閑話 エターナル・デウス・エクス・メアリー・スー
7章後半のデウスエクスメアリースーの続き物です
これは嘉神一樹が存在する特異界のことではなく、とある別の世界の話である。
とある男が世界に進行してから3000年が経過した。
その世界は現在の地球と同じような文明を築き、同じような生物が大地の上で営みを育んでいる。
とある一つの種族が存在することを除いて。
「みなさーん。社会科の時間ですよー」
唇がセクシーな女教師。
学生からは勿論、父兄からも人気も高い。
「みんなはー、吸血鬼について何を知っているかなー」
この世界には吸血鬼と言う種族が存在した。
「家事係」
「ペット」
「蚊が変身したやつ~」
思い思いに騒ぐ生徒達。
「今日はーみんなにー正しい吸血鬼の知識を教えまーす。質問です。野良犬や野良猫をいじめるのはいけないことだと思いますか。じゃあ、ゆうすけくん。答えて」
「いけないことだと思います」
「はい。その通りでーす。どんな生き物にも命がありまーす。それを粗末にしてはいけません」
この教師はどの口がそれを言うかと笑いそうになるが、そこは教育者
ニコニコ顔を崩さない。
「では吸血鬼はどうかなー。分かる人?」
はいはいと手を上げるが、一人だけ手を上げない人がいた。
本来こういう生徒を教師は指名してはいけない。
しかしこの教師はその生徒を指名する。
「じゃあ、さきちゃん。間違ってもいいから答えてみーて」
4-3組では一番勉強が出来た少女
というより恐らくこの学校の生徒の中では一番頭のいい少女だろうが、今この瞬間では劣等生である。
「……いけないと思います」
声は小さかったが、小学生にしてははっきりと自分の意志を持っていた。
「みなさーん。どう思いますかー」
「「「違いまーす」」」
「そうでーす。吸血鬼は命がありませーん。さきちゃん、勉強はいいけど常識とかを持ちましょう」
「…………」
当然だ。この世界で間違えているのはさきと呼ばれる娘の常識。
吸血鬼は生体における最下層の存在。
この世界で生き続けていれば、疑いようの無い事実。
「今度はまさかずくんに質問しようかなー。まさかずくん。逆にどんな吸血鬼はイジメちゃいけないと思いますかー」
「うーん。せんせーヒントください」
「いいですよー。じゃあ逆にまさかずくんはどんな吸血鬼がイジメられると困りますか?」
悩み抜いた答えは
「僕のペットの吸血鬼がイジメられちゃいやだなー」
この世界で吸血鬼は飼われている。
それもまた不思議なことじゃない。
犬や猫を飼うよりも、当たり前のことであった。
「はい。大正解でーす。みんなー拍手」
「「わー」」「「わわー」」
ぱちぱち
「まさかずぐんが言ってくれましたが、人間が所有している吸血鬼には酷い事をしてはいけません」
尤も殺した所で、罰金を3万くらいとられるだけでしかないが。
「ですがそれ以外のノラの吸血鬼はどんなことをしてもいいです。分かりましたかー」
「「「はーい」」」
飼われる吸血鬼がいるとなれば、野良の吸血鬼がいる。
野良の吸血鬼は、駆除の対象、ではない。
おもちゃである。
「今日は特別に吸血鬼を観察しましょう。みなさん、外に行きますから並んでくださーい」
上履きを履き替え、向かうは飼育小屋。
そこには最低限の布だけを身に着けた吸血鬼が、5匹ほど飼われていた。
「ぅぅぅごぅ」
声帯を潰されているため、無残な音を発するだけだ。
ちなみにその理由は、叫び声を出されたら勉学の邪魔になるという、至ってまともな理由だ。
生徒たちがふざけて潰したなんてことじゃない。
「みなさーん。吸血鬼の弱点は何だと思いますかー」
「はいはーい。ニンニクです」
「他には?」
「じゅうじかー」
「おひさまー」
「流れる水も苦手だってパパが言ってました」
「よわーい」
「ナメクジの方が強いんじゃないのー?」
