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幾千回の転生後  作者: しろいあお
第一章
1/12

1.(Please) Forgive

(────クソ)


 吐き気がする。不快感もある。

 胸の奥から深い後悔が溢れ出てくる。

 

 そうさせるような、過去を、夢を、青年は見ていた。


 昨日も一昨日もその前の日までも。ずっと同じ悪夢を見続けていた。おそらくこれから先もだろう。

 記憶にも似た夢が終わり、覚醒に伴う喪失感を抱きながら、彼は口を開けた。


「……くそったれ」


 次に思う。


(──いつかは幸せな夢、みたいもんだな)

 

 

 早朝、二週間ほど前から世話になっている宿屋の二階で、目覚めた。

 

 お世辞にも良いとは言えない寝心地のベッドから、眠い上半身を無理やり起こす。

 起こした後に深い溜息。爽やかな朝とはまるで正反対のそれは、僅かに差す日に吸い込まれ霧散した。

 

 最悪な目覚めの状態で、軽い癖毛の黒髪をかきあげる。端正な顔だ。

 しかし、その眼その表情は、すべてに絶望した暗がりのように窺える。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 青年の名はレムール・インバース。寡男。

 

 二十歳で幼馴染と結婚し、二十一歳で死別。諦めきれず、妻と再会する為に異世界を渡り歩いてきた。

 当然、旅をするためには様々な能力が必要であるが、幸いにも彼は破格の力を持っていた。

 【時間】と【空間】に干渉する『時空操作』だ。

 

 圧倒的ともいえる能力のおかげで『無事に旅を送る』という点で問題はなかった。

 問題がないとはいえ、依然その旅は彼の目的にとって苦行でしかなく、希望なんてものは欠片すら拾えていなかった。

 

 文字通り身と心を粉にして、様々な世界、多くの国を探索するも手掛かり一つ見つけられていない。

 その手は空を掠めるばかりで、何も掴めない。

 彼はただひたすらに、泥濘の中、あがき続けているだけだった。

 

 僅かな光さえ届かない暗闇を、たった一人で歩いて来たせいで彼の感情は摩耗しており、自身に起こる大抵の事は、

 

 『どうでもいい』

 

 で済ませる様になってしまった。

 


 ──彼の本地は、とても綺麗なモノだというのに。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



(…………今日も生きよう)


 そう自分に言い聞かせ、叩けば埃が出るカーテンを開けて朝日を浴びた。

 目を細めることで、明順応から来る眩しさを避けながら考える。

 

(今日は暑くなりそうだ)

 

 爽やかな朝日を受けてさえ、気だるさの残る体に嫌気がさし、寝床の横で足首を上下に動かす。

 そのまま、頬に軽く喝を入れると思いのほか軽快な音が響いた。

 

 目に僅かな輝きと、全身に血が回るのを感じたレムールは、さらに鼓舞しようと足を踏み鳴らし、立つ。

 

 ……鳴らした音が少し大きかったらしい。

 すぐに、床から返事の振動。真下はちょうど宿屋の受付に当たる。


「おはようございます! 今日もお元気ですね!」


 中年男性特有、のったりとした低音が階下から届いた。普段より声量数割増し、語気強めで。

 

 それを受けたレムールは

 

(……申し訳ない)

 

 と思いつつ、特別急ぐでも、慌てるでもなくいつも通りに動いた。

 髪を整え、灰色を基調にした軽装を身にまとい、野趣に富んだ大ぶりな杖を左腰に携帯する。

 それらを隠すようにして外套を纏い、手荷物の確認をした。


(路銀はよし、飲み水もよし、予備の薬も……あるな。あとは……)

 

 おおよその準備が整った後、レムールが最終的な整容のために用いたのは、この世界の幼子でも使える生活魔法。

  

 人差し指を立てると、白藍の魔力が指を覆う。膜となった魔力は徐々に指先に集まり、球状で空へと展開された。

 その過程で魔力は水へと変化を果たし、水は楕円になり鏡の機能を得る。


 便利極まる魔法で作られた水鏡を正面に捉え、彼はおもむろに右手を挙げた。重力に打ち勝った腕の先に手指はなく、あるのは空間に浮かぶ波紋。

 何かを探るような動きを見せた数秒後、虚空の一点に透明な波を広げ、水の中から大切なものを掬う様に手指はその姿を現した。形見と共に。

 

 その形見は眼に装着することで効果を表す。有体に言えば、黒目のカラーコンタクトレンズだった。

 それをゆっくりと、慣れた手つきで左目に付けた。

 

 ────歯車のような黒い瞳。

 

 他者とは、常人とは大きく違うその眼に対し、レムールは激しい嫌悪感と劣等感を持っていた。

 そしてそれは悪意のある者にとって格好の目印だった。


 暴言、暴力、蹂躙、差別。


 歯車の眼によって害意を受け、辛い記憶となった過去が、矢継ぎ早に回想される。

 殴られながら、蔑まれながら、疎まれながら、排除されながら、それでも生きてきた記憶。

 

(嫌なこと、思い出しちゃったな)


 鏡で自分と視線を合わせた後、

 自嘲気味に目を伏せ──

 

『あナたノその目、ワたし、好キでスよ』


 不意に何故か、いつか聞いた言葉を聴いた。


『リゆう? ありマせンよ。だッて……』

 

