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第七話 上弦の月明かり

「では、今日はここまでにしましょう」

細い眼鏡をかけた理科の先生は、そう言ってテキストを閉じた。私はその言葉を待っていた。

次は国語だ!自然と笑顔になる。

「・・・そんなに理科の授業が嫌でしたか」

理科の先生に言われて、私はブンブン首を横に振った。

「あ、ありがとうございました」

私がいつものように挨拶をすると、ショートカットが良く似合う彼女は微笑んだ。

「亜志貴さん、最近可愛さに磨きがかかった様に見えます」

私は、先生のその突然の発言の内容が信じられなかった。

「そ、そう・・・ですか?」

戸惑った私を見て、彼女は、加東さんの様な意味深な笑みを浮かべた。

彼女は頭のキレる美人なお姉さんという感じだけれど、こういうところは加東さんに似ている。

「女の子とは、そういうものです」

彼女が出ていった後も、私はその意味を考えていた。

(どういうことだろう)

「こんばんは」

「うわっ!!」

私は急に隣で声がしたので、文字通り飛び上がってしまった。

「ど、ど、堂月さん・・・」

驚いた私の顔が可笑しかったのか、彼は笑った。顔が火照ってしまう。

「の、ノックが聞こえませんでしたよ」

私は少しムッとして、彼に言った。

そのとたん、いつも吸い込まれそうになる彼の目が、ふっと細くなった。私は、彼のその表情にドキッとした。

(・・・何?今の・・・)

「返事をしたことも忘れてしまうほど、何か考えていたの?」

(え、返事したかな?)

私は、あれ〜?と記憶を辿った。

「いえ・・・その、理科の先生がおっしゃったことについて考えていたんですけど、よく分からなくて・・・」

彼は「そっか。」と微笑んだだけで、特に追求しなかった。

私も、訊かれたくなかったので、彼のその行動に感謝した。


私が最後の問五を解き終わり、さりげなく横を見ると、彼は頬杖をついて、彼の前にある窓の外に目を向けていた。

今日は快晴だから、月が出ている。ここは住宅街から少し離れているので、街灯が無い。

月明かりが彼を照らしている。全てに、光が映っている。

私は堂月さんを、最近まともに見ることができなくなってきた。理由は分からない。だけど、彼に会うことが出来るのが、とても嬉しいのだ。

未知の心境というのは不可思議で理解できなくて、不安になる。

「亜志貴さんは、どの月が好き?」

私は突然の質問に、思わず「え」と言ってしまった。彼の授業は、いつもこんな感じで、彼のリズムで進んでいく。それでも、きっちり進んでいるのだから、すごい。

「どの月って・・・?」

彼がこちらを向いた。

「月の形。満月とか、半月とか、いろいろあるでしょ?その中で、亜志貴さんはどの月が好き?」

私は考えた。

「私は・・・」

こんな些細なことにさえ、私は緊張してしまう。答えなきゃ。

「上弦の月・・・」

私は、上弦の月が好きです。

この言葉は、最近知った。けれど、形としてはこの形が、昔から好き。

「偶然だね。僕も、上弦の月が好きなんだ」

彼のその言葉は、私を幸せにした。堂月さんと少しでも共有できるものがあることが、私は素直に、心の底から嬉しかった。

「月はさ、それ自体が変形するんじゃなくて、影で見えない部分ができるでしょ?その見えない部分までを想像で描き出すのって、人の心の見えない部分を探すのに似ているなって、時々思うんだ」

「え?」

「だから、その主人公はきっと、月を使うことで、相手の気持ちは表現し難いし、自分の考えも言いたくないって言ってるんじゃないかな」

彼の顔が、また優しくなった。

私は初め、何のことかさっぱり分からなかったけれど、すぐにそれが今解いた問五の答えのヒントであることに気がついた。

(そうか、なるほど。こんな風にさり気なく授業を進めているのか。堂月さんは、教え上手だな)

「でも、この答えもとっても良いと思う。亜志貴さんは想像力豊かなんだね」

彼は、裏の無い笑みを私に向けてくれた。超能力なんか無くても、分かる。彼の笑みは、いつもそうだ。

そう思った瞬間に、私の心はある条件に確定された。同時に、佐和子の言葉が脳裏を過ぎった。

『あ、亜志貴・・・本当に知らないの?!』

『うん。それがどういう事なのかも、私にはいまいちよく分からない』

『んー・・・じゃあ、教えてあげる。そういう感情は、考えてできるものじゃないの。突然なるんだ、そういう気持ちに。その人が側にいるだけで、ドキドキする。それが、人を『好きになる』ってことなんだよ。』

人を『好きになる』・・・なんて、私の理解範囲を超えていた。

そんなこと、小説上の、話を盛り上げるためのものだと思っていた。でも、今のこの想いが、きっとそうなんだろう。

『女の子とは、そういうものです』

(理科の先生は、この事を言いたかったのだろうか・・・)

「どうしたの、顔が赤いよ?」

彼が私の額に手を伸ばしてきたので、私は思わず、「なっ何でもないです!」と言った。彼は少し驚いた顔をしたけれど、すぐに元に戻って、丸付けをし始めた。

上弦の月は、いつまでも彼を照らしている。

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