番外編3 「初見殺し」
カイルはチャコを横抱きにしたまま、土煙の中を駆け抜け、馬車の前へ飛び出した。運が良いことに御者の姿はない。素早くナイフでハーネスを切って、馬を自由にする。
抱かれたままのチャコが叫んだ。
「カイルさん! みんなを置いて逃げるの!?」
カイルがチャコを馬に跨がらせた。チャコを見つめて、言い聞かせるように言った。
「勘違いするな。お前の安全が最優先なだけだ」
「そんな……! あたいだって冒険者だ!戦えるよ!」
「ウラーべは普通じゃない。危険だ」
チャコはウラーべの醜悪な笑みを思い出して鳥肌が立った。何故かわからないが、とにかく恐ろしかった。
「じゃあなおさら、レオンさんやセリナさんを残すなんて……」
カイルがチャコの頭を撫でる。
「心配ない、あの二人なら大丈夫だ。だからこそ二人が存分に戦えるようにするのが俺の役目なのさ」
カイルはチャコの後ろに座ると、馬の腹を蹴った。二人を乗せた馬はキレウスの街へと一目散に走り出した。
「街へ戻るぞ。取りあえず冒険者ギルドへ行く」
カイルは頭を巡らせた。ウラーベと敵対した以上、その力がどれほどなのかきちんと把握しなくてはならない。街の衛兵を連れていたのは、多分買収していたということだろう。だとしたら他にどれくらいウラーベの手の者がいるのかわからない。衛兵たちは信用できない。
その点、冒険者ギルドは横のつながりが強く、人の出入りが激しいので、よほどの権力者だとしても簡単に買収できない。逃げ込むならそこだろう。
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セリナは魔法で巻き起こした土煙を避け、飛翔魔法で上へと飛んだ。
すぐ下の煙の中からレオンとウラーベの戦う音が聞こえる。
隊商の方へ目を向けると、突然の爆発と閃光で混乱しているようだった。行動を起こすには今がチャンスだ。
セリナはさらに高く舞い上がると、上空から捕まった隊商の人たちを捜した。
それはすぐに見つかった。
街道から少し外れた山道に不審な馬車が止められていた。人身売買用の護送馬車だ。
その前に立派な身なりの人間が集められていた。荷馬車に乗っていた商人たちだろう。合わせて六人。小さな子供の姿も見える。
見張りは三人。爆発に気を取られていて上空のセリナには気付いていない。
セリナは素早く真上まで移動すると呪文を唱えた。
「眠りの薄靄」
護送馬車を中心に、薄紫色をした、いかにも怪しい靄が爆発的に広がった。周囲が紫に染まっていく。
あっという間に捕まった人たちと見張りの山賊が眠りに落ちていった。
靄は消えることなくその場を覆っている。
怪しい靄が立ち込めているため、しばらくは誰もこの場に近づくことはないはず。人質を取られる心配はないだろう。
セリナはゆっくりと下へ降りた。靄の届いていない地面に着地する。
「後はもう敵だけのはずよね……。面倒だからまとめて吹っ飛ばそうかしら……」
物騒な事を呟きつつ、山賊達がいる方へと歩き出した。
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勇者レオンの強烈な一撃がウラーベに振り下ろされる。レオンは世界最強とも言われる剣聖の下で修行している。その剣技は神速かつ正確無比で、並の実力者では防げるものではない。
しかしそれをウラーベは苦もなく素手で弾いていた。
その動きは技術も何もあったものではなかった。ただ速くて強い、驚異的な身体能力任せだった。
「ぶひゃひゃひゃ! 勇者と言っても大したことなのぉ! 儂にそんな攻撃は効かんぞ~!」
ウラーベは下品な笑い声をあげながらレオンの攻撃を軽くいなし、殴ってくる。
「おりゃぁ! これでも喰らえぃ!」
見え見えのテレフォンパンチ。だが、トップスピードが尋常じゃなく速い。
レオンはギリギリで躱すが、風圧で体が持っていかれそうになる。パワーも桁違いだ。
(コイツの力は全く普通じゃない。動きは完全にド素人なのに身体能力が高すぎる。魔法か何かのバフっぽいが、それにしても強すぎだ)
レオンに多少の焦りが見えた。現状では勝ち目が薄い。
(なんとか時間を稼いで、打開策を見つけないとマズいな……!)
レオンがウラーベを睨みつけるが、ウラーベは全然余裕の表情だ。
「どうした~? 逃げ回るしかできんのか~?」
(こいつマジでムカつく!)
