第三章 封《と》じる者 穿つ者 (4)
封じられていた基地がようやく開放されたものの、誰が残って、一連の調査をするのかーと言う話し合いが、続きます。
4
「……狼煙どころか爆弾じゃないか……」
テゼルトの代わりに、基地からスタフォー
ドが送り、第七艦隊内で、バルルークに合流
したシェルダンが受け取ったその映像を、シ
ーディアはシェルダンから転送される事で、
ようやく見る事が出来た。
『ロート、ベルデ、アズロと言うのが誰の事
なのかは、まだ分かっていませんが、擬装さ
れた補給艦の事や、彼らを受け取ったのは誰
か――と言ったあたりは、彼らの記憶力のお
かげで、さほど特定に苦労はしませんでした』
シーディアとシェルダンが話す、通信画面
の半分が、一人の士官の顔写真と職歴書に変
わる。
『彼ら曰くの「横柄な人」は、階級章からす
るに、中佐。我々が来る前から基地にいる士
官の中で、中佐は一人しかいませんでした。
――次席責任者の、ウセル・ネイマール中佐
ですね』
「…その様子では確保はまだ、か」
『現状、死んでも昏倒してもいない事は確か
ですが…基地職員約800人の中に潜られると、
なかなかに骨が折れますね。他にまだ、隠し
部屋がある可能性も否定出来ませんし』
可能性と言いながら、シェルダンの表情は、
他の隠し部屋の存在を疑っていないし、シー
ディアもまた、その通りだと思っていた。
そもそもは、地上におけるシェルターの役
割を担って作られたのだろうが、恐らくは基
地責任者と次席くらいまでしか詳細を知らな
いと思われるため、解析にはある程度の時間
が必要と見るべきだった。
「擬装された補給艦の事とは?」
とりあえず、まずはひとつひとつ状況を確
認していく他ない。
『少し…興味深い事になっていますね』
シェルダンの声に合わせて、ネイマールの
顔写真だった画面が、民間船の全体映像へと
切り替わった。
『彼らはずっと、スラゴナール社の船籍を持
つ艦を乗り継いで来たようでしたし、アルビ
オレックスで、金星軍の補給艦に乗り換えた
際も、宇宙港に係留されていた補給艦を擬装
していたのは、スラゴナール社の塗装でした』
「……アルビオレックスの宇宙港の映像を、
この短時間にどうやって手に入れたのかが気
になるが、まぁ、とりあえず後にしておこう
か。なるほど、スラゴナール社はこの騒動に
一枚噛んでいると見て良さそうだな」
『ええ。スラゴナール社の経営陣を見ると――
より一層、そう思えます』
宇宙港に係留されていた民間船の映像が、
複数の人物の顔写真に、続いて切り替わる。
『社長はオノレー・スラゴナール。…ですが、
スラゴナール家の創業者一族の血を引く娘と
結婚した、婿養子です。元の名前は――オノ
レー・タルボット』
「タルボット?」
『第二艦隊司令官トリスタン・タルボット中
将の、次男ですね。このタルボット中将と、
スラゴナール社の前社長、現在は会長のフロ
ラン・スラゴナール氏とは、タルボット中将
のトロヤ衛星赴任時代からの知己のようです。
スラゴナール社の本社はトロヤ衛星ですし。
そして現在、トロヤ衛星を選挙基盤とし、ス
ラゴナール社の顧問になっているのが――カ
ロール・ギョーム中央議会議員』
「―――」
シーディアは一瞬大きく目を見開いた後、
声を上げて哄笑した。
「はっはっは!それは良い!タルボット中将
は、トルナーレ大将の〝次〟を狙っていた。
そう考えると、ギョーム議員の立ち位置は、
調べずとも自明だな」
『…恐らくは、ヘルダー議員の対局に立つ方
ではないかと。ちなみに、ギョーム議員の第
三秘書に、ドミニク・バスチアンと言う女性
