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第14話 劇団スノードロップ


夕日が沈みがかっている。


 喪服を着た大勢の人達が葬式場の前に列を作り並んでいる。ここに居る全員が古戸さんと靴川さんの知り合いなのか。ただただ凄いな。


 喪服以外の人達も大勢居る。その殆どが報道関係者。キャスターが参列者にインタビューしている。それをカメラマンがカメラで撮影している。


 こんな時ぐらいインタビューなんてしなくていいのに。


 タマは何度も何度もインタビューを受けて疲弊している。どこかで座らせて休ませてあげないといけないぐらいに。


 なんで、こう言う人達は他人の気持ちを汲むことができないのだろうか。自分達は数字になる仕事だから来ているのだろうけど、こちらは知人が亡くなっているんだぞ。


 参列者の列が進んでいく。

 俺達は名前を記入して、葬式場の中に入った。


「タマ、大丈夫か?」

 インタビューで疲れきったタマに訊ねる。


「だ、大丈夫。でも、挨拶一通り終わったら椅子に座らせて」

「さきに休んだ方がいいんじゃないか」


「そうだ。その方がいい」

 名和さんは俺と同意見だった。


「あ、ありがとう。じゃあ、休ませてもらいます」

 俺と名和さんはタマを椅子に座らせて、喪主の殿岡さんのもとへ向かう。


 参列者は芸能関係者が多い。俳優・女優などの表側に出る人も居れば、舞台監督や助監督などの裏方の人達も居る。


 喪主の殿岡さんのもとへ辿り着いた。

 茶色の短髪・きりっとした顔立ち・どんな服を着ても似合うスタイル、俺とタマが初めて出会ったテレビで見たことあるスターだった人だ。


 人としてはあまり好きじゃないけど。女好きで。ファンとか共演者とか関係なく手を出す事で有名だ。タマも危なかったけどどうにかわしていた。

 

