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「うぅーん……。やっぱりこの穴、少し気になります」
夕刻になり、ようやく服を何着かに絞り込んだエレンナだったが、一枚のワンピースを手にうなり声を上げていた。
そのワンピースの裾には、よく見れば人差し指が入りそうなほどの穴があいている。
「そんなに気にしなくてもいいのよ。古着なのだし……」
エルミアーナは、眉間に皺を寄せるエレンナに何度となくそう言ってはみるのだが、彼女は首を横に振るばかりだ。
「エレンナ……」
「――よし!」
エレンナは意を決したように立ち上がる。どうしたのかとエルミアーナが目を丸くしていると、彼女はぐっと拳を握りしめて宣言した。
「決めました! 糸を買いに行きましょう!!」
「糸……?」
ちょうど戻ってきた店主と入れ違うように、エルミアーナはエレンナに手を引かれて、店を出たのだった。
「んん……、ちょっとお天気よろしくないですね」
贔屓にしているという手芸店までの道すがら、エレンナは赤い空にかかる薄灰をした分厚い雲を見上げた。
「そうね、もう少ししたら降ってきそうだわ」
「早く行って早く帰りましょう! ルミさんに風邪をひかせるわけにはいきませんから! ……ということで、ちょっと近道です。人は多いですが、露店の通りに出ましょう」
エルミアーナはエレンナの後ろをついて歩く。
「――そういえば、どうして糸をわざわざ?」
縫い合わせるだけならば、店にまで買いにいく必要はなさそうだが、と思い訊ねると、エレンナはふふんと得意げな顔をする。
「ルミさんたら、わたしを舐めないでくださいね。ただ繕うだけ――なんて、芸のないことはしません! どうせならより似合うほうがいいでしょう?」
エレンナはそう言いながら、自身の着る服の胸付近を指差した。そこには可愛らしくワンポイントを飾る刺繍がある。
「穴の部分にこういうのを縫うんです。そうしたら、弱い布も多少は丈夫になるし、お得ですから!」
そういえばエレンナは仕事として針子もしているのだったと納得する。
「そういうこと。……でも、手間ではない?」
「手間? まさか! わたしがやりたいからするんです。……その、ルミさんと仲良くなれた、記念? みたいな……」
エレンナは自身の発言が恥ずかしくなったのか、照れたように笑いながら、話題を変える。
「それより、どんな柄がいいですか? ルミさんが好きな模様を入れてもいいですし……、花言葉にちなんでもいいですね。あとは……、異国の図案には柄自体に意味があるものもあって――」
露店の立ち並ぶ通りに出てからも、彼女は器用に人並みを縫いながら、刺繍について話し続ける。
本当に好きなのだな、とエルミアーナは微笑ましいものを感じていた。
同年代の少女とこうして和やかに話したことが、今まであっただろうか。
まるで、もうずっと仲が良かったような錯覚さえ感じる。
だから、ほんの少しだけ忘れていた。
「…………あ……」
エルミアーナはその光景を見て、思わず足を止めた。
「ルミさん?」
細い路地で親密に寄り添い合う男女の姿。
彼らがエルミアーナの視線に気付いたのか、こちらを向く。
「…………エルミアーナ?」
きょとんとした顔をする男は、エルミアーナがよく知っている人物。
「フレドリック、様……」
そして、彼の身体の向こうには、こちらもまたよく知った女がいた。
「……――」
セレネ。
怪訝な顔をするその女を見て思い出す。
この世界は聖女セレネ――、今目の前にいるこの小娘のための世界だ。