がいるんですが、彼女の結婚前の名前は、ド
ミニク・ネイマール。…ネイマール基地次席
の姉と言う事のようですね』
「清々しい程の縁故っぷりだな。と言うかシ
ェルダン、おまえ、この短時間にどこからそ
こまでの情報を引っ張って来たんだ」
『封じられた基地を開く事に比べれば、造作
もないですよ。この程度なら、情報誌の記者
でも、その気になれば辿り着ける程度の緩い
情報保護っぷりです』
嫌味を言うつもりが、バッサリ「緩い」と
切り捨てられ、思わずシーディアは、ギョー
ムに同情しそうになった。
…タルボットに関しては、ざまを見ろとし
か思わないが。
「航路データの流出に、人身売買、非合法の
薬――か」
『中将?』
「長年の懸念材料でもあった航路データの流
出、こちらの容疑者は、誰一人地球軍と関わ
った形跡がなかったが為に、皆、疑惑止まり
だったが…スラゴナールと言う中継点があっ
たとなれば、話は変わってくる。恐らくは人
身売買も、薬の蔓延も、全て紐付いているん
だろう。と、するなら――目的は戦争の支配、
だな」
口元に手をやりながら呟くシーディアに、
今度はシェルダンが息を飲んだ。
『…戦争の支配…ですか……?』
「勝てば己の議会や軍内部での立場が強くな
る。逆に追い落としたい人間がいれば、その
時は相手を有利にして、負けさせれば良い。
育てた子飼いに、航路データを持たせて裏切
らせても、薬で司令部を混乱させても良い。
そうしていずれ、軍と議会と、スラゴナール
社が関わる経済市場を全て支配下に置く――
そんな青写真を、誰かが描いた」
実際に、ルドゥーテから強制的に徴用した
少年たちは、地球軍に投降、あるいは金星軍
の中での工作員――子飼いの兵となるべく訓
練され、事情に気付いた士官は、薬を盛られ
るなどして、口を封じようとされていた。
権力強化を狙って、全てが紐付いている――
とする、シーディアの見方は正しいように、
シェルダンにも思えた。
そしてふと、自分たちに向けられていた、
悪意の行方にも気が付いて、眉を顰める。
『…もしや本来、我々は敗れていた、と?』
「ホーエンガムの末路、あれが本来の、戦い
の結果の全て――だった筈なんだろうな。ホ
ーエンガム自身は中立派だった筈だが、何せ
その下にいたのが、カミジョウだ。目障りに
思う人間は、山ほどいただろう。まして、あ
の戦況からひっくり返せるとは…両手の数ほ
ども思うまい」
『中将は…その手の中に入る側、ですか』
「当然だな。おまえとカミジョウをひとまと
めにして、為す術もないなどと、何の冗談だ」
『…褒め…て頂いたんでしょうね…一応…』
「シェルダン」
『はい』
「おまえ、ノティーツの代わりに、基地の責
任者として、残る気はあるか?」
『お断りします』
シェルダンの返答には半瞬の躊躇もなく、
シーディアを呆れさせた。
「…仮にも上官からの提案を、一顧だにしな
いその度胸があれば、上にくらい立てると思
うがな」
『すみません。言葉が足りませんでした。基
地に残る事に否やはありません。ただ、責任
者となる事については、お断り申し上げます。
私は頭に誰かを仰いでこそ、十全の力が出せ
る人間です。上に立てない、とまでは言いま
せんが、恐らくご期待には添えません』
「……誰か、ね。カミジョウの下に戻せとで
も言うか?」
半ば揶揄するように言ったシーディアだっ
たが、シェルダンは面白いくらいに、複雑そ
うな表情を見せた。
『………ノーコメントでお願いします』
誰の下でなら、自分の力が最も活かされる
のか。既に自覚はあるのだろうが、漏れなく
気苦労を引き受けるのが誰か――と言う事も
