ルコウソウ
「すごい……。別荘なんて初めてみた……」
テレビや雑誌で芸能人が別荘を所有しているのはよく聞くことはあるけれど、まさか友達の家族が所有しているとは誰も思わないだろう。
それにしても結構な広さがある。ログハウスの大きさはもちろん、周囲でミニサッカーくらいは余裕でできそうだ。おまけに川まで流れて石橋も架かっている。普通に考えて一泊数万円はしてもおかしくない。それを無料で、しかも高校生4人だけで使用できるのだからまさに夢のようだ。
「いやぁー雨宮さんってすごいお金持ちなんスね! そういえばお家もかなりすごかったっスよね。はじめて行ったけど驚いたっスよ!」
「そんなすごいってほどでもないけどね。もともとはおじいちゃんとおばあちゃんが住んでいた場所なのよ。でも2人で暮らすのも大変になってきたからいまは私の家に移ってここは別荘として使ってるというわけ」
なるほどそういうことか。もとは雨宮さんの祖父と祖母が暮らしていた所だったんだ。それでも別荘に変わりはないし、ここが別荘として最高なのは間違いない。
「夏休みはよくここへ家族全員で遊びに来ているの。季節ごとに掃除しに来たりもしてるから大きく汚れていることはないと思うわ。駅からはちょっと離れてるのが難点だけれど、ここは自然がいっぱいで空気も新鮮だから避暑地として使うには最適なの。もちろん夏以外でも楽しめるのよ。今日は親もいないからゆっくりしていってね」
「梓ちゃんありがとぉー!」
…………。待て待て! 今更かもしれないけど、男女4人だけで別荘に泊まったりなんてしていいのか!? いや、やましい気持ちなんて微塵にもないけれどさすがにマズいような気がしてきた……。
「須永君どうしたの?」
「え、いや、なんでもないよ……」
なんでもないことはない。正直、不安が顔に出てるから雨宮さんは声を掛けてきたのだろう。余計な気を遣わせちゃったなぁ。
「大丈夫よ。今日は両親に許可も取ってるし、中にある物は何でも使っていいって聞いてるし、昨日の夜にお父さんが食材を入れてくれているからご飯の心配もしなくて平気よ。ひとつだけ注意されたことといえば怪我しないようにだって。あっ、あと戸締りもだったかしら。まぁ注意点は普段言われてることくらいよ」
なるほど。雨宮さんが親代わりってことか。すごくきっちりしてる。間違っても何も起きないだろう。雨宮さんがいるんだ、起きるはずがない。
「あ、そうだ。みんな荷物持ってるみたいだけれど何か持ってきたの?」
「ぼくは着替えと定番のトランプかな。あと携帯電話の充電器とか洗面道具くらい。何を持っていけばいいかわからなくって」
「ゆーさん充電器貸してください! 俺あれこれ持ってこようとして悩んで色々詰めたんスけど、充電器のことはすっかり忘れてたみたいっス……」
「あれこれって一体何持ってきたのよ」
「それはあとでのお楽しみっスよ! それにここでカバンを開けたら閉じれる気がしないっス」
言われてみれば石田のカバンはやたらと膨らんでいる。とても着替えや洗面道具だけとは思えない。まさかその中に入ってるのは全部ゲームか何かなのか……?
「まぁあなたには特に期待してないわ。茉依ちゃんは何か持ってきたのかしら?」
「ちょっ! 期待くらいしてくれてもいいんじゃないっスか!? って無視っスか!」
「わたしはねー今日のためにいーっぱい用意してきたんだよー」
おいちょっと待て。もしかしてそのカバンの中身って……。
茉依がカバンのチャックを開いた。そこには色とりどりの、シワや折れ目など一切ない、新品の色紙がびっしり詰まっていた。さらにはここへ来るまでに折ったのか、それとも以前折ったものなのか分からない紙ヒコーキが数機入っていた。
「おい……こんなところまで紙ヒコーキ持ってきたのか」
「えっ、だってせっかく買っておいたんだよ?」
「だからってここまで来て紙ヒコーキはダメだろ……。飛ばして見つからなかったらどうするんだ。貸してもらうのに汚したら怒られるぞ」
「でも、でもねゆーちゃん! 紙ヒコーキさんも空気のおいしいここで飛びたいだろうし、翼を大いに広げてみたいだろうし! あとあと、、きっと喜ぶと思うの! それにね、わたしも今日はずっと楽しみにしてたの! だから、ね、おねがい!」
手を合わせて頭を下げているのはいいとして、その手と手の間に紙ヒコーキを挟むのはやめてくれ。まぁ飛ばしたあとすぐに回収すれば大丈夫か。風もあまり強くないみたいだし。もしも何かあったら責任取らせれば――いいや、俺も一緒に謝ればいいか。どうにかなるだろ。
「そういうわけなんだけれど雨宮さん、いいかな? 飛ばしたあとすぐに取りに行くから」
「えぇもちろんいいわよ。それに大賛成よ。私もここで紙ヒコーキを飛ばしたことはないもの」
雨宮さんは悪く言ってるつもりはないのだろうけれど、それはつまり別荘まできて紙ヒコーキで遊ぶことはないってことだろう。でもそれは正しいと思う。正直なところぼくもここまできて紙ヒコーキで遊ぶのは勘弁だ。茉依の紙ヒコーキへの情熱は本当に凄まじいものがあると心底痛感した。
「わーい梓ちゃんありがとぉー!」
「飛ばしたらすぐに取りに行くんだぞ」
「はーいっ!」
そういって茉依は石田とともに紙ヒコーキを持ってログハウスの方へ走って行った。
まったく、いつも茉依のペースに流される。たまにはしっかり叱ったほうがいいのかもしれないなぁ。
「あ……ごめんね雨宮さん。茉依はぼくがちゃんと見張っておくし、帰りに紙ヒコーキが落ちてないかちゃんと見回りしますから」
「そんなに気にしなくてもいいのに。でもありがとう。それにしても須永君って茉依ちゃんのことをいつでも大事に思ってるわよね」
「えっ! いやっそんなことないよ!」
「嘘ついてもダメよ。茉依ちゃんって本当に可愛いものね。須永君ってなんだかまるであれみたい、茉依ちゃんのお父さんみたい」
お父さんですか……。保護者役に見られてるってことかな。でもそれも正しいのかもしれない。茉依に告白したもののあれから特に変わったことはないし、茉依の方も意識していないように感じる。周りから見れば恋人同士よりも親と子か兄と妹のほうがしっくりくるのかもしれないな。
「ほんと、茉依は手の掛かる幼馴染だよ――」
私生活でも、学校でも、こうして友達と遊んでいたって、ぼくは茉依のことを考えるので大忙しだ。雨宮さんの言う通り、ぼくは案外保護者役が似合うのかもしれない。
いつか恋人同士に見られますようにと、近くに咲いていた白い花に願いを込めた。
ルコウソウ。花言葉は、『常に愛らしい』『情熱』『私は忙しい』です。
次回話に続きます。




