敵、襲来
「では、またあとで参ります。お母様・・・無理しないで。」
「こんなのは無理ではありませんよ。自分がしたくてしているのですから。」
「・・・わかりました。」
美珠は微笑んで扉を閉めた。
両親が愛し合っている。
そう思うと正直うれしかった。
今まで嫌味を言い合う両親を見たくなくて、片親ずつにしか会いたくなかったがこれからは時間の許す限り傍にいたい。
美珠はこんなときでもうれしさと安堵から微笑んでいた。
けれど、美珠はすぐにはたっと足を止めた。
五感を研ぎ澄ませる。
廊下は何故か昼だというのに薄暗く、肌を這うようないやな空気。
美珠は何か嫌な気配を感じた。
(何か居る・・・。)
呼吸を整え、目をすばやく走らせる。けれどそれは目で見えるものではなかった。
(・・・殺気!)
美珠が振り返ると氷の刃が後ろから迫っていた。横に飛び間一髪それをよけると、その先にあるものを見た。
そこには女の姿があった。
女は美珠を見ると口の端を上へと持ち上げた。それは何とも言えない気持ちの悪い笑みだった。
「どうやって・・・ここに。」
この基地なら無事だと思っていた。騎士団長も騎士も、軍だっている。
けれどその考えが甘かった。魔女は一瞬消えると、美珠の正面に現れた。
「それ・・・。」
美珠は恐ろしさでひるみ、尻餅をついた。
「私に頂戴。」
言葉の意味が分からなかった。ただ恐怖だけが襲った。
桐は怯える美珠の右腕を掴む。掴まれた腕には爪が食い込んだ。
それでも美珠は強がった。
「いやよ。あなたには塵一つだってあげたくない!あなたに何かをあげる位なら死にます。」
「そう・・・、聞き分けの悪い子はお仕置きが必要ね。残念・・・逆らわなければいたい思いせずにすんだのに・・・。」
美珠の体は突然跳ねた。
体を一瞬流れた非常に熱く、痛い何か。
「やあああ!」
美珠の絶叫が廊下に響いた。
それは電撃だった。
美珠はその苦しみに耐えられず、床に倒れた。
桐は笑いながら、美珠の髪を掴んだ。
「まだ気を失わないなんて、なかなか、しぶといお姫様だねえ。気を失ってしまったほうが自分にとっても幸せなのにね。」
そう言うともう一度気持ち悪い笑みを浮かべ、電撃をかけた。
美珠は耐えられなくなり再び悲鳴をあげた。
「その美しい姿頂戴。」
その言葉が耳に入った途端、美珠は凍りついた。
そして桐は美珠の髪を掴んだまま前後に振った。
「返事なさい。」
「嫌!」
答えなど決まっていた。
「嫌!私は、私はやっと珠以と両思いになれたんだから!絶対嫌!」
「・・・。」
すると何か赤い光が美珠へと伸びてきた。
そしてその光に包み込まれた瞬間、深い悲しみが襲ってきた。
目にも見えない、ただ脳を刺激する悲しみという感覚。
愛する人を失う切なさと悲しさ、生き続ける苦しさ。
たった一人の孤独。
自分の力のなさに対する怒り。
それは今美珠が最も想像したくない悲劇。
「いや!いや!やめてええええええ!」
「おやめなさい!」
凛とした声が桐の耳に入った。
「離れなさい!その子に触れることは許しません。」
笑みをたたえた桐がゆっくり左を向く。
教皇が剣を持って立っていた。
「おや、教皇。お前は剣が使えたか?」
桐は問いかけながら氷の刃を向けた。
教皇はなんとかよけたものの、次に来た炎に取り巻かれた。
それでも教皇は最後のあがきとばかりに剣を桐に投げつけた。
桐はそれを簡単にはじくと、剣は派手な金属音を立て床を滑った。
「お前も昔はたいそう美しかったが、やはり、衰えをかんじるねえ。」
桐は母と娘を品定めしているようだった。
「やっぱり、娘だね。」
自分の中で決断を下した桐は先に教皇を始末しようと美珠への攻撃を止めた。
その一瞬だった桐の握る美珠の髪に何の抵抗もなくなった。
ふと視線を移した桐と美珠は目が合った。けれど桐の手に握られているのは無残に捨てられた長く美しい黒い髪。
自分の髪を切り捨てたのだ。
美珠は母が先ほど投げつけた剣を手を伸ばし握ると迷いなく長い黒い髪へと伸ばしたのだった。
しかし美珠にはもうその体力しか残っていなかった。
剣を持ち上げようとした手は力無く震えていた。
「馬鹿め。」
桐は笑い、火に包まれ苦しむ教皇へとゆっくり歩いて行く。
そして教皇の前に立ち、胸を貫こうと氷の剣を用意したその時だった。
炎の魔法が桐に襲いかかる。
桐が一瞬ひるみ一歩下がると何かが桐と教皇の間に立った。
「聖斗。」
母の呟く声が美珠の耳に聞こえた。
「私はあなたの盾になると申しましたよ。」
聖斗は桐に剣を向ける。美珠も誰かに抱き起こされた。
「珠以・・・。」
「大丈夫ですか?お怪我は?」
「大丈夫よ。」
そう呟くのが美珠の精一杯だった。魔央は教皇の周りの炎を消火し、桐の周りには聖斗と暗守、光東が囲んだ。
「フッ、いくらお前達が攻撃しようと私には傷一つつけられぬよ。」
桐の高笑いが廊下に響いたが、すぐに悲鳴をあげた。
それは暗守の持っている水晶の剣を見たあとだった。
「どこでそれを!。」
「これが何かやはり分かっているのか?」
桐を囲んでいた三人は桐に攻撃を仕掛けた。
すぐに桐は男三人は相手に出来ぬと踏んだのか逃げようと何か唱え始めた。暗守はその隙を逃さなかった。
「ぎゃああ!」
桐の絶叫が聞こえた。腕が床に落ち、それは砂となって消えた。
「おのれ、覚えておけ。」
そう言うと桐は消えた。
美珠はそこまでしか覚えていなかった。美珠は珠以の腕の中で安心し気を失った。