目に見えてくるだけに、まだ、その覚悟が定
まらないのかも知れなかった。
ただ、あまりにその表情が面白かったので、
シーディアは思わず、場を忘れて、低く笑っ
てしまった。
後でこそ、トルナーレに「火薬庫に手榴弾
を放り込んだ」と爆笑されて、不機嫌になっ
たシーディアだが、この時は、「覚悟が定ま
らないなら、敢えて放り込んでやれ」と言う
気持ちが働いたのもまた、事実であった。
『――どうした、スタフォード?』
その時、シェルダンの側の通信機が鳴った
のだろう。
すぐに表情を改め、耳元のスイッチを切り
替えると、しばらく目を閉じて、スタフォー
ドからの報告を聞いているようだった。
『…分かった。そこは、シーディア中将の指
示を仰いだ上で、後で連絡する。それまでは、
第一艦隊艦載機部隊と仲良くやってくれ。随
分と可愛がられてると聞いているから、まぁ
大丈夫だろう』
そこまで言うと、一瞬顔を顰めて通信機を
耳から離したのは、何かしら猛抗議があった
に違いない。
だがシェルダンは、あっさりと通信を打ち
切ってしまうと、通信機を再び装着し直して、
シーディアに向き直った。
『…失礼しました』
「いや…まぁ良い。そこは聞かなかった事に
しておこう。それでどうした?基地でまた何
かあったかのか」
『いえ。基地への着艦準備が、ある程度は整
ったとの連絡ではあったのですが…血の臭い
が未だ取れない箇所も多数ある上に、営倉も
医局も、現在定員オーバーの状態だとか。補
給自体は行えるだろうとの事なのですが、基
地に上陸する士官は制限した方が良いと言う
話に、基地内ではなっているようです。それ
を、私からシーディア中将、もしくはトルナ
ーレ閣下に働きかけて欲しいとーそう言う内
容でした』
「……なるほどな」
シェルダンは、基地側が告げる上陸制限の
理由を定員オーバーと言ったが、それが表向
きでしかない事は、言った側も言われた側も
承知していた。
上陸を制限すれば、帰還の為に再乗艦する
人数も、限られる。
基地に残っているであろう、実行犯が逃亡
する危険をなるべく潰したいのだ。
「分かった。着艦は、補給部隊と大佐以上の
士官が乗艦する艦だけとし、補給は直接では
なく、宇宙空間での補給部隊からの供与のみ
をその方法としておく。また、基地から出る
人、物のチェックは、乗艦よりも厳重にやら
せるが、ただしその役割分担は、我々が乗艦
後、指示する。うかうかと、偽りの指示に踊
らされるなよと、伝えておけ」
誰かが、トルナーレやシーディアの名を騙
って、宙域離脱を図る可能性を示唆されたシ
ェルダンは、頭を下げて、了解の意を示した。
「シーディア司令官代理」
その、会話が途切れたタイミングを見計ら
ったかのように、臨時艦長代行の貴水慧が、
ドアの向こうから、部屋に現れた。
「貴水か。どうした」
「キルヴェット閣下から通信がありました。
いえ、今は繋がっていません。全員無傷で金
星本星に到着した旨の連絡と、折を見て状況
報告を入れるように――と。情報のすり合わ
せをしたいと言えば、分かる筈だと仰ってい
ました」
レイ・ファン・キルヴェットは既に軍人で
はなく議会議員なのだが、彼を「閣下」と呼
ぶ人間は、未だに軍内部に多い。
無傷で、もう着くとは流石だな、とシーデ
ィアは微笑った。
「あと、ラサラス准将は、情報収集の手足と
して、もう少し借りる――とも」
「まぁ、そうなるだろうとは思っていたから、
もとよりこちらの現有戦力には見做していな
かった。問題ない。…シェルダンも聞いたな。
議員団が無事に帰星した時点で、憂いが一つ
消えた。まずは基地での幹部士官の合流を優
