またあなたと食べたい、学食で
その場には俺と小早川さんが残された。
え……なぜ急にいなくなった? 俺、高峰がいないと心細いし何の会話をしたら良いのかわからない。ここから逃げたいんだけど? 心臓がドクンとやけにうるさい気がする。
高峰がいなくなった今、斜め向かいの席に小早川さんが座り黙々と食事をしている。俺と目を合わせず、口も聞かず。
気まずい……気まず過ぎる。
いや、でもやっぱりこれからは就活で面接という地獄みたいな時間が待っている。知らないおっさん達に詰められる。ここで怯んでいたら何にもならない。相手は小早川さんだ。知らないおっさんじゃない。何とか声を。声を発するんだ俺!
「高峰……行っちゃったね。何か課題あったんだ?」
「…………」
小早川さんは顔をあげて、ぽかんとした表情で俺を見ている。
「あ、でも小早川さんと高峰は学部違うから知らないよなぁ」
ものすごい余計なことを言っている気がする。
「…………」
小早川さんは静かに箸を置き、そして少し俯き加減になった。まつ毛が伏目がちで儚く今にも消え入りそうだった。綺麗だなと思った時、彼女の瞳からつつと涙が流れた。
「……え」
「すみません、ごめんなさい」
小早川さんは顔を両手で覆った。
え、泣いてるのこれは? なんで? 俺が何かしたの?
急に泣きだした小早川さんに困惑すると同時に周りからどう見られているのかすごい気になった。たぶん、俺が泣かせたみたいに見えているよな。悪いのは俺なのか?
とりあえず周りを見渡すが特段こちらを見ている人もいなかった。気付かれてもいないらしい。こんだけ人がいたらいちいち周りなんて構っちゃいないよな。
視線を小早川さんに戻すと、眼鏡をとりハンカチで目尻の辺りを拭っていた。
こういう時は俺のハンカチを渡した方が良いんだろうか。ズボンのポッケをまさぐるとレシートの紙の感触と共にくっしゃくしゃになっている布があった。これはハンカチだよな? さすがにこれを渡すわけにはいかないよな……。
ただただ目の前の小早川さんが落ち着いて何か言葉を発してくれるのを待った。こういう時はどうするのが正解なんだろう。俺は泣いている女子に声を掛けることもできないのな。
自分の目の前にあるハンバーグはとてもじゃないが食べられる気がしない。
「何か……すみません。先輩」
小早川さんは赤縁眼鏡を掛け直した。
目の周りが赤くなっているとかそういうこともなく、表情は落ち着いているように見える。
「……ここ最近、自分がおかしくて」
「そうなんだ……」
「自分でも自分の事がよくわからなくて」
だから俺に冷たくなってたってことか? よくわからん。
小早川さんはティッシュを取り出し鼻をかんだ。けっこう大きめの音が鳴った。
「その……先輩にも失礼な事をしてたなって」
「そ、そうかな? 俺は別に何にも気にしてないよ」
とっさにそう答えた。
本当は苦しかったし何で怒らせたのかとか、何でお揃いのキーホルダーをもつけなくなったのか……とか、もしかして嫌われたんじゃないかとかネガティブな事がぐるぐると頭の中を渦巻いていた。苦しかった。
「私……変なんです」
「うん……」
「今は何をしてるのかな……とか考えたり、他の人と話していると不安になるし。まして自分の姉に嫉妬なんてして」
「うん……」
「お揃いのキーホルダーを買ってすごく嬉しかったのに」
「……うん?」
「私、今井先輩の前だと何か変で。思ってもないことを言ったり、どうかしちゃったみたいで」
「そうなんだ……」
お姉さんに嫉妬? あぁ、年末に大学でちょっと会った時か。実の姉妹でも嫉妬とかあるんだなぁ、確かにすっげぇ美人だったしそういう気持ちにもなるかもな。仲良さそうに見えたけどな。
「まだわかりませんか?」
「え?」
そんな風に言われてもわからない。お姉さんとケンカでもしたのか?
小早川さんは俺を真っ直ぐに見据えている。心なし顔が赤い気がする。確かに人に悩みを伝えるっていうのは勇気がいるもんな。顔に熱もこもるだろう。
俺は大丈夫。女の子の話はちゃんと聞く男だ。結論の無い内容でもちゃんと最後まで話をさえぎらずに聞けって杉本に言われた事があるしな。
「一緒に東京タワーに行った時も嬉しかったです」
「東京タワー。あぁ景色が見れなかった時の」
「はい。景色は見れなくて残念だったんですけど一緒に行けて良かったです」
「高い料金だったのに残念だったよなぁ」
「……でも、その方が印象に残るって言ってくれて。私、あの時の言葉を時々思い出すんです」
「何て言ったかな……あぁ……」
東京タワー見た後に増上寺でも見ないかって誘って断られたんだった。あれはきつかった。誘いを断られるってマジで精神的にくる。
その時、小早川さんは小さく笑った。
「もう、良いです」
「え?」
「伝えようかなって思ったんですけど、先輩が面白いのでしばらくこのままにする事にしました」
「え? う、うん」
言ってることがよくわからないが、小早川さんはにこにこと笑っている。とりあえず俺が怒らせたとかそういうのでは無さそうなのか? 良かったぁ……けど、何だこの消化不良な感じは。とりあえず機嫌は直ったのか? 直ったな? もう怒っているとか、そんな感情は彼女からは感じられない。にこにこと俺の事を見つめている。そんなに見つめられると照れるな……。思わず俺は下を向いて小早川さんから視線を逸らした。何だろうこの感じは。
俺の方が年上なのにからかわれている、そんな感じがする。けどくすぐったい気もするしそれが心地よい気もしてきた。
「今度、キーホルダーつけて来ますね。先輩は……」
「俺? つけてるよ。買ったし。ほら」
横の椅子に置いていたカバンを持ち上げて、横についているペンギンのキーホルダーを見せた。
「良かったあ」
小早川さんは安心したようで胸を撫で下ろしている。良かったって何だ? これからはお揃いでつけるってこと? それって……。
「あ、先輩。ハンバーグ冷めちゃってますよ。私、待ってますから早く食べて下さい」
「あ、うん」
促されてハンバーグに箸をつけて口に運ぶ。小早川さんに見られながら食べるのは少し気が引けるが、この時口に入れた瞬間に広がった照り焼きソースの味はこってりと甘かった。醤油の塩気とマッチしており、はっきりとこくと甘さと出汁の味も感じられた。普段の食事はこんなにも複雑な味がしているのか。なぜだろうとても美味しい。
学食の食事がこんなに美味しいと感じることが不思議だった。
【本校 てりやきハンバーグ定食】
名称、5
値段、5
味、5
見た目、5
ボリューム、5
大輔的所感▶︎好きな人と一緒に食べる食事は何でも美味しい。




