7.祝宴
ギルドに戻った一同を出迎えたのは、カウンターで首を長くして待っていたエレンだった。
「皆さん、お帰りなさい! 無事で何よりです!」
「ただいま、エレンちゃん。はい、これ、今回の成果よ」
アーサーが誇らしげに、完成した魔導羊皮紙の地図をカウンターに広げた。
それを見たエレンは、驚きのあまり「えっ……!?」と声を上げて絶句した。
そこに描かれていたのは、単なる迷宮の地形だけではなかった。
『床の陥没罠』『ミミック連動宝箱』といったトラップの位置や詳細な仕組み、さらには『キノコ型・ウサギ型モンスター(食用可、毒性なし)』といった、出現する魔物の特徴までが、キアリーの正確な記憶と鑑定によって、非の打ち所がないほどきっちりと書き込まれていたのだ。
「す、すごいです……!これほど詳細な情報が書かれた初踏破の地図なんて、見たことがありません!これがあれば、明日からここへ入る他の冒険者たちの生存率が、劇的に上がりますよ!」
エレンは興奮で目を輝かせ、キアリーの手を握りしめた。
「キアリーさん、やっぱりあなた、最高のトラップバスターです!」
「あはは……ボクはただ、後ろで見てただけですから……」
照れくさそうに笑うキアリーの横で、アーサーとマックも満足そうに頷いていた。
――そして、その日の夜。
キアリーが数日前に引っ越してきたばかりの、まだ荷物の少ない小さなアパートの一室は、かつてない熱気に包まれていた。
「かんぱーい!!」
エレンも仕事を終えて合流し、4人の賑やかな声と木製ジョッキのぶつかる音が部屋に響き渡る。
マックが持ち込んだ極上のエールが注がれ、部屋の中には香ばしい、たまらない匂いが充満していた。
「はい、お待たせしました!『ウサギ肉とダンジョンキノコのバター醤油炒め』、それと『マックさん特製スパイスの肉吸いスープ』です!」
キアリーが大きなお皿をテーブルに並べると、一同から歓声が上がった。
ダンジョンでキアリーが手際よく解体し、アーサーがその見事な腕前で調理したウサギ肉は、外側はカリッと、中はジュワッと肉汁が溢れる完璧な仕上がりだ。
「おいしーーい!! 何これ、お肉がすごく柔らかくて、キノコの旨味がじゅわって広がります!」
エレンが頬を落とさんばかりに悶絶する。
「でしょ? アタシの火入れも完璧だけど、やっぱりキアリーちゃんが『最高に美味しい状態』で見極めて仕分けた食材だからね、格別よ!」
アーサーはエールを豪快に煽りながら、キアリーの頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「フォッフォッフォ、これは酒が進むわい。キアリー君、お主のおかげで、ワシの老後の冒険もまだまだ安全に楽しめそうじゃ」
マックも上機嫌でスープをズズッと啜り、深く息を吐いた。
戦闘能力は皆無。そこらの子供より弱いかもしれない、22歳の青年キアリー・アーンハート。
しかし、彼の持つ『トラップバスター』の目は、腐ったリンゴから、毒の白粉、そしてダンジョンの悪意に満ちた罠まで、すべての「害」を退け、関わる人々を幸せにしていく。
「ボク、この街に来て、皆さんに出会えて……本当に良かったです」
キアリーは木製のジョッキを両手で包むように持ち、ぽつり、と呟いた。その声が少し震えていることに気づき、アーサーもエレンも、静かに彼の言葉に耳を傾ける。
「前の街ではね、ボクのこのスキル……『中身が見えて気持ち悪い』って、すごく嫌われてたんです。嘘つき扱いされたり、気味悪がられたりして……。でも、この街の皆さんは、ボクの言葉を信じて、受け入れてくれた。ボク、本当に……本当に、ここに来て良かった……っ」
キアリーの目から、大粒の涙がぽろぽろと溢れ出し、テーブルに小さな水溜りを作っていく。
その時、キアリーの視界の端で、手元のジョッキか「罠のアラート」が激しく明滅した。
発動条件:エールを飲み干す
効果:酔いが限界を超えます
彼の『トラップバスター』は、自分の限界を超えるアルコールすらもしっかり「肉体を害する罠」として検知していたのだ。
(あはは……罠だってさ。でも、いいんだもん……!)
今夜の高揚感と幸福感は、スキルの警告すらも完全に無視させた。キアリーは涙を拭いもせず、残ったエールを一気にグイッと飲み干した。
「ぷはぁっ!……ふえぇ、みんないい人ぉ……。アーサーさん、おネエだけどすっごく強くてかっこいい……。ウサギ肉、バター醤油が染みてて美味しいぃ……」
完全にブレーキが壊れたキアリーは、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、心の声をノンストップで吐き出し始めた。
「エレンさん、白粉なくてもめちゃくちゃ可愛い……。マックさんの、その、お髭……渋くて、おじいちゃんみたいで大好き……。うぅぅ……ふぇぇん……みんな大好きだぁぁ……!」
「あらやだ、アタシのことかっこいいだなんて! もう、可愛い坊やねぇ!」
「きゃー!キアリーさん、やっぱり私のこと可愛いって思ってくれてたんですね!」
「フォッフォ、ワシの髭が渋いか。照れるのう」
温かい笑顔で見守る3人の前で、キアリーは「大好きだぁぁ……」のフレーズを壊れた玩具のように何度も何度も繰り返し――そして。
ストン、と糸が切れたように、料理の並ぶテーブルへと突っ伏した。
すー、すー、と、すぐに規則正しい寝息が部屋に響き始める。『トラップバスター』の警告通り、完璧な一撃ノックアウトだった。
「あら、寝ちゃった。本当に可愛いんだから」
アーサーがそっと優しく、キアリーの背中に自分のマントをかけてあげる。
前の街で傷ついたトラップバスターの少年は、今、彼を心から愛してくれる本物の「仲間」の手によって、世界で一番安全な眠りについていた。




