堕悪魔
「ッ――――は!」
「どうかされました」
過去に逃げた。
早苗が気付く前の、俺がパトカーに乗っている状態に『世界』を巻き戻した。
「顔色が優れませんが?」
「大丈夫、大丈夫だから」
全く逆のことを言っている。
大丈夫なんかじゃない、最悪だ。
真百合の言う通り完全なミスを犯した。
急所を切り刻まれたかのような致命傷を受けてしまった。
「どうしよう……」
「えっと……お姫様がお待ちですので」
そうだった。
取りあえず、真百合に相談しないと。
そして『戻ってきた』って伝えればいい。
俺は階段を駆け上がる。
「真百合、『戻ってきた』」
「そう、その慌てようからして早苗にばれてしまったのね」
理解が早くて助かる。
「どうしよう」
「まずは何が起きたのか、何をミスしてしまったのかを教えてくれないと何も言えないわ。落ち着いて座ってから話しましょう。何なら頭を冷やすためにかき氷でもどうかしら? かき氷のスイを2つ」
店員にかき氷を優雅に注文する。
俺とは裏腹に真百合は穏やかだった。
「焦りすぎるとろくなことにならないわ」
「そうか。だが制限時間はこくこくと迫っているんだ。出来るだけ急いで考えてくれ」
そして俺は事の顛末を話す。
どうやって殺したかは説明せず、早苗と一緒にいるときに敵がいないのは分かりきっているから早苗のことを気に掛けなかったことを話した。
「やらかしちゃったわね、流石にそれはいくらなんでも改竄できないわ」
「だよな」
「確認するのだけれど、早苗があなたを疑ったのはそれが最初?」
「いや、結構疑ってきて誤魔化してきたけど、明確に真理をつかれたのがついさっきだったわけだ」
早苗のくせに鋭すぎる。
ああもうあああもう。
「出来る限りのことはやりましょう」
真百合は携帯(いつも使っているのとは違う機種)を取り出し、電話をかける。
『ええ。そうなの、彼女の取り調べをすぐにやめさせて。じゃあ、頼んだわよ』
真百合が通話を止めるのを見て
「何をしたんだ?」
「最初は気づかなかったんでしょ? ひょっとして取り調べの最中供述をしながらあなたのミスを思い直したんじゃないかなっていう……まあ憶測ね」
それでも出来る限りのことはしてくれる真百合は本当に頼りになる。
「ただ……真百合に言われてすぐにこの時間に戻ってきたんだが、ぶっちゃけもっと前にやり直してミスを取り消そうと思うんだ」
「それは―――――止めてもらいたいわ」
「どうして?」
「メープルよ。さっきまで私の所に来てたの」
はあ?
またあの糞女神か。
「それで一度だけなら遡行を許すけれど2回目からは私の部下を殺すって」
「そんな…………だが前の真百合はそんな事」
「それは『世界』の話でしょ? 世界線に則った当たり前の話。自称神様なら前の世界線の過去にはいなくても今の世界線の過去にいることはできるはずよ」
正論を言われ何も言えない。
あいつ、強引に止めるんじゃなく今度は人質を取りやがった。
恥を知れ。
「どうしてもしたいというのなら私は止めない。でも……私を慕ってついてきている人達ですから最低限の礼儀は持ち合わせたいということも念頭には入れておいてほしいわ」
「分かってる、もう戻らない」
だがどうする?
どうすれば?
「あんまり考え過ぎないでもいいんじゃないかしら。自分で言うのも何ですけど取り調べの証言をしている時に記憶を思い起こしたと考えるのが自然よ。そしてその要因というモノを排除したのだから……ね?」
やってきたかき氷をスプーンで突きながらさして問題の無いように話す。
「そんなに不安かしら?」
「ああ――――早苗に嫌われたらどうしよう……」
こんな俺を見て露骨に真百合は不機嫌そうになった。
「何て言ったのかは分からないけれど早苗って本当に最低ね。嘉神君がこんなに傷つくようなことを言うなんて、モノの道理ってものを分からないのかしら? これはね、裏切りよ裏切り」
「裏切りって……別にそこまで言わなくてもいいんじゃないか?」
「そうかしら? 私に言わせればこれは下劣な裏切りよ。そもそもあなたは衣川の、そして早苗の為にこの殺人を犯したんでしょ。そしてさらに迷惑をかけないために面倒な偽装工作をした。なのに早苗は非難した。貴方は早苗の為にやったのに早苗は貴方の事なんて見向きもしなかった。貴方が嫌いな裏切りじゃないかしら。早苗は貴方が嫌いなのよ」
早苗が俺のことを嫌いだって?
