第十二話 推理
亜志貴さんの元気が無い。
年が明けてもうすでに三日経ったが、ほとんど口を利かなくなってしまった。
しばらく、家庭教師は休みだ。
「なあ穏風、今日見舞いに行こっか」
紳が、四日目になる朝、僕の部屋に来てそう言った。
「ん〜・・・良いのかなぁ、部屋に行っても」
僕が言うと、彼女はオッケーサインを出した。
「賢貴さんに、さっき偶然そこで会ったんだ。彼は、良いよって言ってた。ほら、行こう!」
僕は彼女に腕を引っ張られた。
何だか僕が行ってはいけない気がしたが、様子も見たかったので、行くことにした。
「亜志貴、紳だぞ。入っても良いか?」
紳がドアの向こうに呼びかけると、どうぞと、少し掠れた声がした。
亜志貴さんは、机に向かっていた。勉強をしているようだ。
紳がもう一度声をかけた。彼女がゆっくり振り返った。
その時、僕と彼女の目が合った。彼女の表情が凍りついた。
亜志貴さんの、あの硝子細工のような藍色の目が曇っているように見えた。
「亜志貴、穏風と一緒に来たぞ。穏風、おまえのことすごく心配してたぞ」
彼女が僕を見た。彼女が、こちらに体を向けた。
「ご心配をおかけして、すいません」
僕は、彼女の冷たい声にぞくっとした。
(どうしたんだろう。僕が、何か・・・)
彼女があまりにも疲れているようなので、紳を残して、僕は速やかに部屋を立ち去った。
と、廊下で加東さん・・・由乃と出会った。通り過ぎようとした僕を、彼は呼び止めた。
「おい、穏風。亜志貴と何かあったのか?」
それが分からないから困っているのだ。
「とりあえず、俺の部屋に来い」
彼は小声でそう言ってから、僕を従えて歩いた。その時の彼の真剣な顔は、あの時、僕に頭を下げた賢貴さんに似ていた。家族を想う、温かいけれど、どこかそわそわしたような感じ。
彼の部屋は、とてもきれいに片づけられていた。僕は、椅子を勧められた。
「正月の時から、亜志貴の様子がおかしい。穏風、おまえと紳と亜志貴、たしか途中で宴会を抜けたよな。あの時、何があったんだ」
由乃は、責める風でもなく、穏やかにそう言った。しかし、表情は堅かった。
「俺達、リビングで遊んでたんだ。それで、紳が喉が渇いたって言ったら、亜志貴さんが飲み物を取ってくるって言ってくれたんだ。そこまでは、特に変わった様子は無かったんだけど・・・」
僕は注意深く、見逃すところが無い様に記憶を辿った。
「それで、戻ってきた時、気分が悪いから部屋に戻るって言ってリビングを出ていった」
彼はしばらく僕の話を頭の中で整理し、分析していたようだが、不意に意外な質問をした。
「なあ、穏風と紳、待ってる間どんな会話してた?」
彼はもしかしたら・・・と呟いた。僕は、紳との会話を思い出そうとした。
『なあ穏風、好きな人いるか?』
トランプをきりながら、紳が言った。僕はぎょっとしたが、とりあえず『まあね』と言った。紳になら、ここまでくらい教えても大丈夫だろう。
しかし、『それ、亜志貴か?』といきなり核心を突かれ、僕は『あ・・・』と言ってしまった。その僕の微妙な表情の変化を、紳は見逃さなかった。
『おぉっ、ビンゴ!そうなんだな?!そうだと思ったんだよ。穏風、亜志貴が好きなんだな?』
紳が、まるで欲しかった物を買い与えてもらった子供のように目を輝かせ、幸せそうにニコニコと笑った。僕は自分を呪った。
『なあ穏風、正直に言った方が良いぞ。ほらほら』
紳に迫られ、僕はもう白状するしかないと思った。いくら昔からお互いの秘密を打ち明けあってきたと言っても、この時だけは、勇気が要った。
『分かった。好きだよ。大好きだよ』
「それだ!!」
突然由乃が大声を出したので、僕は思わず「わっ!」と声を上げてしまった。
「亜志貴は、きっとその会話の後半部分だけを、部屋の外で立ち聞きしてしまったんだ。それで、勘違いしたんだ。総合的に考えて、問題点はそこしかない。」
僕は、彼の探偵の様な発言の意味が分からなかった。
(勘違いって、亜志貴さんは・・・)
「でも、僕と紳は兄妹だよ?」
「紳は自己紹介の時そういう風に言わなかったし、下の名前しか言わなかった。俺、食堂の外で聞いてたんだ」
僕はその時のことを思い出してみた。
『こんばんは。今日から居候することになりました、紳です。よろしくお願いします』
「あ、ほんとだ・・・」
「それに、失礼なことを言うが、穏風と紳はあまり顔が似ていない」
僕はナルホド!と、一時納得したが・・・。
「え、じゃあそれで亜志貴さんは・・・?」
由乃は頷いた。
彼の推理は、彼が僕の妹の名前を呼び捨てにしていることにも気がつかないくらい僕に衝撃を与えた。




