Prologue フィーナ
正歴2024年、ガザに住む16歳のパレスチナ人の少女、フィーナ・ラバンは家族とともに焦土と化した故郷から逃れようとする難民の流れの中にいた。
「頑張って! ここにいたら、イスラエル軍とハマスの戦闘に巻き込まれてしまいます」
前に進む力を与えようと、フィーナは疲れ切った難民の老人に声をかける。
「じゃが、ワシはこの土地で生まれたんじゃ……。イスラエル建国で故郷を追われ、ようやくここに戻って暮らせるようになった。それなのに、また出ていけと言うのか……」
絶望に染まる人々。
しかしフィーナの声は、生きることを諦めない意志を宿していた。
「また帰って来ましょう! 数十キロ先に国連のキャンプがあります。あきらめないで……。今は生き延びることだけ考えて!」
傷ついた人に注がれる彼女の澄んだ翡翠色の瞳は、瓦礫の中から咲く一輪の花のように、過酷な環境でも人々に絶望に抗う勇気を与えていた。
フィーナの弟、アリーは姉に叫ぶ。
「なんでだよ! どうして逃げなきゃいけないんだよ!? 僕たち、何もしていないのに……。悪いのは攻めてきたあいつらじゃないか! なんでみんな戦わないんだ!」
アリーの言葉を、父のヨセフは咎めた。
「よすんだ、憎しみに心を委ねるのは……。その憎しみに染まった人々が戦い続けているから、この地では戦いが終わらないんだよ……」
フィーナは静かに諭す父を、澄んだ瞳で見上げる。
「お父さん……」
「いいかい、憎しみに憎しみを返していては、復讐の連鎖でお前たちも、お前たちの大切な人も傷ついてしまうだろう……」
「あいつらを許せっていうのかよ、父ちゃん!」
「その怒りを忘れなかったハマスがイスラエルの人々を殺害し、私たちは追われることになったんだ……。争いを終わらせるために、相手にも私たちのように大切な存在がいること、同じ悲しみを背負っていることを思い出すんだ……」
ヨセフの言葉に母レナはうなずく。
「そうよ。そしてもし誰かに救われたら、その恩を他の誰かを救う事で返してあげるのよ……。
互いの哀しみを理解して手を差し伸べあえば、いつかきっと、こんなつらくて悲しい戦争は終わるわ……」
フィーナは母を見上げた。
「お母さん……」
その時、難民の列の後方で銃声が響き、悲鳴が上がる。
「いたぞ! ガザから逃げてきたハマスの残党どもだ! 一人も逃がすな!」
「イスラエル軍か!?」
人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。逃げ遅れた老人はつまづいて倒れた。
「ち、違う! ワシらはハマスでは……! ぐあああっ!」
彼は兵士に撃たれて動かなくなった。
「よ、よくも親父を!」
老人の息子はイスラエル兵に、隠し持っていた拳銃を向けた。
激しい銃撃戦のさなか、ヨセフは、子供たちや怪我人を瓦礫と化した建物に避難させた。
瓦礫で入口を隠そうとしながらヨセフは語る。
「いいかい、フィーナ。お前が弟たちと避難民の子たちを救うんだ。いいね。私たちが兵士を引き付ける。ここから出てはいけないよ……」
フィーナは叫ぶ。
「そ、そんな、待って! お父さん!」
レナはフィーナを強く抱きしめる。
「フィーナ……どうか、無事で……」
両親の駆け出していく音が遠く離れていく……。
「お、お父さん!……お母さん……!」
震えてしがみつく弟たちを守りながら、ただ、フィーナは瓦礫の陰からその背を見つめることしか出来なかった……。
離れていく二人を見つけて兵士たちは駆け出した。
「いやがったぞ! 逃がすな!」
兵士たちの怒号、そして銃声……。
「あああああ……。お父さんっ、お母さんっ!!」
弟たちを抱いて声を殺して泣くフィーナ。
「まだこのあたりにいたはずだぞ、探せ!」
「ああ……。神様……。どうか助けて……。
せめて、弟たちだけでも……」
震えるフィーナ。兵士たちの足音が近づいてくる……。
その時、足元に落ちていたスマートフォンに突如、着信音がなった。
それは、母がフィーナを抱きしめた際に落としたものだった。
音を消そうと慌てて着信に出るフィーナ。
スマートフォンから切迫した少年の声が響く。
「誰か、誰か出てくれ! 誰もいないのか!?」
絶望の淵からフィーナは声を絞り出す。
「あ……あなたは?」
「俺はゼクウ、クァンタムズのゼクウだ! あんたたちを助けに来た!」
その力強い声は、フィーナの運命を変える新たな因果の始まりを告げるのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
作者の希田等志です。
次回、いよいよクァンタムズが動き出します!
「Phase.1 クァンタムズ、始動」
初日は本日この後、17:40 / 20:10 / 22:20 に残りの3話を投稿します。少しでも気になった方は、ぜひブックマーク登録をお願いします!
本作は12月9日に、連載完結予定で、明日からは毎日、20:40に更新していきます。
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