06-7
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「私、四回転やる」
「本気か?」
コーチはやや不安そうな顔で聞き返してきた。
コーチが不安を表に出してどうする、と思う反面。
無理も無い、そうも思ってしまう。
確かに、前回全日本選手権で一度決めているとはいえ、試合での挑戦はその一度きり。
しかも世界の舞台で試したことは一度も無いのだ。
その一度目が、世界選手権。冒険を通り越して、無謀の域かもしれない。普通はそんなバカなまねはしない。
二流の選手が一流の選手に勝つために、背水の陣で挑むならまだわかる。万が一にという可能性をかけて、そして成功させる選手だっている。
けれど、私の場合それには当てはまらない。
四回転をはずしたプログラムを練習どおりやっても──ユリカの出方次第だが──十分勝機はある。
それでもあえて成功率が圧倒的に低い四回転を組み込むのは、ハイリスクローリターンかもしれない。
でも、
「うん。もう決めた」
私は決心していた。
「確かに、今のプログラムのままでも十分“攻めてる”プログラムなのはわかってる」
ただでさえ、個々の技の難度を上げてきてる。
今でも十分難しいプログラムだ。
「冒険なんかしないでに、堅固にやっていくってのも一つの作戦だとは思う」
けど。
「私は絶対にユリカに勝たないといけない」
そう。
この試合絶対に<・・・>負けられない。
二人の実力は拮抗している。
現状では、ベストを尽くしたとしても、勝てるかは五分五分。
それじゃだめなんだ。
今のプログラムは完璧にしても勝てるかどうかわからない。
四回転を成功させれば絶対に<・・・>勝てる。
「絶対にユリカに勝ちたい」
私の決意だ。
そして、それを蛮勇で終わらせない。その自信がある。
「確かに、四回転の成功率もかなり上がってきてる。スケーティングの調子もかなり良い。俺は無謀とは思わないが……」
そうは言っても、やはり前例の無いことだ。
いままで誰も成し遂げなかったこと。
四回転トウループを、世界の舞台で決めた女子はいない。
男子でさえも、跳べる選手が限られているジャンプなのだ。
それが証拠に一昨年の世界選手権のチャンピオンと、前回のオリンピックの金メダリストは四回転を回避している。
「絶対に勝ちたい」
私はそれを繰り返した。
すると、コーチは私の肩に手を置いた。
「そこまでいうのなら、止める気は無い。可能性は低くはないだろ」
“低くは無い”という言葉から、コーチの本音が伝わってくる。つまり“高くは無い”のだ。
けれどそれで十分だ。
逆に言えば、それなりに可能性はあるとコーチは本気で思っている。
もともと世界で誰もやったことがない試みなのだ。確率が高いほうがオカシイ。
ここからは、舗装されていない道。いや、スケートなのだから製氷されていないリンクというほうがしっくりくる?
なんにせよ、未知の領域だ。
しつこいが、四回転トウループを国際大会で成功させたものはいない。
決まれば点数はでかいが、失敗すればとりかえしが付かなくなるかもしれない。そのジャンプの失敗だけですめば良いが、体力を消費して他のエレメンツも総崩れ…………崩壊のヴィジョンを描くのはたやすい。
けど、
「私は絶対決める」
あえてそう断言する。
「ああ。それにその“攻める”気持ちは、きっとジャッジにも──観客にも伝わる」
コーチはこういう場面で慰めのためにウソを言ったり、話をごまかしたりしない。だから信頼が置けるし、その言葉が肯定的であれば、自信になる。私がコーチを信頼する理由の一つだ。
「決めよう。そして観客を驚かせてやろう」
コーチの最後の後押しに、私は力強く頷いた。




