辿世界リバースワールドは、自分が過去に行くんじゃない。世界が巻戻るのよ。だから、ここにいる早苗が死んだという現実を無かったことに出来るわ」

「ほんとですか!」


 気が付くと俺は先輩の肩を掴んでいた。


「ただ問題があって、一度使うと遡った時間分私は能力を使うことが出来ないのよ」


 説明を聞くに五分戻ると五分間、一日戻ると一日ギフトそのものが使えなくなるらしい。


 あの時の今は使うこと出来ないとは遡った後なのだろうな。


「私の反辿世界リバースワールド、手動と自動どちらでも発動できるのよ」


 手動は分かるが、自動ってどういう事だ?


「自動というのはね、私が死んだら無条件に発動して三時間前に遡ることになるわ」


 つまり先輩はどんなことがあっても殺されることはないということか。


 鉄壁を超える防御力だ。


「この異能のお陰で過去三回死ぬことを回避できたわ」


 てか、この先輩僅か十七年で三回も死ぬ羽目になったのか。


 どんな人生だよ。


「でもこのギフトの所為で、ついさっきまで数千回死んでいたわ」


 へえ。


 ………………。


「………冗談ですよね?」

「いいえ。本当よ。本当に辛かったわ」


 以前既視感を感じたことがあったがそれはこういうことか。


 彼女が殺され続ける間の時間も一応俺たちはいたわけだから


 そして俺はその数千回分彼女を守れなかったのか。


 俺は彼女を抱きしめていた。


「ごめんなさい。俺が不甲斐ないばかりに」


 謝って済むものではない。


 ただ先輩は


「いいえ。いいのよ。私は満足しているわ」


 と、許してくれたのだ。


「ねえ。嘉神君と話、まだ続けたいのだけど少し泣いていいかしら」


 辛かったのだろうな。何百何千と死んでいくのは。


 しかもいつ殺されるかわからないという状況なわけだから。


 彼女の地獄はここで一端の終焉を迎えたわけだ。


 俺の胸くらい貸してやる。いや、もはや貸すのは義務だ。


「うわぁぁぁああっぁああああ」


 宝瀬先輩、いや、あえて宝瀬真百合は嬉しさと怒りと悲しみと喜びによって泣いた。






 宝瀬先輩は少しと言ったが、一時間はすこしに入るのだろうか。


 未だにべそをかきながらだが話を続けた。


「私のギフトがあれば早苗はもちろん後輩たちも助けることができるわ。でも」

「………それこそ始まる前に戻れば良いんじゃありませんか?」

「確かにできるわ。でも、万が一いいえ、それ以上の確率で失敗したら?」


 またあの迷宮に逆戻りだ。


「だから私は早苗を助けない。それを言いに来たわ」

「それ、本心ですか?」


 藍色の目を見ながら言う。


「先輩、だったら何で会話しながら唇を舐めたり、俺の唇を見て話したりしたんですか?」

「それは………」

「言わなくても良いです。先輩自分じゃ怖くて出来ないから、俺に先輩のギフトをコピーさせて、俺が過去を変えるようにしたいんですよね?」

「違うわ。そんなこと微塵も思っていないわ」


 よく言うよ。


「だったら何で俺に話しかけた。文字通り鬼と化した俺に、話しかけようとするなんて正気の沙汰とは思えないですよ」


 何だかんだで先輩は優しい。一万回死のうが他人を考えることが出来る。


「違うわ。反辿世界リバースワールドを使うことの出来る私は、あなたより強い。だから怖くないだけよ」


 そりゃどうも。


「じゃあ、動かないでくださいね」


 俺はゆっくりと先輩の口元に近づく。


「………」


 先輩は何も動かない。回避しようともギフトを使おうともしない。


 唇に温かい感触が伝わる。


「ん………」


 これで五人目だ。一体俺は何人の人間を毒牙にかければ気が済むのだ。


「もういいですよ」


 これで俺は時間遡行も出来るようになった。


「これで俺は過去をやり直す。ですが先輩。前言ったとおり、あなたより上手くできる保障はありません」


 あくまでも俺のギフトは偽物だ。


「だから、一緒に行きませんか」


 下手をすれば、二時間前に逆戻りとかになる気がする。


「そうね。そうさせて貰おうかしら」


 先輩は早苗よりも顔を赤らめていなかった。きっと初めてじゃないな。


「因みに嘉神君はこれが何人目?」

「記憶では十人目ですけど、少なくとも十一人はしていますね」


 柳動体フローイングの持ち主を俺は知らない。


 そしてキスした相手の六人は死体である。


 俺結構アブノーマルなことやってるな。


「そう。私は初めてよ」

「絶対嘘だ」

「この時間軸ではね」


 ならば納得した。


「じゃあ何回したことありますか?」

「思い出させないで。一万回死んだとき百回くらいは、無理やりさせられたのもあるのよ」


 へえ。


 それはちょっと許せないな。


「ねえ。一回だけお願いさせて。早苗のことは諦めてこのまま生きましょう。お金なら宝瀬の力で何とかできるわ。あなたの夢だって多分叶えてあげられる。それ以外にも何でもするわ。あなたの言うこと何でも聞くわ、だからお願いします」


 宝瀬先輩の言い分は正しい。


 いや、下手をすれば間違えているのは俺かもしれない。


 一度死んだ人間を生き返すことなんて神の領域を犯している。


 だが俺には関係ない。


 神の領域なんてそんなもの踏み越えられた神が悪い。


「じゃあそろそろ行きますか。時間は、午前七時でどうですか」

「………………そうね。それくらいでいいと思うわ」


 結局本当に宝瀬先輩はこれ以上文句を言わなかった。


 七時頃は確か俺が目を覚ました時間だ。テレビの占いを見たのを覚えている。


「ねえ嘉神君。あなたのギフト過去に戻ったらどうなるわけ?」

「たぶん使えなくなるんじゃないですか?キスした事実は消えるんですし」


 でもこれはやってみないと分からない。


「じゃあ一二の三で今日の七時に」

「ええ。一二の三でね」


 俺達は、今日の七時に向かった。









 頭がグルグル回る。吐き気がする。この感覚はあの忌まわしきジェットコースターにそっくりだ。


 俺はゆっくりと目を開ける。


「何だこの部屋は」


 俺が目を開けたときに見る、ボロ屋の茶色い天井ではなかった。


 真っ白で気が狂いそうな、あの忌々しい部屋だった。




反辿世界は因果律に残らない時間遡行と思って構いません。

今後もこんなのが続きます。

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