エピローグ
【チーム崖っぷち】は仕事を完遂しました。
今日の午後に新基幹システムは立ち上げ成功。残りの細かい調整は客先の情報システム部が担当するので、私達の仕事は一旦完了です。
そういうわけで、【チーム崖っぷち】の4人で打ち上げです。
………………
…………
……
【歓迎会】の時と同じ座敷席で4人で飲みます。
私は店で借りた座椅子に座ります。
「【チーム崖っぷち】カンバーイ」
「いぇー!」
内田さん、武井さん、福島さんは楽しそうにガンガン飲みます。
仕事の完遂と、【任務完了ボーナス】が嬉しかったようです。
「ボーナス様ステキ。仕事がんばってよかったー」
「これで、奨学金を繰り上げ返済できるー!」
「やっと。これでやっと。婚活ができる!」
もう感極まって、涙流しながらビール飲んでますけど。なんかちょっと世知辛いです。
奨学金返済するまで婚活控えていたんでしょうか。律儀ですね。
ギャハハハハハ……
楽しく呑んでいたら、隣の個室から男達の笑い声が聞こえてきました。
「あの声は!」
「裏切者が2人!」
「聞き覚えのある声が1人!」
3人が立ち上がって、壁に張り付きました。
確かに聞き覚えのある声ですね。誰でしたっけ。
「香土! そりゃ傑作だな!」
「喪女はミジンコ以下! 名言だよ!」
「大野も山西も笑うなよ。暴言にしてもひどすぎるだろ」
あっ。思い出しました。
議事録で【忖度】した時に退職した人と、以前この店で暴れた【喪男】です。
知り合いだったんですね。
「香土は価値観が古い。今は【男女平等】だぞ」
「暴言も仕事も責任も【男女平等】。今までが女に甘すぎだったんだ」
「信じたら滅びるような妄言は価値観とは呼ばん。男は女を守るものだ」
香土さんはヒト科をよく理解してますね
【男女平等】とか言い出すと100年持たないんです。
4桁生きてる中で、そうやって滅びた文明を何度も見ましたよ。
【チーム崖っぷち】の3人が壁から離れて円陣を組みました。
「尊厳とは! 戦って勝ち取る物!」
「私達はミジンコ以下じゃない! それを力で示す時!」
「力こそ正義! 正拳! 殴打! 撲殺! 全員ボコる!」
男達の話を聞いて、山崎さんの【暴言】を思い出したのでしょうか。
福島さんが特に物騒です。
「昭和脳だからモテないんだ。アップデートしろよ」
「医療職で高収入なんだから。頑張れば20代狙えるぞ」
「俺はもう33だ。世代違うと話が合わないから同世代がいい」
香土さんは医療従事者の方でしたか。
しかも高収入で33歳。【喪男】じゃなくてモテ男じゃないですか?
「殴打突撃!」 ダッ ガラッ
「撲殺突撃!」 ダッ
内田さんと武井さんが座敷席を飛び出しました。
「時間差突撃!」 ダッ
少し遅れて福島さんが飛び出しました。
「三十路女は消費期限切れ ゴフッ!」
「あっ! お前らは売れ残りの グヘッ!」
「一体何が ガハッ! ヘブッ!」
音だけでも分かります。2人が襲い掛かりましたね。
そのまま乱闘が始まりました。店員さんが集まってきました。
食器とか壁とか、かなり被害出てそうです。
まぁ、私も爪で畳に穴開けちゃったから、ここは【ブラックカード】の出番ですかね。
ふと見たら、福島さんが男を連れてそーっと店を出ようとしています。
顔面ボコボコですが、その男が香土さんですね。
改めて見ると長身でイケメンですね。
でも、なんで彼が殴られているんでしょう。
「おい! 香土が居ないぞ!」
「福島さんも居ないわ!」
「まさか! 抜け駆け?」
「許さん! 成敗だ! 追うぞ!」
乱闘していた4人も気付いたようです。皆店外に駆け出しました。
すごいパワーです。
…………
1羽で取り残されてしまったので、万力に固定した焼鳥を食べながら考えます。
私は作家になりたいハルピュイア。
だけど、何にも書けません。
書ける気がしません。
なぜでしょう。
【金魚鉢】からの最終報告にあった、物書きの心得を思い出します。
【物書きたるもの、自らの価値観を客観視すべし】
山崎さんはあの後すぐに過労で救急搬送されたので、意味は聞けませんでした。
トリアタマなりに考えます。私の価値観。
4桁生きる中で、たくさんの人達を見届けてきました。
皆、短い寿命の中で子孫を残すために必死で生きました。
それに対して、私は寿命を持たないバケモノです。
外観はヒト科の女に似てますが、繁殖能力はありません。
最弱の獣であるヒト科が子孫を残すには、男が女を守る絆が必須です。
本能ではなく知能でそれを実現するからこそ、ヒトの生き方は美しいのです。
寿命すら持たず人の情を理解できない私が、刹那の時間を美しく生きるヒトの心に届く創作を目指すなんて、烏滸がましいのかもしれません。
私は作家にはなれませんね。
可愛いタケ坊とももうすぐお別れですし。
ヒトと生きるのも楽しいですが、私はそろそろ故郷に帰りましょうかね。
そういえば。
内田さんから山崎さんの投稿小説のページを教えてもらったんでしたっけ。
持ち歩いているタブレットPCでちょっと見てみましょうか。
【崖っぷち31歳を自称する作家志望のトリ脚で尻軽な喪女を餌付けでてなづけて炎上プロジェクトを大成功させたグレートな俺様が語る女性社員の扱い方AtoZ】
ゴルァァァァァァァァァァァァァァァァァ!
●オマケ解説●
香土さんは心の中で叫んだ。「こんな仕打ちあるか―!」
彼だけは殴られるようなこと言ってないよね。
でも、酔っ払い同士の喧嘩なんてこんなもんです。
殴打を煽った後で時間差突撃した福島さんの作戦勝ち。
どうぞお幸せに。
ヒトの情を理解できないと自己分析しているトリアタマ。
いやいや、十分にやることが人間臭いですよ。
故郷に帰るなんて言わずに、せめて山崎さんだけでもどうにかしてください。