とある世界の誰かですら思っていそうな事実。
言うまでも無く、この世界で吸血鬼は最弱である。
「今日はどれが一番苦手なのか、皆さんに実際にやってみてもらいます」
そういって、ニンニクやら十字架、ジョウロなどいろいろなものを生徒たちに見せる。
「どれが一番嫌がると思いますかー」
これはどうやら難しい質問だったらしく、まばらにしか聞こえないうえ、答えは同一ではなかった。
「やってみますよー」
ニンニクを押しつけたり、十字架を見せつけたり、水をかけたりしたが、どうにも反応が悪い。
確かに嫌な顔をするがそれまで。
「うーん。なんかつまんなーい」
勘違いしてはいけないが、ここで飼われている吸血鬼はこういったことになれているため、多少の耐性を得ている。
実際の野良はもう少し嫌がるそぶりを見せるのだ。
「実はですねー。吸血鬼が最も嫌がることはニンニクでも十字架でもありませーん。とある言葉でーす」
すると教師は両手をメガホンのように口にそえ
「カンナギ」
と四文字の呪文を唱える。
なんということでしょう。
大人しかった吸血鬼が、急にのたうち回るではありませんか。
その姿は正に滑稽。
「なにそれー」
「おもしれー」
生徒達にも大好評
「せんせー。おれもやっていい?」
「いいですよー。みんなもやってみましょう」
鬼は泣きながら命乞いをするが、生徒たちは届かない。
「かんなぎー」「かんなぎ」
「「「「「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅx」」」」」
地面に頭をこすり付け、目は何も焦点を合わせておらず、ただただ苦しみから逃れるすべを探そうとする。
彼らにとってカンナギという言葉は呪いであり、聞けば死よりも恐ろしい苦痛やトラウマを呼び起こす。
ただし、逆に絶対に死ぬことは無いので、ブリーダー達や虐待愛好家が特に重宝している。
また下の名を呼べば、基本的に不死である彼らを簡単に殺すことが出来、繋げて呼ぶようなことがあれば、ありとあらゆる恐怖体験を経験してから死ぬことになる。
なお、この世界の住人が知ることがないのだが、『まるで恋人が意味も無く名を呼んでくれるような気分になれる』ということで、どっかの誰かがこういう呪いを吸血鬼にかけた。
無論これもまたこの世界では一般常識なのだが
「やめて!!」
1人の少女がそれを遮った。
「なんだよーいまいいとこじゃん」
「そーよ。かまととぶりじゃない?」
小学生ですらつく善悪
悪意なき悪意は、彼女に一つの決心を植え付けた。
「もしも野良の吸血鬼に襲われかけたら、この言葉をいいましょうねー それとさきちゃん。放課後先生とお話しましょー」
「やーい。怒られるー」
「いい気味ー」
児童はからかっているが、この教師はとっさに理解していた。
こいつは自分と同族だと。
2人きりとなった教室で、小さな机を向かい合わせて座っている。
「単刀直入に聞くけど、さきちゃんってひょっとして元はこの世界の住人じゃ無かったりする?」
「え? 先生も?」
「その反応は正しかったわけだね」
さきと呼ばれる少女は予想していなかったらしく、まるでバットで殴られたかのような衝撃を受けた。
「小4らしからぬ頭の良さと、吸血鬼に対する態度の違いを見れば、そう言った考えには行きつくよ」
情報量が違うため、彼女が先に気付くのも無理はない。
「それでさあ、元いた世界はどんなところだったわけ?」
異世界転生した仲間といえど、同じ世界からとは限らない。
その事実確認を、女教師は行った。
「うーん。そうですね、宇宙人が攻めてきた後、ギフトっていう異能力がー」
「あ、それ同じだ」
結論から言えば、この2人は特異世界から転生している。
「うっそ。じゃああたし、博優学園って所に通ってたんですけど、そう言った言葉にピンときたことがあります?」