「そんなこと……」
「無いって本当に言い切れるかしら? 本当に? あんまりこういうことは言いたくないけれど同性の私から見て嫌いになる要素の方が多いもの。赤の他人を何週間も自分の家に招くことなんて結構苦痛なのよ」
「でも早苗は優しいから」
「その通りね。早苗は優しいわ。でも嫌と思わない訳ではないでしょ? あなたのことを潜在的には嫌がっているかもしれないわ」
反論の余地が無い。
俺なんかを好きになる奴なんかいるはずない。
嫌いになって当たり前の存在。
むしろ早苗はよく頑張った方なんだ。
「でもね」
いつの間にか隣にいた真百合は耳元で囁く。
私はあなたを裏切らない
「――――!?」
「私は貴方を絶対に裏切らない。たとえどんなことがあっても、私だけは裏切らない。親に見捨てられても○○に振られても絶対に私だけは貴方の味方だから」
「あ――――あああ」
「つらかったでしょうね、仲間だった早苗に裏切られたんですから」
裏切った。
早苗が俺を裏切った、
早苗が仲間である俺を裏切った。
「んうあ……」
抑えていた涙がまた漏れ始める。
「よしよし、可哀想な嘉神君。早苗なんて仲間じゃ無ければこんな気持ちにはならなかったのに。早苗さえいなければよかったのに」
「それは……ちがう」
「ふうん。貴方がそう言うのなら私は何も言わないわ。それでこれからどうするのかしら? 先に言っておくけれど、早苗の所に今のあなたを返したら気づくわよ」
早苗を前にすると平静にしていられないのは自分でも分かる。
「案はある?」
「……ない」
どうしようもない。
「だったら私に名案があるわ。嘉神君、私の家に来ない?」
「ど、どうして?」
「ある程度の選択肢を消去法で外した後そうなったわ。あなたはしばらく早苗と会ってはいけない。気づかれちゃうわ。でも逆にしばらく会わなかったらどうかしら? 記憶なんて1,2週間たったら大体の事なんて忘れちゃうわ。そうなれば早苗もあなたのミスを忘れちゃうかもしれない。そう考えると早苗の家に居座るのは愚策、離れるのが得策よ」
真百合の完全すぎる正論に黙って耳を傾ける。
「でもそのための言い訳はどうするのかしら? 例えば不当に監禁されたと言い訳したら、早苗の場合シンボルを使って呼び寄せられるわ」
ここにきて早苗のシンボルが本当にきつい。
「私の所ならある程度の信用はあるでしょ? 確認をするのだけれど私と繋がっているのはばれていなかったのよね」
「ああ、そこは早苗は気づいていなかった」
俺のミスに気付いただけで真百合は何一つミスをしていない。
「だったら私が回収したという事にすればいいのよ。衣川でも察知できない不穏な動きを宝瀬が察知した。ほら、あなた以前冤罪で捕まっていたでしょ? 同じ轍を踏まないように注意していたといえば不自然じゃないわ」
流石は真百合だ。完璧すぎる。
俺とは大違いだ。
「それに本当の狙いは衣川ではなく嘉神君という事にしたらどうかしら? あなたを疑わせるために支倉がそう芝居をうった」
「おお」
名案過ぎる。
「犯人が捕まらないのは支倉の手が掛かっているから。支倉の目的は嘉神君を始末する為。それにはまず弱点である身内を利用した。でもそれを逸早く察知した宝瀬は嘉神君救出に向かい、ある程度のほとぼりが冷めるまで保護。で、押し通せると思うのだけれど」
「びゅーてふぉー」
筋書きを見て美しいと思ったのは初めてだった。
何一つ矛盾がない。
「何か訂正したりしたい箇所はあるかしら?」
「何一つ粗が無い筋書きだと思う」
これを即興で考えるなんてやはり天才か。
まだ、最初からそう言うシナリオを作っていたと言った方が信ぴょう性はあるがそこは真百合補正で問題ない。
「でも本当にいいのか? 何度も迷惑かけて正直申し訳ない気持ちでいっぱいなんだが」
「前にも言ったけれど、私は迷惑だなんて全く思っていないわ。強いて文句を言うのなら迷惑をかけていると気に掛けている嘉神君がいるってことよ」
やっぱ真百合は神。
しーいずごっです。
「もちろん早苗が気づかないままでいるという絶対条件が必要なのだけれど、前の世界で連絡がきたのはいつ頃?」
「ついさっき」
真百合が手を回した結果気づかないのか気づくのか遅れただけなのかは、まだ定かではない。
「ならのんびり待ってましょう。人事は尽くしたわ。あとは天命を待つだけよ」
そういいながら俺のかき氷をスプーンですくいあげ、俺の口まで持ってくる。
「あ~ん♡」
「えっと……」
恥ずかしいのでやめてほしいが、おそらくこれは真百合なりの気遣い。
少しでもリラックスさせようといやなのに無理をしてくれている。
その意味を分からない俺ではないので、ここは彼女の好意に甘えよう。
真百合の目論見通り早苗は結局俺のミスに気付かなかった。
すべては真百合の計画通り、このまま真百合の計画通りに動く。
言われた通り、しばらく一緒にはいられないとメールし、安否を問うメールも真百合の言うとおりに返信した。
すべて真百合の計画通りだった。