【3年前、フランス傭兵部隊入隊試験①】
ハンスと呼ばれた男は、黙って俺の前を歩いて建物の外へ出た。
身長は高いが、意外に細身で肩幅が広い。
金髪の髪は少し長めの癖毛で、傭兵と言うよりもカレッジスクールに良く居るようなタイプ。
ラフに制服を着ていて手強そうに見えるが、兵士独特の野蛮そうな影はない。
そして、しばらく歩くと広いグラウンドに着く。
「このトラックを7周走れ、ただし時間は12分以内」
「一周の距離は?」
「400メートル。時間内に走れなかったら、ここで帰ってもらう」
人より早く走く、そして長く走るのは得意だが、タイムを計った事など無かったので、この2800メートルを12分以内で走ることが、どのようなことなのか分からない。
屹度、学校などに行っていれば時間内に走ることが出来るのか、どのくらいのペースで走らなければならないのかが分かるだろうが、学校になど行った事も無い俺ではそんなことは分からない。
「服を脱いでいいか?」
「邪魔な分だけなら」
そう言ってハンスは背を向けた。
服を脱ぐ女性に背中を向けるなど、ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に意外と紳士だ。
芝生の上に革ジャンとセーター、それにカーゴパンツを脱いで置く。
「準備はいいぞ」
後ろを向いていたハンスが向き直り、一瞬驚いた顔をして「他に着替えは持ってきていないのか」と聞いてきた。
俺が「ない」と答えると「そうか」と言って、ポケットからストップウォッチを取り出した。
俺がトラックの中に入って行くと「Ready? 」と声を掛けられた。
今まで使っていたフランス語から、英語に変わっている。
恐らくこれも試験の一環だろう。
この程度の英語も知らないようでは、話しにもならないということだ。
「Go!」
合図とともに飛び出す。
どの位の時間で何メートル走れるのか測ったことのない俺にとって、ペースなどと言う悠長なものはない。
ただ出来るだけ早く走るだけだ。
平坦な道を走るのは余り慣れてはいないが、瓦礫の散らばる道に比べれば随分と走りやすい。
ただ、同じ所をグルグルと周るのは距離感が掴みにくかった。
それでも3周くらい走ると、それも慣れた。
あとは時間との闘い。
自分が、どのくらいのタイムで走っているのか掴めない限り、限界で走るしかない。
おそらくチャンスは、この一度きり。
なんとなく騒がしいと思っていたらギャラリーが増えていた。
下着姿の女が走る姿は、男どもにとっては格好の見世物だろう。
5周目に入ったくらいから、あまり物事を考える余裕がなくなって来て、それ以降は自分が今何周目なのかさえ分からなくなる。
オーバーペースによる酸欠症状。
まあ12分が立った時点で、何らかのアクションは向こうで起こすだろうから、俺はそれまでブッ倒れないように走るだけだ。
スタート地点にハンスが待ち構えるようにして立っているのが見えた。
合格なのか不合格なのかは分からないが、これで走るのを止められる事だけは確かなようだ。
俺は、悔いの残らないように最後の力を振り絞って全力疾走でゴールラインを駆け抜けた。
ゴールと共に全身に力が入らなくなり、倒れそうになるのをハンスが支えてくれる。
細身の割にはバネのような硬い筋肉があり、俺はその腕に確りと抱きしめられ、ハンスが持っていたバスタオルに身を包まれる。
その光景を囃し立てるように、ギャラリーが口笛を鳴らすが、構っちゃいられない。
「結果は?」
「お前は時間内に8周走った。合格だ」
「じゃあ、これで傭兵になれるのか?」
「まだだ」




