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端的に言えば、地下室では大した成果はなかった。
禁術の中に、時間遡行や転生について、せめて聖女について何か目新しいことをと期待していたが、徒労に終わっていた。
「――えっと、ここよね」
仕方なくエルミアーナは違う方面からアプローチすべく、また街に繰り出していた。
目の前には古びた看板が掲げられた、小さな古着屋。
エルミアーナがその扉を押し開くと、カランコロンと軽やかな鐘の音がした。
「いらっしゃいま、せ……」
「こんにちは」
驚いて目を丸くする店番の少女に、エルミアーナはにっこりと微笑んだ。
「お久しぶりね、エレンナ」
この店は、孤児院で出会ったあの時の少女が働く場所だった。
「あの、どうしてこちらに……?」
エレンナが慌てて奥から引っ張り出してきた椅子に、エルミアーナはゆったりと腰掛けた。
「あら、言ったでしょう? また来る、って」
「それは、セレネに会いに来るという意味だったのでは……」
「まあそうなのだけれど――」
エルミアーナはついっと目を伏せて、自分が身に纏っている服へと視線を向けた。
「前にあなたが、服が上等すぎると言っていたでしょう。だから、せっかくだもの。あなたに見繕ってもらおうかと思って」
「え……、えぇ!?」
どうしよう、とおろおろするエレンナに、エルミアーナはすうっと目を細めた。
エレンナ・オルブライト。
無名の端役――いわゆるモブの立ち位置にいると思っていた彼女だが、実は原作に登場している。
何巻だったかは不明だが、その本の店舗特典に一度だけ名前が書かれていたのを思い出した。……前世の自分が通常版と初回限定版、各種グッズ、イラスト集に飽き足らず、時には十種類近くに及んだ各店舗の特典まで隈なく集めていたことまで思い出し、若干引いたのは余談だ。
それはさておき。
その店舗特典に収録されていた小話の内容は、主人公兼ヒロインの聖女が、まだただの少女であった幼少期の頃の話だった。
当時の彼女にはとても仲の良い友人がおり、その友人の名が「エレンナ」。
小話では二人の少女の他愛もない日常が描かれていたが、本編と照らし合わせれば、彼女の正体に察しがつく。
原作の聖女は十五歳になったある日、大切な友人が馬車に撥ね飛ばされるのを目撃してしまう。そして、その友人を助けようと聖女の力が現れるのだ。
その馬車に撥ねられる友人が、おそらく目の前のエレンナだ。
「ル、ルルル、ルミさん! では、こちらに来てください!」
「……。ええ」
エルミアーナは笑顔を浮かべながら、前に告げた偽名を呼びながら手招きをする彼女の傍へと歩み寄った。
彼女が原作通りにあの小娘と仲が良いのか、という点については前回の小娘についての口振りからして、疑問がある。
だが、聖女覚醒のきっかけになるのなら、近付いておいて損はない。
エルミアーナは、まだ直接セレネと対面するのは危険だと考えていた。あの小娘が予想通りに転生者の場合、原作と違う動きをするエルミアーナに気付いた時、どういう行動をするか読めないからだ。
ならば、外堀から埋めるしかない。
「何か……、ご希望はありますか!」
今は店主が不在らしく、エレンナが接客せざるをえない。相手が粗相の許されない相手と緊張しているのだろう。「店長、早く帰ってきてぇ~~!!」と、内心では思っているのが丸わかりで、エルミアーナは思わず、ぷはっと吹き出した。
「そんなに緊張しないで。ただ、わたくしが街に溶け込めるようにしてほしいの」
「う……、はい……。でも、ルミさんは所作が綺麗だから……」
多少外見を取り繕ってもバレる。
エレンナは言葉を濁したが、困り顔で考え込む。
「…………わかったわ。なら、ここにあるもので、わたくしに似合うものを選んでくれる?」
「は、はい! それなら、任せてください!」
言葉を変えると、エレンナは打って変わってうきうきと服を見繕いはじめた。
「とはいえ、ルミさんはお綺麗だから何でも似合う……、なんなら、服が負けるのよね……」
ぶつぶつと言いながら店内を見渡す彼女を見ながら、エルミアーナは再び椅子に腰を下ろした。
彼女はこの古着屋で店番をする傍ら、針子として働き、空いた時間は生まれ育った孤児院で手伝いをしている働き者だ。性格はまっすぐで裏表がない。
全て事前調査で知っていたことで、店主の不在も狙って来た。
だが、ほとんど他人であるはずのエルミアーナの着るものを、真剣な眼差しで選ぶ彼女を見るのは、なんだか不思議で――でも、悪い気はしない。
「――ルミさん! これとかどうですか!?」
ぱあっと笑うその顔が、誰かと重なる。
「ええ、見せてちょうだい」
計算ずくで訪れたはずなのに――。
エルミアーナは自然と、窓に映った自分の顔が笑みを浮かべているのに気付いて目を瞠る。
「ルミさん?」
「いいえ、なんでも」
先程ふと浮かんだ誰かの顔は、エレンナの着せ替え人形となる間に忘れてしまった。