教師の笑顔が、時が止まったかのように停止したかと思えば
「ちょっと待って。今博優学園って言った?」
大量の脂汗が湧き水のごとくあふれ出した。
「え? もしかして本当に知っているんですか?」
「うん、まあ、博優は歴史ある所だし…………」
自分とは違う世代に生きていること、最後の希望として祈っていた女教師だったが
「じゃあ、嘉神一樹くんしってます?」
「 」
知っている名前が出てきて、開いた口が塞がらなくなる。
何を隠そう、この教師は嘉神一樹に殺されたバスガイドであった。
彼の存在が若干のトラウマになっており、思い出すだけでいまだに息切れを起こしてしまう。
「ちょっと――水」
廊下にある蛇口から水を取り込む美人教師。
「よし、前の世界の話題禁止」
トラウマは振り返らないことに限ると判断した。
「そんなぁ 折角元の世界に戻れるチャンスだと……」
「さきちゃんは戻りたいの?」
女教師は別の意味で再び驚愕した。
少女は頷いたが、教師は納得できないようで
「ふーん。アタシは別このままでいいと思ってるけど。あんた特典とかは貰ってないわけ?」
「特典? 何の事ですか?」
ここで初めて2人の認識に差異が産まれた。
「あれ? あいつに会ってないわけ?」
「あいつって?」
「神薙って男」
少女は振り返るが、覚えがないため首を振る。
「なんの話をしたんですか?」
「アタシが死んだ原因の1毛はそいつが関わっていたらしくてさ、そのお詫びに転生してバランスを崩さない分は能力を融通してやるから、どんな能力が欲しいかって」
そして異性に好かれる容姿と、物覚えが良くなる脳ミソを手に入れたのだ。
「……………あぁ。そう言えば」
ここで少女は思い出す。
否、正確には思い出したのではなく、塞いでいた記憶が呼び覚まされた。
そして納得はしていないが、一応は転生に理解を示したことも、そして特典についても。
「あたしも多分同じようなことを言われました。ただ、いらないっていいました。元の世界の記憶だけでいいっていったんです」
「はぁ? 正気?」
オーバーともいえるほどの大きなリアクションを取った。
「嘉……好きだった人に言われたんです。自分の力で何もできないと、結局どんな能力を貰っても何もできないって」
嘉神少年が、八重崎少女に残した言葉。
しかしギフトの真実を考えれば皮肉を超えて滑稽だろう。
「まずはもう一回まっさらな状態で、何かを成したい。だから断りました」
人生は輪廻転生と知ってしまった以上、この狂った吸血鬼の世界が終点ではない。
生まれ変わるときに記憶はリセットされるかもしれないが、それでもずっとずっと長い間生き続けると、八重崎咲は知った。
故に長い目で見るというこの娘の考えは間違えではない。
「ふーん。ギフト持ちだったからズルできるときにしたほうがいいって考えだったから、馬鹿じゃないかって思うけど」
水と油はまざらない。
「お互い話すことは終わったし、もう生徒と教師以外の繋がりはいらないよね?」
少女はもはや顔を合わせない。
合わないことを、2名はここまでの会話で悟った。
それは始まりの会合。
これから少女が吸血鬼のために革命を起こすが、それを反旗する女。
未来がどうなるのかは、それを聞くのは無粋であろう。
一つ言えるのは、争いの渦は彼女たちを中心に回り回り廻ることになるだろう。
もはやどんな世界でも、人なしでは存在しない。
かつてこの世界の主役は吸血鬼だった。
神がそういう風に作ったから。
だからこそ、この世界は間違っている。
間違いは正さなければならない。
絶対に、どんな手を使ってでも。
【許さん。許さんぞ人間……絶対に……】
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