チューベローズ
食べ終わったぼくらは片付け始め、一通り整理できたところでログハウス内に戻った。
そのログハウスに戻る少し前、ぼくは石田の背中を擦っていた。
雨宮さんの言葉に心打たれた石田がようやくかぼちゃを食べた後だ。石田の潤んだ瞳も乾かぬうちに雨宮さんは次のかぼちゃを皿に置いた。当然石田は動揺していたけれど、雨宮さんの前では食べるしか道はなかったようだった。でもそれが悪意を持っていないことは石田をはじめ、ぼくも茉依もよく理解していた。それに雨宮さんもよく考えている。よく見ればかぼちゃだけでなく肉も数枚いっしょに置かれていた。勢いに任せて肉とかぼちゃを同時に口に入れて飲み込んだまではよかった。けれど簡単に克服できるものでもないようで、結局石田は少し具合を悪くした。「よく頑張った」と心の中で励ましつつ、落ち着くまで何度も擦り続けた。
石田と雨宮さんのやり取りは本当に親子のようで、見ているぼくからしたら微笑ましい瞬間だった。当事者じゃないからこんなふうに思えるけれど、石田の気持ちを察するとそれなりに辛いものがある。
……苦手なものを食べ続けるのはやっぱり厳しいよなぁ。
慰めてやろう――そう思ったけれど、雨宮さんに「また甘やかしてる」と注意されそうだったので口にしないことにした。やっぱり帰りにジュースだけでも買ってやろう。
リビングで一息ついていると古時計が9時を知らせるメロディーを奏ではじめた。
「それにしても時間経つのって早いよな」
「そうだねー。とくに楽しい時間ってぱぁーって通り過ぎちゃうよね!」
「そうっスね……。俺は楽しいと苦しいの狭間に取り残されてる感じっスけど……」
「もーだらしないわね。好き嫌いなんて気の持ちようなのよ」
「いやぁーさすがに辛いっスよねぇ……ゆーさん?」
石田は明らかに助けを求める目をしている。タイミングが悪すぎる……。ここで石田を庇うとぼくまで被害が及びそうだ。そっと突き放そう。
「いや、雨宮さんのいう通りだと思うぞ。気持ちの問題だって」
「ゆーさんいま完全に雨宮さんに合わせてるっスね」
余計なことは言わなくていいんだよっ! キッ、と石田を威圧するように鋭く睨みつけてやった。
「ねぇねぇ梓ちゃん! いっしょにお風呂はいろーよぉー」
「えぇいいわよ。いきましょっか」
「わーい! あっ、ゆーちゃんたちはそこから動いちゃだめだよ! 少しでもだめだからね! 覗こうとか考えたら怒るんだからね!」
そもそも覗こうなんて思ってないから……。あとそこからって言われたらトイレとか行こうにも行けないし……。それに覗こうものなら雨宮さんに殺されるかもしれないって。
「…………。なにかしら、須永君から失礼なことを言われているような気がするわ」
「えっ、何も言ってないよ雨宮さん! ゆっくり入ってきてね!」
「気のせいかしら? まぁいいわ、茉依ちゃんいきましょ」
「おふろおふろ~」
茉依の頭の上に音符マークが踊っているのが目に見える。茉依はここに来てからずっと楽しそうだ。紙ヒコーキを控えた状態でこんなに楽しげな笑顔の茉依は久しぶりのような気がする。茉依の生活に紙ヒコーキは欠かせないものだから少し不安だったけれど、さすがに心配し過ぎだったみたいだ。今更だけど雨宮さんもいるのだから安心して遠くで見守っていよう。楽しそうな茉依を見れるだけでぼくは幸せなんだから。
2人がお風呂場の方へ姿を消して数分が経過した。なぜかぼくと石田の間には沈黙と静寂が漂っていた。
「ねーゆーさん?」
「ん、どうした」
「俺思うんスけどね、ここで動かないのって負けた気分しないっスか?」
「まったくしないな。なんだ負けた気分って。ちなみに覗こうとか考えてるんじゃないだろうな」
「そりゃ考えるのが男子高校生ってもんじゃないんスか! てか前々からゆーさんは男子っぽくないんスよ!」
「おいそれどういう意味だ……」
「普通は覗きたくなるのが男子なんじゃないっスか! 想像するのが男子っていうもんじゃないんスか!?」
「男子を一括りにしようとするな」
「またそんな健全ぶって! いいっス! 俺は一人でも行くっスよ!」
こいつ死ににでも行く気なのか……?
「やめておけって。茉依も雨宮さんも本気で怒るぞ」
「だってすぐそこにいるんスよ! ちょっと足を運ぶだけで天国が待ってるんスよ!?」
天国ねぇ……。だったとしてもすぐに地獄に送られて人生終わりだな。
「茉依に動くなって言われてるし、死にたいならお好きにどーぞ」
石田は立ち上がって瞳を輝かせ、一歩一歩慎重に足音を立てないよう、そっと風呂場の方へ向かって行く。水の音とかで石田の足音なんて2人には聞こえるはずないだろうに……。石田の無駄な努力をぼくは首だけ動かして眺めていた。
脱衣所の扉前に辿り着いた石田は嬉しそうな顔をしながらぼくに向かって手を振っている。そのまま手が扉にぶつかって気が付かれればいいのにと思った。
石田は恐る恐る扉に手を伸ばす。きっといま隙間から中を覗いているのだろう。ここで見つかれば死刑確定だな。ぼくはちゃんと止めたし、それを振り切って行ったのは石田自身だ。ぼくに責任は何一つない。
だからだろうか、ぼくは石田が2人に気付かれることを強く願っていた。
チューベローズ。花言葉は、『危険な楽しみ』『冒険』などです。
次回話に続きます。