 指で自身の眼瞼をなぞりながら、懐かしく、雫の様に流麗なはずだった声を、ゆっくり咀嚼する。

 だが、


(…………思い出せない。あんなに眩しかったはずの笑顔が、声が。匂いさえも)


 想起できないのも無理はない。如何に彼の愛が深くとも、数千年も経てば色褪せてしまうのは当然だった。

 いや、靄がかかっていながら、これだけ覚えている事こそ、彼の愛のなせる業と言えるだろう。


 しかし、鮮明とは言えないのも事実。良し悪しの過去回想を行い、気分は差し引いても結局はマイナス。

 寝起きから立て続けに気を滅入らせながらも、装いを完璧に仕上げたレムールは、木板を鳴らしながら部屋を出た。


 そして深呼吸。

 溜息ではなく、今日を大切に生きるための決意。

 

 一歩、二歩と確かに地に足をつけ、使い古されていながらも清潔感を感じさせる廊下を渡る。

 階段までに部屋はいくつかあるが客は自分と、入れ違いで部屋に入った二人だけだった。

 

「こんなに人少なくて大丈夫なんだろうか」


 門外漢ながらも、しかし本心からの心配をしながら階段を下った。

 

 手狭だからだろう。階下に足をつけると同時に、漂ってくるのは香辛料の香り。重厚な肉の焼ける匂いと合わさり空腹を刺激する。

 その香気に誘われるまま、木造の壁や机を横目に歩みを進める。窓明かりにより照らされて、光散乱する僅かな埃も哀愁を感じさせた。

 

 そんなどこにでもある当たり前の光景の中、レムールは部屋の中央に構えられたカウンターへと歩みを進める。

 

「おはようございます、ハダルさん。

 今日もいい天気ですね」


 数日ぶりの受付を済ませた満足気なコールマン髭の温顔に対して、寝起きとは打って変わった表情とトーンで軽快に挨拶を行う。

 好青年特有の笑顔付き。

 

 それもそのはず、感情鈍麻でありながら、あまり交流を必要としない彼でもペルソナの重要性と必要性は長旅により学んでいた。

 その為、努めて「良い人」であろうとし、結果的に図らずも他人と壁を作ってしまう様になった。

 大抵の人はその薄く透明な壁には気づかないのだが。


 軽快な挨拶を受けた小太りのハダルは、先ほどの皮肉は嘘だと言わんばかりに物腰柔らかく話しかける。


「改めまして、おはようございます、レムールさん。

 今日も王子御一行と依頼を受けられるのですか?」


「えぇ、その予定です」


「では、今日もお疲れになるようですね」

 

 ハダルは(ご愁傷さまです)といった表情を残し、受付カウンターから奥のキッチンへ向かった。

 先ほどの芳しい香りを色濃くさせ、肉の焼ける音を奏でながら声を張り、続ける。


「王子はともかく!

 供回りのお世話がなかなか大変でしょう?」


 無論、他国の王子とはいえ、この発言は極刑も有りうるほど無礼極まりないが、それを咎めるレムールではなかった。


「ははは。それ、かなりの不敬ですよ」


「違いないですな。はっはっはっ。」


 それからも他愛ない言葉を交わし続け、待ち疲れないうちにハダルは朝食を持って戻って来た。

 こんがりと焼かれた肉塊をパンと野菜で挟んだだけのもの。


 しかし、レムールにとってはこれこそがこの宿に長く滞在する理由だった。

 

「うわぁ……今日も美味しそうですね。

 これがあるから、一日頑張れるんですよ」

 

 それを丁寧に手渡されたレムールは微笑みを浮かべて、優しく鞄にしまう。

 丹精込めて作った料理を大切にされ、ハダルも同様に笑顔を見せた。

 そして思い出したように話しかける。


「王子巡歴、でしたっけ? この大陸を一周するっていう……

 西の国は想像もつかない事をなさるのですなぁ」


 髭をさすりながらぼんやりと呟くハダルに対し、レムールは真面目に応えた。


「王子、ですから。次期国王になるっていうんです。

 成長するには旅が必要ってことでしょう。

 もっとも、ノルマもありますが」


「なるほどなぁ。

 じゃあレムールさんはその介添えに抜擢されたわけだ」


 うんうん、と。一人納得した様子で、カウンター下から帳簿を引っ張り、仕事を再開するハダル。

 それを見て、懐から取り出した宿代を優しく邪魔にならない場所へ置く。


「そんな大層なモノじゃありませんよ。

 ただ縁があったってだけです」


 と、不意に。

 ふくよかな顔が、帳簿をつける手を止め真っすぐにレムールを見据えた。


「……それでも、その役目を全うしている貴方は立派でいらっしゃいますよ」


「はは。だといいんですけどね」


 見透かされたような、励まされたような。

 理由もわからず、ばつが悪そうに冗談めかしてレムールは応答した。


 これ以上話し続けるのは望むところではない。

 時間を理由にレムールは出勤することを伝えた。


 ハダルもそれを察したのか、快く見送りをする。

 

「では、お気をつけて。いってらっしゃいませ」


「ありがとうございます。いってきます」


 再び笑顔を貼り付け軽く手を挙げ、踵を返す。

 ドアの鈴をならし外に出るレムールの耳に、低音の怒鳴り声は聞こえなかった。

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