先させる。状況報告に関しては――折を見て、
私が行う」
折を見て…がいつになるのか、含みがあり
すぎる発言だったが、佐官であるシェルダン
にも貴水にも、口を挟めよう筈がない。
ギョーム議員に関する情報が、ますますシ
ーディアを強気にさせたと、シェルダンだけ
が今、察していたが、貴水の手前、口にする
事は控えた。
『承知しました。それでは、こちらの艦も着
艦準備を急がせます。それと、差し出口には
なりますが…補給に関しては、バルルーク大
佐に一任される事をお勧めします。恐らく、
それで中将のご負担は半減…とはさすがに言
いませんが、少なくとも、後顧の憂いはなく
なります』
「バルルーク大佐に?」
「あぁ、そうですね…。それは、私も賛同し
ます。この状況下でしたら、特に」
シェルダンと貴水、思わぬ2人からの指名
と同意に、提案されたシーディアだけでなく、
当のバルルークも、意外そうに目を瞠った。
『おやおや。まだ、この年寄りを、こき使う
と?』
『…大佐、そのうちスタフォードに刺されま
すよ』
『ワインでは足らんかね?』
『実際、懐痛んでいらっしゃらないでしょう。
その、謎の手配力、出し惜しみしないで下さ
い』
相手が誰でも、口調がほぼ変わらないのが、
シェルダンである。
丁々発止とも言えるやりとりに、貴水の方
は、やや苦笑混じりだったが、「謎の手配力」
と言う点では、シェルダンに同意すると、追
随した
『やれ、手厳しい』
バルルークはそう言って肩をすくめたもの
の、シーディアも、彼が「出来ない」とは言
わない事には、気が付いていた。
考えてみれば、光輝の意を汲みつつ、地球
軍第一艦隊の要、リヒト・イングラム参謀長
の猛攻から、補給線を守り切ったのは、彼だ。
補給立案に、一日の長がある事は間違いな
かった。
「バルルーク。シェルダンと貴水が、揃って
推挙するなど、余程の事と見込んで――余計
な持ち出しも、持ち込みもさせず、今、不法
にある物資もあぶり出して貰おうか。私が
『一任する』とは…そう言う事だと、心得て
貰おう」
『承…るしか、ないでしょうなぁ』
好々爺然と答えるバルルークに、薄ら寒い
空気を感じながらも、誰も、その場では何も
言わなかった。
「…貴水、基地に入るぞ。シェルダンも、艦
長に着艦準備を指示しろ。今後の方針は、基
地で、トルナーレ閣下も交えて行う」
『「――かしこまりました」』
シェルダンと貴水は、画面越しに、それぞ
れが揃って頭を下げた。
※ ※ ※
サン・クレメンテ基地に着艦はしたものの、
負傷したフレッド・トルナーレが、まだ車椅
子なしに歩けないとあって、トルナーレは基
地の中へは足を踏み入れず、第一艦隊の作戦
室に、主だった幹部士官が集まる形となった。
そこで、トルナーレの意向として、第一艦
隊司令官の地位を退く事が伝えられた時、さ
すがの光輝も、一瞬だが目を見開いていた。
最も、ほんの一瞬の事だったので、その後
に、アルフレッド・シーディアを後継にする
つもりだと、トルナーレが続けた事への反応
は、誰も読み取る事が出来なかった。
事前に聞かされていたシーディアと貴水以
外、トルナーレの決断への驚きが、それを上
回っていたからでもあったが、ともかくも、
それは既に内々の決定事項として語られてお
り、誰も、何かを言える状況にはなかった。
「悪いが俺は、諸々の事情説明もあるし、強
制送還になる。シーディアもシーディアで、
議員団を勝手に帰らせた男が、第一艦隊司令
官で良いのかと、まず間違いなく揉めるから、
俺が連れて帰る。後の事はカミジョウ、おま
えに引き受けて貰う事になるが、構わないか?
