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会員制真夜中の秘密クラブ  作者: 織風 羊
17/21

17 春

よろしくお願いしまさす。



 詩人は、暖炉を囲んでいる席の一つに座り、語り出した。


 既に、暖炉には暑い布が被されていて、その上には大きなオイルランタンが置かれており、煌々とした炎で部屋を照らしていた。


 私は彼の隣の席に座り、詩人の声に耳を傾けた。


「私は、幼い頃に自閉症と言われ、育てられてきました。その生活環境が、私を育ててくれたという様なものであれば、ということですが。皆様は自閉症とはどういうものなのかご存知でしょうか? 自閉症の者からすれば、外の世界は余りにも危険過ぎて、壁を作って閉ざさなければ自分が壊されてしまう、そんな錯覚? いいえ、事実なのです。簡単に言えば、それが自閉症です。そんな訳で、心はいつも壁の内側にあり、内側にある心の世界が真実となっていきます。つまり、心の外側にある世界が嘘の世界になっている、ということですね。そうなってくると心の中の世界に友人ができていきます。私の場合は小さな男の子でした。ただ、輪郭ははっきりしているのですが、顔が鮮明ではありませんでした。でも私は、その友人を愛し、彼も私を愛してくれていました。彼は私のたった一人の親友でしたし、相談相手でもありました。ある日、私は、君の顔がはっきりしないんだ、という様なことを伝えると、彼は、うん、とうなづき、姿を変えました。だんだん白と茶色の毛が生えてきて、最後には耳がとんがり、兎になりました。嘘だと思いますか? そう、これは心の中の世界です。さて、私は、その姿に変わった彼を見て驚き、その後でお互いに大笑いをしたものです。それでも彼は、今まで通りお喋りしてくれましたし、何度も相談に乗ってくれ、私を支えてくれていました。ある施設に入るまでは。その施設では、色々な不思議なことがありました。ここで、それをお伝えしようとは思っておりません。少し血生臭いお話もありますので、自らを吟遊詩人と呼ぶ私にとっては、既に過ぎ去って無いものなのですから。無いものは無い、既に無いのだから悩む必要もない・・・。」


 ゴールデンキャデラックを包んだ皺だらけの彼の手が、少し震えているように思えた。


「ところで私は、この施設を卒業したわけではありません。脱走した、といえば皆様は信じてくれますでしょうか? 一人だけの兄弟、兄が、その脱走の手伝い、いいえ、私の知らない所で計画し、全て手引きしてくれたのです。兄は、自分が働いている工場に私を連れて行き、住み込みで働けるように手配までしてくれていました。私は、そこで言葉を使えるれる様になり、人とのコミニュケーションも自由にできる様になりました。それから、何十年も経ち、兄と二人きりで工場を立ち上げた工場長も亡くなり、兄はその跡を継ぎました。この頃には私も社会的手続も完了しており、社会人として暮らしておりました。兄と二人の共同作業は、貧しくとも楽しい思い出ばかりでした。兄だけは私を認めてくれていたのですから、信頼、この言葉は私の大切な言葉として今も心に広がっております。そんな生活の中で、兄は、お前さぁ、他に何かやってみたら? 好きなことをできる時間もできてきたしな、と言ってくれました。私に工場で働く以外には何もできることなどありません。それでも、もしかして? そう思うと言葉を伝えられなかった頃を思い出し、私は、詩を書いてみることにしました。この頃には既に心の中の友人も姿を消しており、相談相手は心の外の世界にいる兄だけが頼りでしたので、書いた詩を兄に見せてみることにしました。勿論、互いに笑い合うための手品の種あかしみたいな感覚でしたが、兄は真面目な顔になり、新聞社に投稿してくれました。そこからが、詩人としての私の生活の始まりです。今は、その兄も既に亡くなってしまっていて、工場も畳んで私は旅に出て詩を書き続けようと思い、ここにいます。そして今も、あの時のことを思い出すと、兄が、私が幼い頃から伝えてきてくれた言葉が浮かぶのです。兄の言葉、詩人になるまでは全く分からなかった言葉。俺は知っている、お前は世間が言う馬鹿じゃない、特異点にいるだけだ、と。実を言うと、詩人になった今でも特異点にいるのかどうかなど、本当のところ私の頭でははっきりしていません。でも、信じていてくれた人の言葉ほど支えになるものはありません。まぁ、そんな感じで、今夜は、ありがとうございました。いや、本当にありがとう」


 彼の手に、まだたっぷりと残っているゴールデンキャデラックの甘い香りが私の所まで届いてきた。

ありがとうございました。

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