問題になっても政治家の父親の権力でもみ消している噂まである。それ以外にも色々と黒い噂が多い。でも、親のコネなどのおかげで仕事がなくなった事はない。


この世界、コネはあればあるだけいい。逆にコネがないと、難しい世界でもある。


「お久しぶりです」

 俺と名和さんは頭を下げて、挨拶をした。


「お前らか。久しぶりだな。来てくれてありがとう」

 殿岡さんは俺と名和さんの肩を叩いて言った。


 本性を知らなかったらいい人に見えるんだけどな。駄目だ。あまり悪く思わないほうがいい。普通に接すればいい。


「いえいえ。でも、お二人も劇団関係者が亡くなるなんて」


「そうですよ。殿岡さんは大丈夫ですか?」

 名和さんは訊ねた。


「脅迫状みたいなもんは届いたけど大丈夫だ。よく事務所に届くから」と、殿岡さんは笑った。


「そ、そうですか。大変ですね」

 苦笑いしかできない。それほど普段から恨みを買っているって事だと思うんですけど。タマの事務所の人達大変だな。


「気をつけてくださいね」

 名和さんも苦笑いしている。


「おう。気をつけとく。あれ、岩杉はどうした?」

「えーっと、椅子で休憩させてます。報道陣にインタビューされまくっていたので」


「あとで挨拶に行くと言ってました」

 名和さんは気を遣ってくれた。


 そうだ。殿岡さんは挨拶に来ないと機嫌が悪くなる人だった。その腹いせで明星さんが殴られていたところを見た。


 明星さんは「大丈夫だから気にしないで」と言っていたが、見るに耐えない光景だった。


「そうか。それなら仕方ないな。あともう少ししたら勅使川が来るわ。あーあと、磯本と江藤も居るから挨拶に行けよ」

「はい。今すぐ行ってきます」


「同じく行って来ます」

 俺と名和さんは頭を下げて、磯本さんと江藤さんのもとへ向かう。


 磯本さんと江藤さんは靴川さんと同期だ。お二人共、靴川さんと同様に適当な人達だ。芝居はある程度上手いけど。


 靴川さん達三人は劇団スノードロップ解散後も、古戸さんが監督される作品や勅使川さんの脚本作品によく出演されている。


まぁ、おかしい事ではないが他の劇団達よりは圧倒的に数が多い。


 磯本さんと江藤さんを見つけた。二人は対照的な体型だけどいつも一緒にいるから分かりやすい。磯本さんは線が細い。芸能人の中でもガリガリだ。


逆に江藤さんは100キロ近い巨体。でも、動きが身軽で殺陣やアクションが得意。

 磯本さんと江藤さんのもとへ辿り着いた。


「お久しぶりです」

「どうもです」


 俺と名和さんは挨拶をした。


「おっす。元気か」

 磯本さんは肩を叩いて訊ねてきた。


「まぁまぁですね」

「俺もそんな感じです」

 俺と名和さんは当たり障りのない返答をする。


「なんかの縁だ。お前ら、今度飯食いに行こうぜ」

 江藤さんは言った。


「お前が飯食べたいだけだろ」

 磯本さんが江藤さんの肩を力強く叩く。しかし、江藤さんは全く痛くなさそうだ。


「まぁ、そうだな」

 江藤さんは笑いながら答える。


 なんだろう。この違和感は。かなり無理やり気持ちをあげようとしているように見える。


ここまでハイテンションの二人をあまり見たことがないのだ。もっと、馬鹿にしてくる感じなのに。それに仮にも同期と代表が亡くなったんだぞ。


もう少し悲しんでもいいんじゃないか。


「すみません。ちょっといいですか?」

 殿岡さんには聞けなかった質問をするチャンスかもしれない。


「なんだよ」

「亀沢さんって今日来られるんですか」


「こ、来ないじゃないか。なぁ、江藤」

「おう。どこに居るか知らないしな」


 磯本さんと江藤さんは明らかに動揺しているように見える。何か知ってそうだ。けれど、これ以上聞くと話してはくれないだろう。


殿岡さんの面倒さとは違うけど二人も機嫌が悪くなると色々と面倒な部類に入る人達だ。て言うか、劇団スノードロップの人達は基本誰も面倒な人が多い。いや、劇団スノードロップだけじゃないな。


どこの劇団も面倒な人はいる。その比率が劇団スノードロップは多かっただけの話だ。


「そうですか。残念です。じゃあ、行きましょうか。名和さん」

「そうだね。失礼します」


 俺と名和さんはその場を後にして、タマのもとへ向かう。


「何か隠してるよね」

 名和さんは周りの声にギリギリかき消されない小さな声で言った。


「俺もそう思います。同期が亡くなってるのにあれっておかしいでしょ」と、名和さんと同じ声のボリュームで返す。

「だよね。おかしいよね」


「たぶん亀沢さんの事何か知ってますよ、あの感じ」

「俺もそう思う。あの動揺の仕方で何も知らないってありえないもんな」


 名和さんも感づいていたか。当たり前だ。人を観察して役に落とし込む俳優があの動揺を見逃すわけない。


同業者なんだぞ。でも、これで分かった事がある。同業者に動揺を見せてしまうほどに「亀沢」って言うキーワードはかなり強さを持っている事が。


「でも、あの状況であれ以上は聞きだせないと思うんですよ」

「正解だよ。俺、さと君があれ以上質問しようとしたら止めようと思ってたもん」


「どこまでいけるかの線引きは大丈夫ですよ。あの二人の面倒さは知ってるんで」

「そりゃそうだよね。心配しなくてよかったね」


「そうですよ」

 お芝居はコミュニケーション能力が必要な仕事。

自分のしたい芝居と相手がしたい芝居をどうすり合わせていくかでそのシーンの出来栄えが変わる。


お互いがどうしたいかを共有できないと上手くいかないのだ。だから、相手がどこまで言えば怒るかがゲームのメーターのように見えるわけではないが感覚でなんとなく分かるのだ。


