救い
ごめんなさい…。終わります。
幽霊――と思った。実際は見たことも無いのだけれど。いや、そんなものが居るのであればどんなに会いたいと思ったことか。けれどそれは叶わない。無常に過行く時間の中で『そんなものはいない』と知った。
けれど。だから――理解できない。
「……私は死んだのですか?」
混乱した頭で首をかしげて見れば目の前で大きくため息をつかれた。そう。呆れた様に。でもそう思うのは無理ないだろうと思う。アリアナ様は何一つその姿を変えることなく立っていたのだから。そう。別れた時のまま。二十代後半の姿で。
そんな事あり得るはずは無かった。
「何言っているんですか」
「では夢を? 私が――願ったから?」
「……違います」
一瞬、驚いた様に目を開いてこちらを見たがすっと視線をずらして見せた。微かに頬が赤い――それは『生きている』様にも見えた。
「我が孫に少し身体を借りただけです。すぐ消えないといけないけど」
孫。魔導士の事だろう。そんな事も出来るのかと少し感心する。
「……」
沈黙。私たちは――昔何を話していただろうか。例えば勝つための術とか軍資金の調達とか……まともな話はあまりしてこなかった気がする。おまけに母親のごとく怒られてばかりだったし。
いつか私が天に召されるとき、きっと会えると思って沢山聞いてほしいこと話したいことがあったはずなのだけれど、何も出てこない。
伝えたい事もあったのだけれど。こうして傷だらけになってまで立っているのは――。
「嬉しく、ないですか?」
少しだけ寂しそうに言われて私は慌てて顔を上げていた。
嬉しいに決まっている。――ずっと。ずっと会いたかった。
まっすぐに見つめれば大きく目を見開いたアリアナ様が居る。
「そんなことありません!――嬉しいです。けれど、けれど何を話していいのかどうしていいのか分からなく……」
「嬉しい」
人が力説している最中にふわりと笑うものではないと突っ込みそうになってしまった。本当に嬉しそうに笑うから――何も言えない。そんな表情見たことなかったかもしれない。目が合ってすっと焦点を反らしたのは私の方だった。
でなければなんだか照れくさくて見ていられない気がしたのだ。軽く頬が熱を持っているのが分かった。
「君が先に逝くなんて思っても見なかったんだ――。俺はさ。君が生きていればそれでいいし、そう言うものなんだろうな。そう思っていたんだろうけど」
軽く息を付いてから木漏れ日を眩しそうに見上げるアリアナ様。滅多に砕けることのない口調が少し砕けているのはそれが独り言のようでもあっただろうか。
敬語を使われるよりしっくりくるのは私がアーゼルでいた時で慣れていたせいかも知れない。
「私は。アリアナ様が元気で幸せであればそれでいいと思っていました――そして幸せに人生を完遂したようでうれしいです。私も直に参りますね?」
そんなに長くはないだろう。そう思う。今までの時間に比べれば瞬き程の速さだろう。何があるのかできるのか分からない。もはや『聖女』でも何も無い女一人で――それはよく考えればとても不安で怖いことだった。
死ぬ事よりも。
私はそれを隠すようにクスリと笑みを浮かべて見せる。大丈夫。そう言い聞かせながら。
そのことを知ってか知らずかアリアナ様の手が私の掌に伸び、力強く、励ますように握ってくれる。それは心を芯から温めてくれる気がした。
「君の隣にずっといたかった」
「知ってます」
そう、ずっと言ってくれてたから。私はすっとアリアナ様に目を向けた。
「アリアナ様――私は。ずっと言いたかったことがあるんです。ずっと、ずっと忘れていたことだけれど」
あの時。私が意志になってしまう前。私は言いたかった。届いたのかどうかよく分からない。けれど。もう一度言おう。そう、思った。
アリアナ様は整った眉を跳ねる。私はきゅっうと衣服の裾を吐けますようにして握りしめていた。
「大好き。――愛してました」
まっすぐに言う。アリアナ様はふわりと笑うとゆっくり私の頬に手を伸ばした。ドクンと心臓が一つ鳴る。
少しためらった様子を見せた後で私の頬を慈しむようにアリアナ様は撫でる。
「愛していた――君を」
すべて――過去形なのは、すべて『過去』だから。何もかも。想いさえも。もはや何も叶う事は無い。私たちは知っていたから。
それでも言ったのは想いを浄化させたかったのかも知れない。何年も、何千年も溜めて来た想いを。
「ええ」
私たちは笑い合う。その空間はとても温かかった。私が生きて来たどんな時間よりもとても温かくて幸せな時だった。
短い小説にお付き合いいただきましてありがとうございました。ぶつ切りで終わり、とっ散らかってしまって申し訳ありませんでした。
またどこかで機会がありましたら他の小説もよろしくお願いします。




