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第13話 あの日の朝ごはん



定食屋・香音の前に着いた。 

 店前のディスプレイには食品サンプルが並べられている。入り口の扉は木の格子で、上部には「香音」と書かれた青い色の暖簾が掛けられている。


 10年ぶりに来た。なんだか、ノスタルジックな気持ちになる。


 俺達は入口の扉を開き、店内に入る。


 あれ、10年前にタイムスリップしたような感覚がした。いや、現実的にはありえないんだけど。10年前にここに入った時の記憶が鮮明に頭の中で再生されている。


 店内にはカウンター席とボックス席があり、壁に隙間がないほどメニューが貼られている。さすがに10年も経てば老朽化している部分がある。でも、殆ど変わっていない。


 14時頃だからお客さんはいないようだ。


 店の奥から制服姿の中年女性店員が出てきて、「いらっしゃいませ。何名様ですか?」と、訊ねて来た。10年前と同じ人だと思う。


「三名で」

 名和さんが答える。


「あ、どうも。名和さん」

「数日ぶりですね」


「そうね。どっちがいい?」

「そうですね。おやっさんにお話を聞きたいのでカウンター席で。いいよね、二人とも」 


 俺とタマは頷く。


「それじゃ、どうぞ」

 俺達はカウンター席に座った。一番奥にタマ・真ん中に俺・一番手前に名和さんの席順になった。なんで、俺が真ん中なのだろうか。まぁ、いいけど。


「懐かしい」

 タマは壁に貼られているメニューを見て、言った。


「だよな。懐かしい」

 一瞬、「三杯も食べるなよ」と言おうとしたが止めた。こう記憶を懐かしんでいる時に冗談を言って邪魔をするのはよくない。


 中年女性店員が俺達の前に水が入ったグラスとおしぼりを置いていく。


「二人とも何にする?」

「海鮮定食で」


 タマは10年前と同じものを頼んだ。 


「卵焼き定食で」

 俺も10年前に来た時と同じものを選んだ。


「じゃあ、とんかつ定食で」

 名和さんもたぶん10年前と一緒のものだ。 


「海鮮定食・卵焼き定食・とんかつ定食ね。あんた、海鮮1・卵1・とんかつ1」

 中年女性店員は厨房に居る店主の優しそうな顔をした中年男性店主に言った。


きっと、あの人が名和さんが言う「おやっさん」なのだろう。10年前もいたような気がする。


「はいよ」

 中年男性店主は料理を始めた。

  



 久しぶりに食べた卵焼き定食は美味しかった。

 10年前と変わらぬ味だった。


そして、10年前と同じでタマに卵焼きを一切れ食べられた。そこまで再現しなくてもいいのに。


「おやっさん、ちょっとお話いいですか」

 名和さんは厨房に居るおやっさんに話しかける。


「なんだい」

 おやっさんは厨房からこちらにやってきた。


「あのー明星さんが亡くなったのって誰から聞いたんですか?」

 名和さんは訊ねた。


「え? 亡くなってたの?」

 タマは小声で聞いてきた。


「そうらしいんだよ。俺も一昨日、名和さんから聞いて知った」

「……そうなんだ。残念だな」


 タマの声は寂しそうだった。それはそうだろう。タマも明星さんにお世話になった1人なのだから。


「えーっと、あれだよ。鶴倉君から聞いたよ」

 おやっさんは腕組みしながら答えた。


「え? 鶴倉ってあの鶴倉輝斗さんですか?」

 俺は反射的に伺ってしまった。


「そうだよ。あの鶴倉輝斗だよ」

 俺と名和さんは目を合わして、驚いた。


 なんで鶴倉さんが明星さんの事を知っているんだ。どこで繋がっているんだ。


「お二人のご関係を知ってますか?」

 名和さんの声は上擦ってしまった。


「幼馴染だってさ。明星君が好きって言ってたので来ましたと言ってたな」

「幼馴染ですか……」


 新事実過ぎて頭がちゃんと受け入れ態勢になっていない。


「他に知ってる事ってあります?」

 名和さんは深堀しようとしている。さすがだ。抜け目がない。


「役をもらう度に報告の為にお墓参りに行ってるらしいよ。あと、そのお墓参りに行った時に女性を見かけるんだってさ。『きっと、明星の彼女だった子だと思うんです』とも言ってたな」と、おやっさんは思い出しながら言った。


「……きっと、亀……いや、そのお墓の場所って知ってます? お墓参りに行きたいんですよ」


 名和さんはふいに「亀沢」と言いそうになった。

 俺はそれを止めようと手を動かそうとした。けれど、名和さんが言い止めたのを見て、動かすの止めた。


 変な動きだよな、これって。

 恐る恐る横目でタマを見る。タマは不思議そうに俺達を見ている。


 駄目だ、これは。何もなかったかのように振舞おう。人間観察が得意な女優の前では隠し事の一つさえも難しい。


「知ってるよ。近くだし。地図書いてやる」と、おやっさんはメニューを書くためであろうコピー用紙に地図を書き始めた。



 