キレそうになるのをなんとか耐えるレオンであった。
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セリナは木陰から荷馬車の方の様子をうかがっていた。
セリナが最初に放った爆裂魔法の音と煙のせいで、現場はまだ混乱していた。
一部の馬が興奮して暴れている。山賊側と衛兵側で連携も取れていないようだ。
衛兵は五人くらい、山賊は二十人くらいはいるようだった。セリナの想定より人数が多い。
隊商の積み荷は、すでに一部が街から来た方の馬車に載せ替えられていた。
(積荷を壊すのは隊商に申し訳ないし、大きな呪文でまとめて吹き飛ばすのは無しかなぁ……。眠らせるには範囲が広すぎるし、仕方ないなぁ……)
セリナが詠唱を始めた。
周囲の空気がピリピリと振動する。杖で地面を叩くとセリナの足元を中心に魔法陣が展開した。
「重力結界」
結界内の重力を数倍に跳ね上げる呪文。効果範囲が狭く、コントロールが難しい上に魔力消費も多い。とある理由で使い手が少ない呪文だが、セリナ程の実力者が使えば話は別だ。
魔法陣が消え、セリナの周囲を見えない結界が包み込む。セリナは意を決すると、木陰から出て堂々と襲撃者たちの方へ歩いて行った。
セリナにいち早く気付いた衛兵が槍を構える。
「魔法使いだと!? さっきの爆発は貴様の仕業か!」
声を上げてセリナを威嚇する。近くにいた衛兵と山賊がセリナに気付いて取り囲んだ。
「魔法使いが前衛も無しにいい度胸だな」
最初にセリナに気付いた衛兵が近づこうとする。
——だが、一歩踏み出した所で身動きがとれなくなった。槍を取り落とし、膝をついた。
指一本まともに動かせない。呼吸もままならず声を上げることも出来ない。
重力結界の効果だった。
セリナは動けない衛兵に近づくとポンと肩を叩く。
「麻痺」
セリナの呪文で衛兵は失神した。バタリと無様に倒れる。
「貴様、何をした!?」
慌ててさらに二人の衛兵が詰め寄ったが、同じように動けなくなる。セリナの麻痺呪文でバタバタと地面に倒れ伏した。
その異様な光景に襲撃者たちは息を飲んだ。遠巻きにしたまま誰も動かない。
すると山賊の一人がセリナの後ろ側に回り込み飛びかかった。「死ねやぁ!」
しかし叫び声も虚しくセリナに届く前に地に落ちる。「げへぇ!」変な声を上げカエルのように這いつくばる山賊にセリナはゆっくりと近づくと、薄く笑って言った。
「麻痺」
その時、鋭く風切り音が響いた。一本の矢がセリナへ放たれる。それはまっすぐセリナの方へ飛ぶが——途中で急激に落下して地面に突き刺さる。
さらに数本の矢と投げナイフも飛んできたが、全てセリナに届かずに地に落ちた。
この結界の前では飛び道具も重力に逆らえず地に落ちる。
恐怖に駆られた山賊たちが一斉に飛びかかる。
しかし誰もセリナには届かない。次々と地面に叩きつけられていく。
「駄目だ!」「やばい!」「逃げろっ!」
慌てて山賊たちが周囲に散ろうとする。
しかし、セリナに逃がす気はない。
「魔弾」
セリナが杖を掲げ短く呪文を唱える。敵を自動追尾する魔力の弾丸が十数発出現した。それぞれが別の山賊を追って飛翔する。
まともに食らった山賊の一人がもんどり打って倒れた。
重力結界中はいくらセリナでも強力な術は使えない。とは言え、時短詠唱で唱えた魔弾でも気絶させるぐらいはできるのだ。
逃げ惑う山賊たちが、魔弾の追尾から逃れられず次々に倒れる。
一通り敵をなぎ倒し、ふぅと大きく息をつくセリナ。
「炎槍!」
突然セリナの背後から呪文が放たれた。唱えたのは隠れていた衛兵だった。衛兵たちは揃いの鎧を着ていたためわかり辛かったが、一人は魔法使いだったようだ。
ズドォォン!
セリナが爆炎に包まれる。
「やったぞ!」
思わずガッツポーズを取る衛兵。
——しかし。
爆炎が晴れると、そこには無傷のセリナが立っていた。足元の地面が焦げてブスブスと煙があがっている。
「ごめんね。私の結界の中では魔法も重力に従って落ちちゃうのよ」
「そんな馬鹿な……」
呆然とする衛兵にセリナが近づくと、その衛兵も重力に捕われ崩折れた。「ぐっ……!」
「……麻痺」
セリナは周囲を見渡した。もう動ける者はいないようだ。
セリナがへなへなとその場に座り込む。
「マジで怖かった……。死ぬかと思ったわ……」
実際あと少しだけ狙いが上へ逸れていたらただでは済まなかった。
重力結界があまり使われない最大の理由。
それは明確な弱点があるから。
飛び道具が落ちるなら、その分だけ上を狙えばいい。実に簡単な攻略方法だ。特に高速で飛んでくる魔法などは少し上を狙うだけで命中できてしまう。
重力結界は一見強力な魔法だが、ネタがバレたら一切通用しない諸刃の剣。
『初見殺し』と言われる所以だ。
「魔法使いが見当たらなかったから『初見殺し』で行けると思ったのだけど、油断は禁物だわね……。それはそうと、レオンの方は大丈夫かしら?」
セリナさん大活躍中。本編で全然見せ場が作れていないので、戦闘シーンがやりたかったんだよね。