 いきなり、誰かに背後から両肩を掴まれた。この力と手の感触的に女性ではない。


「だ、誰ですか」

「俺だよ。鶴倉」


 俺は後ろを見た。そこには喪服姿の鶴倉さんが立っていた。


「鶴倉さん。昨日ぶりですね」

「だね。君も来てるとは思わなかったよ」


「初舞台が劇団スノードロップだったので。あ、こちら、名和憲司さんです」

「は、始めまして、名和憲司です」


 名和さんは緊張しているのだろうか声が震えている。まぁ、いきなり、スターが現れると焦るし緊張するよな。


「どうも、鶴倉輝斗です。よろしくお願いします」

 鶴倉さんは名和さんに握手を求めた。


「よ、よろしくお願いします」

 名和さんは女性ファンが男性アイドルに握手してもらうかのようにときめいた乙女みたいな表情で鶴倉さんの手を握った。


「名和さんのユーチューブ見てますよ。面白いですよね」

 鶴倉さんの興味の範囲が広い。ちょっと待てよ。これこそが鶴倉さんの演技の幅の所以なのか。そうなのか。そうかもしれない。


「あ、ありがとうございます。嬉しい嬉しくございます」

 名和さんは嬉しさのあまりか変な言葉遣いになっている。


「日本語おかしくなってますよ」と、鶴倉さんは微笑んだ。


「す、しゅみません」と、名和さんの目は完全に乙女になってしまった。俺と同じいかつい悪役俳優を乙女にしてしまうなんて恐るべし売れっ子俳優。


「鶴倉さん。古戸さんと靴川さんどちらで」

「古戸さんだよ。まだ発表されていない作品の監督だから」


「そうなんですか」

「お蔵入りするかもしれないけどね」


 鶴倉さんは寂しそうな顔をした。


 映画が上映されるか分かられないもんな。映画は撮ったのに上映されないのは役者にとっても裏方さんにとっても辛いものがある。


頑張った努力が水の泡になる事と金銭面的にも打撃を喰らう可能性も高い。映画一本が上映されないだけでも色んな人達の人生にダメージを与える。


だから、役者が不祥事で作品を没にしてしまうなどあってはいけない事だと思う。


「可能性はありますもんね」

「うん。今の世の中どうなるか分からないからね」


「世知辛いですもんね」

「世知辛い」


「……あ、そうだ。鶴倉さん、ちょっと聞きたい事があるんですけどいいですか?」


 危ない。忘れるところだった。鶴倉さんに明星さんとどれくらいの仲なのかと、亀沢さんについて聞かないと。


「聞きたい事、何?」

「明星さんと幼馴染だったんですか?」


「な、なんでそれを知っているんだい?」

 鶴倉さんは呆気に取られた表情をしている。よほど驚いているのだろう。


「香音のおやっさんに聞きました」

「そう言う事か。そうだね。ここでは色々と面倒になるかもしれないから二階に上がろうか」と、鶴倉さんは周りを見渡した。


「は、はい。分かりました」

 誰が聞いているか分からないもんな。賢明な判断だと思う。





 

 二階の使われていない部屋。

 俺と名和さんと鶴倉さんは誰も入って来れないように中から鍵をかけた。


「えーっと、それで明星と俺の関係について話をすればいいのかな?」

 鶴倉さんは俺に訊ねて来た。


「はい。お願いします」

「明星とは小学校からの幼馴染だよ。俺が俳優を始めたのもあいつの舞台を見て楽しそうだったからなんだ」


「小学校からの付き合いなんですね。だったら無茶苦茶仲良かったんですね」

「うん。仲良かったね」


「すみません。とても失礼な事だと思うんですが墓主になった理由は?」


 名和さんが驚いた顔をして、こちらを見ている。


 すみません、名和さん。タマが居たから言うタイミングがなかったんです。


「もしかして、お墓参りに行ってくれたのかい」

「はい。俺と名和さんと下の階にいる岩杉環の三人で」


「そうかい。あいつは嬉しいだろうな」と、鶴倉さんは自分の事のように嬉しそうな顔をした。


そして、「……あ、そうだ。墓主になった理由はあいつに身寄りがいなかったからだよ。あいつの両親中学の頃に交通事故で亡くなっているんだ」と、鶴倉さんは明星さんの墓主になった理由を教えてくれた。


「……そうだったんですか。すみません」

 交通事故で両親を亡くしていたなんて知らなかった。本当に強い人だったんだ。


「謝らないでよ。そんな顔をするのあいつは望んでないと思うよ」

「そ、そうですよね」と、表情を無理やり明るくした。日頃の訓練の賜物だ。表情筋を自在に使えてよかった。


「それでよし」

「仲が良かったならスノードロップについて色々と聞かされたんじゃ」


「うん。でも、あいつはさ。『どこに行っても一緒だから平気だよ。もし、スノードロップの人と仕事一緒になってもきつく当たったりするのは止めてくれよな』って言ってたよ。だから、あいつの為にも普通に接してる」

 鶴倉さんは優しい顔で言った。


 鶴倉さんも明星さんも優しすぎる。どこでも同じなはずないじゃないか。


きっと、全ては鶴倉さんにも伝えてないんだろうな。自分の中で押さえ込んでいたんだろうな。


「……は、はい」と、表情を暗くしないようにはしてるが、そのせいで言葉は詰まってしまった。


「もう聞きたいことはないかな。もう少ししたら葬儀が始まるよ」

「あ、あと少しだけ。亀沢さんをお墓の近くで見たの本当ですか?」


「あー見たよ。話しかけようとしたら逃げられたけどね」

「そうですか。二人のご関係は知ってたんですか?」


「うん。知ってるよ」

「そうなんですね。ありがとうございます。色々と」


 亀沢さんは生きているんだ。でも、どこに居るんだろう。やはり、この一連の犯人なのだろうか。謎が余計に深まっていく感じがする。


「いいけど、なんでこんな話を聞いたんだい?」

「いやー深くは言えないんですけど色々ありまして」


「色々あるんだね。言えるようになったら言ってよ。これだけ話たんだからさ」

「はい。言えるようになったら話します」


 もしかしたら、二人を殺したのが亀沢さんかもしれないなんて言えないしな。それに分からない事もたくさんあるし。


「頼むよ。じゃあ、戻ろうか」

 俺と名和さんと鶴倉さんはドアを開けて、下の階に戻った。

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