いや、これ以上ヨメに会えないとかふざけん
な、帰る!ってんなら、独り身でカノジョも
いないシェルダンに、俺の権限で押し付けと
くが」
「「……っ!」」
ただ、深刻になりかけていた空気を、そこ
でトルナーレ自身がぶち壊した。
光輝は手の上で転がしていたペンを勢い余
って真っ二つに握り潰し、シェルダンは口に
しかけていた水を喉に詰まらせて、むせた。
他の面々は、椅子に腰掛けたまま、固まっ
ている。
「て…っ、アンタがふざけんな!そんなモン、
言った方がいい恥さらしだろうが‼︎」
テメェと言いかけて、さすがに光輝が思い
止まったらしい事よりも、動揺するシェルダ
ンの方が、珍しかったのかも知れない。
「な…んで、私だけが独り身を吊し上げられ
なくちゃならないんです…っ」
「おまえのヨメが都市伝説化してるのを知っ
てるか、カミジョウ?言ってくれた方が娯楽
になって面白いから、俺は歓迎だ。孫もいる
って話のバルルークはともかく、他の連中に
相手がいるのかどうかは、俺は知らねぇし。
俺が知ってる中で、あと、心置きなく命令出
来そうだっつったら、おまえになるだろう、
シェルダン?シーディアは残れない訳だし」
「……今さりげなく、私もまとめて侮りまし
たか……?」
光輝とは対照的に、部屋の温度が下がるよ
うな、ヒヤリとした声をシーディアがトルナ
ーレに投げたが、トルナーレの方はいっこう
に気にしていなかった。
「言い寄って来る美女よりも、自宅のお手伝
いの女の子の方に親切な時点で、おまえの私
生活が見えるだろうが。あ、おまえ実はそー
ゆー趣味か?だったら悪かった――」
「もう一か所くらい、傷、増やしておきまし
ょうか。今なら全部コルム中将のせいにして
おけますしね」
「珍しく意見が合うな。いいぞ、口裏合わせ
は引き受ける」
シーディアが懐から銃を取り出し、光輝が
それを止めない時点で、顔を痙攣らせたのは
貴水だった。
幕僚会議でシーディア中将がトルナーレ大
将に銃を突きつけて、第一艦隊司令官の地位
を譲渡させた。カミジョウ准将がそれに手を
貸した――などと、後で悪意のある噂を流さ
れたらどうするつもりなのか。
飾らない人柄は、トルナーレが下士官から
も愛される理由ではあるのだが、何も今、深
刻な空気をぶち壊さなくても良いだろうに!
普段なら、こういうところで止めに入る筈
のシェルダンも、思わぬボディブローに動揺
しているし、テゼルトは、隣で、彼の同期の
兵器管制主任、セーティ・ソラウィト大佐が
「俺とテゼルトは、ちゃんと――」と呟きか
けたところを「ば…っ、空気を読め!」と小
声で押し留めていたりして、それどころでは
ない。
第七艦隊の、光輝の艦の艦長ジョシュ・ヘ
ドヴィクや兵器管制主任コティス・ラカゼッ
トは、司令官が旗艦ごと戦死した事により、
現在、貴水と同じ、臨時の大佐代行職として
この場に呼ばれており、基本的には発言をし
ない立場だが、そうでなくても、今のノリに
ついて行けておらず、縋るような目を貴水に
向けている。
ぐるりと部屋を見渡してから、貴水は仕方
がないとばかりに、大きく息を吐き出した。
「…皆様、御歓談中のところ大変申し訳ない
のですが」
「⁉︎」
どこかのイベントの司会よろしく、なるべ
く穏やかに、笑顔を貼り付けて顔を上げてみ
れば、何故かその場の全員が、ギョッとした
ように貴水に視線を投げ、凍りついた。
「脱線も、程々に願います。私としては、キ
ルヴェット閣下へのご連絡が、そのままにな
っている事が、とても居た堪れません。あぁ、
そのお話、落としどころが必要ですか?でし
たら、シーディア中将やシェルダン大佐より
も10歳以上年上である私が、未だフリーだと
言う話を、ご提供させて頂きますよ。人並み
以上に、身なりには気を配っている筈なんで