 花屋で御供え用の花を買い、明星さんのお墓のある霊園に向かっていた。


 タマに色々と聞かれると思ったが何も聞いてこなかった。こう言う時は全容を言うまで聞いてくるタイプなのに。まぁ、聞いてこないなら言わなくてもいいよな。


 お墓参りに行く事もすんなりと了承してくれた。

 どうしたんだろうか。


もしかして、気を遣ってくれているのか。それなら申し訳ないな。でも、俺達が勝手にしている事でタマに迷惑をかけてしまうのはよくない。


出来るだけ面倒から遠ざけてやりたい。昔から面倒に巻き込まれやすいやつだから。


 タマは、帝都市民劇場の前で止まり、「ここで明星さん達と舞台したんだよね」と、言った。


 劇場は10年前と全く変わっていない。入口のドアには近々公演されるであろう演目のポスターが貼られている。


普段なら近づいて知り合いが出ていないかを確認してしまう。いわゆる、職業病ってやつだ。


「初舞台だったよな。俺ら二人は」


 同期の中で一番早い舞台出演だった。そのせいで同期から妬まれたこともある。


俺の方は耐えられたけど、タマへの嫉妬は酷かった。思い出すだけで精神的に疲れる。


「うん。下手くそだったよね、私達二人は」

「だよな」


「君らは下手じゃなかったよ。怒られていたのも才能があると思ってもらってたからだよ」

 名和さんは俺達の言葉を優しく否定した。


「どう言う事ですか?」

「どこの劇団もね。下手で期待していない役者のシーンだったら削るよ。でも、君達はシーンを削られなかった。時間を取ってくれた。それは期待していたからなんだよ」


「本当ですか?」

 信じられなくて訊ねてしまった。


「本当だよ。劇団員の人達や俺以外の客演の俳優も期待してたんだから」

「そうだったんですか」


 タマはともかく、俺も期待してもらえてたんだ。無茶苦茶怒られた記憶しかないから、駄目だと思われていたと思っていた。


「びっくり……」

 タマは「信じらない」と言わんばかりの驚いたような顔をしている。お前は俺よりはかなり優しくされていただろ。


いや、もしかして、俺が期待されていたことに驚いているのか。そ、そんな事はないよな。それだったら今嫌味を言うだろうし。


「そうだよ。じゃあ、長居するのもよくないから行こうか」

 俺とタマは頷いた。


 ――ある程度歩くと、霊園が見えてきた。

 あそこに明星さんが眠っているのかと思うと、足取りが重くなった感じがする。


きっと、それはまだ明星さんが亡くなった事実を認めたくないからかもしれない。


 霊園の中に入り、おやっさんに貰った地図を見ながら明星さんのお墓を探す。


 同じサイズの墓が多いから探すのに一苦労だ。

「ここじゃない」と、タマはお墓の前で止まった。


 俺と名和さんはタマのもとへと向かう。

 そこにあったお墓には「明星家」と彫られていた。


 おやっさんに貰った地図を確認する。

 たしかにここだ。それに明星と言う苗字は多くない。間違えないだろう。


「ここで間違えないな」

 目の前に来て現実だと思い知らされる。受け止めるしかないんだな。


 誰かがつい最近来たのだろうか。お供えの花が綺麗なままだ。


「本当なんだね」

「そうだな」


「いい役者だったのに。彼とはもう一度芝居したかった」と、名和さんは呟いた。

 俺とタマは小さく頷いた。


 一緒に芝居をしたら何度でも共演したくなる素敵や役者だった。でも、その素敵な役者は人生の舞台から降りてしまった。


だから、一生共演する事はできない。


 タマは持っている花をお供えした。


 俺達はゆっくりと目を閉じて、手を合わせた。お墓の中で眠る明星さんに昔話と現状を伝えるかのように。


 目を開けて、タマと名和さんを見る。二人とも涙目になっていた。何か言うと、ダムが崩壊するかのように涙が溢れてしまいそうな状態だ。


 俺も同じ状態だ。お墓の前で故人との思い出を思い出すのは心に対してよくない。


「じゃあ、行きますか」

 名和さんは何かを吹っ切るかのように明るく言った。


「そうですね」

 タマも妙に明るく振舞う。


「ちょっとだけいいですか。後ろ側から見ても」

 あっちでも頑張ってもらう為に背中を押そうと思ったからだ。触れはしない。ただ念じるだけだ。


「いいけど。踏んだらいけないところ踏まないようにね」

「分かってます」


 俺はお墓の向こう側の通路まで行く。そして、お墓の裏側を見る。


「あれ……これって」

 お墓を建てた人の名前は鶴倉輝斗だった。こう言うのって親族がするんじゃないのか。いや、別に現代なら友人でもいいのか。


「どうかした?」と、タマが聞いてきた。

「な、なんでもない」


 自分が疑問に思っただけだから言わない方がいい。それもタマには特に。


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