1.
断罪の場で、悪役令嬢アリアは「不具合」を宣言する。
この世界は物語であり、彼女はその進行を管理する“管理者”だった。
しかし断罪イベントは発生条件を満たしておらず、ヒロインの主張はすべて虚偽。アリアはログを開示し、イベントを強制終了させる。
だが直後、もう一人の管理権限保持者が現れる。
ヒロイン――彼女こそが、この世界に混入した“バグ”だった。
物語を守る管理者と、物語を壊す存在。
断罪の舞台は、世界そのものの主導権争いへと変わる。
断罪の場は、完璧に整っていた。
高い天井。等間隔に並ぶ貴族。中央に立たされる悪役令嬢。
——すべて、仕様通り。
「公爵令嬢アリア・ルーヴェルト。貴様の数々の悪行、もはや看過できぬ」
王子の声が、よく響く。
練習された台詞。予定された怒り。計算された視線。
私は扇の陰で、わずかに息を吐いた。
退屈だ。
あまりにも。
「よってここに、婚約を破棄し——」
「不具合を確認しました」
言葉を、切る。
空気が凍る。
「……何を言っている?」
王子の眉が歪む。
私は静かに一歩前へ出た。
「現在進行中の断罪イベントにおいて、発生条件との齟齬を検知しました」
理解されないことは、想定内。
私は右手を上げ、虚空に触れる。
——展開。
淡い光が走り、空中にパネルが浮かび上がる。
『イベントID:E-013
名称:悪役令嬢断罪
発生条件:ヒロインによる被害報告3件以上
現在の報告件数:0』
ざわめきが広がる。
「報告が……ゼロ?」
誰かの声が落ちる。
「ご覧の通り、条件未達ですわ」
私は淡々と告げる。
視線をヒロインへ向ける。
彼女は震えていた。
だがその奥に、焦りが見える。
「う、嘘です! わたし、何度も嫌がらせを——」
「記録は存在しません」
即答する。
「この世界におけるすべての事象はログとして保存されています。存在しない以上、発生していないと判断されます」
ヒロインの顔色が崩れる。
周囲の空気が変わる。
同情は、疑念へ。
私は操作を続ける。
「念のため、詳細ログを開示いたします」
新たな文字列が流れる。
『ヒロイン行動履歴:
・第三王子への接触回数:27(基準値超過)
・意図的衝突:5回
・涙の使用:頻度高』
「……あら」
扇で口元を隠す。
「被害者はどちらでしたかしら?」
「違うの……これは……!」
崩れる声。
向けられる視線。
王子すら、言葉を失う。
私はパネルを閉じ、静かに一礼した。
「以上。不具合の確認および修正を完了いたしました。イベントは無効と判断されます」
静寂。
誰も動かない。
——正常終了。
そのはずだった。
『警告:想定外挙動を検知
管理権限の競合が発生しています』
視界の端に、赤い警告が灯る。
思考が一瞬、止まる。
競合?
あり得ない。
この世界の管理権限は、私に一元化されている。
例外など——
ない。
はずだった。
ゆっくりと顔を上げる。
ヒロインが、立っていた。
涙は消えている。
代わりに浮かぶのは——笑み。
「やっぱり」
彼女が言う。
「おかしいと思ったのよ。“修正”なんて都合よすぎるもの」
私は無言でパネルを再展開する。
表示が、歪む。
『権限レベル:競合状態
管理者ID:A-001/???』
未知のID。
この世界に存在しないはずの識別子。
「ねえ」
彼女が一歩踏み出す。
「それ、あなただけのものじゃないでしょ?」
——理解する。
彼女は“対象”ではない。
同じ側だ。
「……あなたは、何者ですの」
問いに、彼女は楽しげに笑う。
「簡単よ」
指を弾く。
——展開。
私と同じ、光のパネル。
『ユーザーID:H-002
状態:デバッグモード有効』
「バグを潰すのがあなただとしたら」
彼女は言う。
「私は、バグを増やす側」
その瞬間。
世界が軋む。
貴族たちのざわめきがノイズに変わる。
王子の輪郭が、わずかに乱れる。
干渉。
「やめなさい」
即座に操作する。
だが反応が遅い。
権限が、分断されている。
「無理よ」
彼女は肩をすくめる。
「もう共有状態だもの」
私の世界が、私だけのものではなくなる。
その事実が、静かに侵食してくる。
……面倒だ。
だが。
致命的ではない。
私は息を整え、顔を上げる。
「方針を変更いたします」
笑う。
「バグごと、管理対象に組み込みます」
「……へえ?」
彼女の目が細まる。
「面白いこと言うじゃない」
世界はまだ壊れていない。
ならば、壊れる前に取り込めばいい。
それだけの話だ。
「デバッグを開始します」
静かに告げる。
断罪など、もはや意味はない。
本番は——ここからだ。