すが、どこが問題なんでしょうね?」
シーディアの冷ややかな空気など、比較に
ならない〝ブリザード〟が部屋に吹き荒れた。
「おまえ…意外と怖ぇな。さすが〝キルヴェ
ットの最終兵器〟――」
「何かおっしゃいましたか、大将閣下」
「スミマセンナンデモアリマセン」
トルナーレが、さすがに降参したように両
手を上げ、シーディアが毒気を抜かれたよう
に、銃を懐にしまって、トルナーレに向かっ
て、二、三度咳払いをした。
光輝は、まんざら冗談だった風でもなく、
舌打ちしている。
「ま、まぁ何だ…カミジョウ含めて、基地の
定員めいっぱいで、臨時の基地駐留艦隊を編
成して、この場に残って貰うつもりだ。その
人選を、これから…なぁ、シーディア?」
「……ええ、まぁ。基地の中が過剰殺戮であ
る事だけでも充分な事件になる上、他にも複
数の事件が同時進行で起きていて、軍に議会
に、大手民間企業の思惑までもが、そこに絡
みあってしまった。佐官級以上が巻き込まれ
ている点から言っても、うっかり権力に負け
て、揉み消されそうな立場の者だけを残して
いく訳にはいかなくなった。大佐相当以上の
士官しか、この場に呼ばなかったのも、そう
言う理由ですよ、閣下。外から脅されようが
泣き落とされようが、この人数なら、まだ歯
止めがかけられる。ここから下への情報は、
制限させます」
「軍に議会に、大手民間企業ねぇ…」
「そう言う話がお嫌いなのは承知しています
が、とりあえず、ヘルダー議員をキルヴェッ
ト閣下に丸投げして、お帰り頂いた件が帳消
しになるような情報がある事は確かです。――
意外と、根は深いんですよ」
「しれっと言ってるが、丸投げしたのは、俺
じゃないだろう」
「2割以下にした時点で、大概だと、キルヴ
ェット閣下仰ってましたので」
「……マジか」
片手を首筋にあてながら、トルナーレがぼ
やく。
トルナーレとて、キルヴェットには、頭が
上がらないのだ。
「思ったより、誰を残すかが難しくなったか
…」
「そうでもありませんよ。キルヴェット閣下
が、このあと知らせて下さるであろう、航路
データ横流しに関与しそうな派閥と企業、少
なくともそれに関連する連中は、戻って証拠
隠滅されないよう、基地に残せば良い訳です
から。血塗れの基地に軟禁状態にする方が、
追い込まれてボロが出る。基地で薬をばら撒
いた連中や、人身売買に関わった連中と繋が
ってくれれば、尚、良い」
「おまえ…キルヴェット閣下に頼み事までし
ていたのか…。元上司を、どんだけこき使っ
てんだ……」
「ちゃんと対価は渡すんですから、良いでし
ょう。キルヴェット閣下には、こちら側で、
残る士官が確定したところで、連絡しますよ。
いざと言う時には、私やトルナーレ閣下を飛
び越して連絡が取れる手段もあった方が良い
でしょうから」
「……鬼畜なんだか親切なんだか……」
話し合い――と言っても、誰を残すかを決
めるのは、基本的にトルナーレとシーディア
なので、他の面々は従うしかない。
2人を除く、唯一の将官である光輝が、残
る側となる事も確実なため、残りの人員が、
第一、第七、双方の艦隊の中から、基地の定
員ギリギリまで配置される形となった。
「カミジョウ。今のうちに、下を把握して、
使える人材を手元で見極めておくと良い。私
はこれから、全艦隊の再編成にとりかかるつ
もりだ。これが、そのきっかけになる。金と
年功序列しか誇ることのない馬鹿と老害は追
放してやる」
そう言ったシーディアは、酷薄とも思える
笑みを口元に浮かべると、光輝の肩に右手を
乗せ、耳元で囁いた。
「――手伝え」
「……っ」
トルナーレからの世代交代を、誰もが確信
した瞬間だった。
光輝の奥さまは、都市伝説だそうです(笑)
そのうち少しずつ、ベールが剥がれる…かも知れません?