2終
世界が、わずかに歪んでいる。
誰も気づかない。
だが、私には見える。
空間のズレ。時間の遅延。輪郭のノイズ。
——侵食が始まっている。
「……やりすぎですわよ」
静かに告げる。
目の前の少女——H-002に。
「これくらい普通でしょ?」
彼女は笑う。
その背後で、世界がまた揺れた。
「観測範囲内での改変は禁止されています」
私は即座にパネルを展開する。
『干渉抑制:適用』
歪みが収束する。
だが——
「意味ないよ」
彼女が、言った。
その瞬間。
世界が、切り替わる。
——静寂。
貴族も王子も消え、ただ私と彼女だけが残る。
「隔離空間……」
「そ」
彼女は軽く頷く。
「話しやすいでしょ?」
距離が縮まる。
近い。
危険なほどに。
「あなた、何がしたいの」
「壊したいだけ」
即答だった。
「この世界、綺麗すぎるのよ」
一歩、近づく。
「決まった通りに進んで、決まった通りに終わる」
笑う。
「つまんないじゃん」
——理解する。
これは理屈ではない。
衝動だ。
「だから壊すの」
彼女は楽しげに言う。
「どこまで崩れるか見たいから」
私は、静かに息を吐いた。
「非効率ですわね」
「でしょ?」
彼女は笑う。
「でも、それがいいの」
沈黙が落ちる。
短い、しかし濃い間。
私はゆっくりと口を開いた。
「では、提案です」
「……へえ?」
彼女の目が細まる。
「あなたの“破壊”」
一歩、踏み出す。
「私が管理します」
一瞬、空気が止まる。
「は?」
彼女が、素の声を漏らした。
「無秩序な破壊は非効率です」
淡々と続ける。
「ですが、制御された破壊であれば」
視線を合わせる。
「観測可能であり、記録可能であり——再現可能です」
「……つまり?」
「あなたの望む“壊れる様”を、最大効率で提供できます」
沈黙。
数秒。
そして——
「はは」
彼女が、笑った。
「なにそれ」
肩を震わせる。
「最高じゃん」
顔を上げる。
目が、完全に変わっている。
「管理されながら壊すの?」
「ええ」
「めっちゃ歪んでるね」
「合理的と言ってください」
また、笑う。
「いいよ、それ」
彼女はあっさり言った。
「乗る」
——契約成立。
私は即座にパネルを展開する。
『管理対象登録:H-002
権限:制限付き共有』
彼女の足元に、淡い光が走る。
「これで?」
「あなたの干渉は、すべて私の管理下に置かれます」
「へえ」
彼女は軽く手を振る。
世界が、わずかに歪む。
だが今度は——
すぐに安定する。
「……ほんとだ」
少しだけ、驚いたように呟く。
「面白い」
その笑みは、さっきより深い。
「じゃあさ」
彼女が顔を近づける。
「どこまで壊していいの?」
私は答える。
「世界が破綻しない範囲であれば」
一瞬の間。
「すべて許可します」
彼女の目が、愉しげに細まる。
「いいね」
ささやく。
「それ、めっちゃいい」
——解除。
世界が戻る。
ざわめき。王子の声。貴族の視線。
すべてが再開される。
まるで何もなかったかのように。
だが。
もう、元には戻らない。
「……アリア」
隣で、彼女が小さく呟く。
「これからさ」
楽しそうに笑う。
「いっぱい壊そうね」
私は扇を閉じる。
「ええ」
静かに応じる。
「すべて、記録して差し上げます」
断罪など、もはや意味はない。
これは修正ではない。
これは——
管理された破壊だ。




