パンジー(アプリコット)
「茉依さんいくっスよー!」
「いーよぉー!」
雨宮さんと一緒に二人のもとへ歩いていくと、石田が紙ヒコーキを茉依に向かって飛ばしていた。石田の手元から離れた真っ白な紙ヒコーキは風に乗って真っ直ぐ飛んでいく。大空の下、太陽の日差しを浴びて飛行する紙ヒコーキはなぜだか、優雅で気持ち良さそうだった。そんな風に思ってしまうなんて、茉依の影響が大きいのかもしれない。気が付けばぼくは茉依を見つめて微笑んでいた。
紙ヒコーキをキャッチしようと茉依が手を伸ばした瞬間、下から吹いた風によって高く舞い上がり、木の枝に引っかかってしまった。
「あーこれはまた高いところに行っちゃったっスねー」
「うーん、これは取れないね……」
「そうっスねー」
「…………。そうっスねーじゃない。早く取りに行けよ」
「いや、ゆーさんあれはさすがにちょっと高いっスよ……。自然に落ちてくるのを待ったほうがいいような気がするんスけど……」
「…………。怒るぞ」
ぼくがそう言うと石田は何も言わずにすぐさま木を登りはじめた。意外にもさくさく登っていく石田だったけれど、半ば程で止まってしまった。まぁ、無理もない。紙ヒコーキが引っかかっているのは天辺といってもいいところだ。石田は下を向いて腕を交差させ、バツ印を作って取れないことを必死にアピールしている。でも取らないわけにもいかないし……。
「仕方がないわね――」
呆れた口調でこぼした雨宮さんは身の丈の5倍はある長い竹竿をログハウスの裏から持ってきた。竹竿の先端は何かを取るためか、はじめから二股に分かれていた。
「これを使ってみて。届くと思うから」
「最初から出してほしかったっスね……」
交差させていた腕を解いて竹竿を受け取り、分かれている先端を紙ヒコーキが引っかかっている枝付近まで伸ばす。そして何度も何度も上下左右に揺らしていると、紙ヒコーキはふわりと羽のようにゆっくり茉依の方へ落ちてきた。まるで紙ヒコーキ自身が戻るべき場所を知っているかのような感じだった。
これまた考えてしまうのも茉依のせいだ。ぼくは相当茉依の影響を受けていると確信した。茉依のペースには気を付けないとどんどん飲み込まれそうだな。
「さっきみたいに高いところに引っかかったら面倒だから気を付けろよ」
「そうだねっ。こーくん気を取り直していくよぉー」
木を下りて戻ってきたばかりの石田に向かって茉依は紙ヒコーキを飛ばした。順調に見えたけれど、次は横風に煽られて川の方へ流れて行ってしまった。急いでぼくたちが向かうと紙ヒコーキはぷかぷかと浮かんでいた。
「ねぇねぇゆーちゃんこれ見て! ヨットみたいだよっ!」
「ゆーさん紙ヒコーキが浮いてるっスよ! 意外と沈まないんスねー」
ぼくは石田の背後に立って何も言わず、ただじっと石田をにらみ続けた。
「茉依さん回収しましょ! そろそろ両方限界みたいっスから!」
「みんなーそろそろ中に入って休憩しましょー」
石田は紙ヒコーキを回収してぼくから逃げるようにログハウスの方へ走って行った。ぼくと茉依は一度顔を見つめあって、そして恥ずかしくなって、互いに前を向いて雨宮さんのもとへ向かった。
ぼくたちは雨宮さんを先頭にログハウス内に入った。
室内は窓から差し込む太陽の日差しがひだまりとなって満ちて、ほんのり香る木の匂いが心を落ち着かせてくれる。歩くたびに微かに軋む床の音も心地良い。壁に触れた手に伝うのはあたたかなぬくもりで、都会の家なんかよりもずっと安心していられる。
「いやぁー中も広いっスねー。それにこれだけ日差しが差し込んでいるのに意外と涼しいんっスね」
「断熱性のガラスとからしいからあまり中には熱は伝わらないのよ。だから避暑地としてもぴったりというわけ。まぁ適当に座ってて。飲み物は全員麦茶でもいいかしら?」
「もちろん大丈夫っス!」
「梓ちゃんありがとぉー!」
「ありがとうございます」
「部屋の中でみんなでできる遊びってなんスかね?」
「そうだなぁ」
ぼくが顎に手を当てて考えていると、背後の方で何やらがさがさと紙が擦れる音が聞こえてきた。もしかして茉依の奴……。
「みんなで紙ヒコーキ折ろ――」
「トランプしよう! トランプならいろいろ遊べるし! なっ!」
ぼくは無理やり茉依の声を遮った。危ない危ない。このまま茉依のペースに流されたら室内でも紙ヒコーキで遊ぶ羽目になる。それだけは勘弁してほしい。
麦茶を持った雨宮さんがキッチンから戻ってきた。トレイに乗せてある4つのグラスがきらきらと光で輝いていて、ただの麦茶には見えないほど綺麗だった。
「雨宮さんババ抜きしましょー。初めはやっぱりババ抜きっスよね」
「ええいいわよ。テーブルに置いておくから好きに飲んでね」
返事をするぼくと石田だったが、茉依はむすっとしてぼくを睨み続けている。遮ったのをまだ怒ってるのかな……。
それからトランプを配ってババ抜きが始まり、順番的にぼくが茉依のカードを引くことになった。あからさまに茉依は怒っている。おまけに引けと言わんばかりに1枚だけカードが飛び出ていた。たぶんジョーカーだろう。それは雨宮さんも石田も感じ取っているようだった。
取らなきゃ機嫌直らないだろうなぁ……。
結局ぼくは引きたくもない明らか飛び出したカードを引いた。それはもちろんジョーカーだった。ここでも茉依のペースに流されるなんて、本当に弱いな。
手札をランダムにシャッフルしてぼくの手札を引く雨宮さんに向かってカードを広げる。
「これにしようかしら」
「あっ」
迷いもなく引くものだから思わず声が出てしまった。雨宮さんが引いたのはさっき茉依から引いたジョーカーだった。雨宮さんは何事もなかったかのように石田の方へ向けてカードを広げる。
「さっきゆーさんから引いたのはババだったっスよね! バレバレっスよ!」
そういって手を伸ばした瞬間、雨宮さんはジョーカー以外のカードを背中に隠してしまった。
「えっ……」
「どうぞ。あなたにはこれがお似合いのカードよ?」
「えっ……ちょっ……」
ぐいぐい近寄ってくるたった1枚のカードに石田は困惑していた。諦めて引いた方がいいって。それにたぶんそのカード以外引かせる気はないと思うし……。
「早く引いてくれるかしら?」
「まともにババ抜きもできないとかありえないっスよー!」
この後、結局石田は雨宮さんからジョーカーを引き、誰の手にもジョーカーが渡らないままゲームは終了した。正直、石田にジョーカーが渡った瞬間から負けは決まっていたのかもしれない。
「まだ時間あるみたいだからもう一回しましょうか」
こんな楽しい気分は久しぶりだ。陽が傾いていくのが切なく感じてしまう。もっとずっとこの楽しい時間を味わっていたいと思いながら2回戦目のカードを手にした。
パンジー(アプリコット)。花言葉は、『楽しい気分』『天真爛漫』です。
次回話に続きます。




