第9部分
そんな紆余曲折を経て、ついに日焼けにくすんだ我が巣の白壁にみなみんの笑顔が輝いた。
スポットライトを浴びてマイクを手に飛び上がる彼女の姿を切り取ったポスター、その表面には乾いた土のひび割れのようにもう直せない折り目が走り、酷いところは印刷がはげて白い下地が覗いている。
まるでやんちゃ小学生が学校から持ち帰るプリントのように無惨なものだが、しかしまあ冷静に考えればそこらで手に入る販促ポスターだし、製造時の状態を保っているから価値があるというものでもない。むしろこの傷痕こそが今日の特別な経験をともに越えた「秀一オリジナル」の証であり、思い出の残滓でもあった。
駅のホームであわや泣き別れというところを脱したみなみんが語りかけるのは、「秀一くん、助けてくれてありがとう、ずっと一緒だよ!」かも知れないし、あるいは「秀一さん、一時は駄目かと思いました。もう離さないでください」の可能性もあるし、意外と「ふ、ふん。秀一、結局助けてくれたのはあんたじゃなくてあの女の子じゃない。別に感謝なんかしないんだからね!」みたいなのも悪くない。解釈は色々だが、最後のやつがツンデレとかそういうの抜きで単なる事実なのが唯一引っ掛かる点だ。
「むうう……」
秀一は唸った。みなみんポスターを助けてくれたあの人のことを思い出すと、納期前の焦燥にも似た胸の痛みがちくりと襲う。優しい声、綺麗な黒髪、顔は思い出せないけれども、こちらは鮮明に頭に浮かぶ胸の……いや、こんなものは非紳士的に過ぎる。
六畳間の畳の上、座椅子に背中を預けて天井を見た。煌々とぶら下がる蛍光灯の輪っかのように、ぽかりと胸に穴が空いている。彼女のことはどんなに気になっても、インターネットで検索しても、カードの店を巡っても再び会うことはできない。まさに一期一会、三次元とはかくも不便なものか。
とにかく気持ちを沈めようと大きく息を吐いた。酒でも飲むか、と立ち上がった時、折よくスマホがメッセージの受信を告げる。見ると、将暉からだ。
『焼肉屋に集合!』