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家なき子

 





「ぁ、ぁり…ご……ぃます」


 なんだ?言葉を喋れないのか?


「いや。驚かせてしまったようだ。すまないな」

「…………」


 前髪で顔が隠れているからその表情は窺い知れないが、恐らく慌てているのだろうと推察できる。

 手のひらをこちらに向けて、顔の前で小刻みに左右に揺らしているからな。


「言葉が喋れないのか?」

「ぃ、ぃぇ…」


 うん?違うのか?じゃあなんだ?


「ひ、人…み、しり…」

「ん?人見知り?」

「……」コクンッ


 ………。

 まぁ…人、それぞれだよな…?


「人見知りのところ悪いが、泊めてもらえないだろうか?今夜は雨が降りそうだから、濡れたくないんだ。部屋の隅でいい。なんなら玄関でも。どうだろう?」

「ど、ど、ぅぞ」


 よし。入れてくれた。

 そして、家の中は……なんだこれは……


「す、凄いな…ここの近くには人里などないはずだが…」


 本音がポロリと溢れてしまった。


 ハナコの家は電化製品こそないものの、それ以外は全て揃っているように見える。


 玄関を入ると先ず目に飛び込んで来たのは、ダイニングだった。

 水洗の蛇口がついた調理台に、一人暮らしには大きすぎるダイニングテーブル。


 玄関には靴箱と傘立てに傘が二本ほど刺さっていた。

 その靴も、この世界では見た事もなかったシューズと言われる形の靴。

 素材もそれっぽく、靴底は見る限りゴムに見える。


 調理器具も一通り揃っており、貴族家で育った俺すらも見たことがないほどの、洗練された鍋や包丁が置いてあった。


「まさか…これは全て…君が?」


 権能の生活創造魔法。これくらいしか、思い当たる節がなかった。


「……な、ぐり、ません、か?」

「殴る?なぜ?」


 どういうことだ?

 何に怯えているんだ?


「…父も…母も…すぐ、に殴ってきま、した……知ら、ない人も、私…が持っている物を、奪いに来ました」

「そうか」


 両親が娘を殴る理由はわからないが、物盗りに怯えていることは理解した。

 調理器具一つとっても、高値で売買されるだろうしな。


「俺は君を殴るつもりもないし、君が持つ物に興味はあれど、奪い取るつもりもない。欲しい物は自分の力で手に入れたいのでな」


 別に高尚な精神は持ち合わせてはいない。

 落ちていれば拾うし、くれるというのなら貰う。

 だが、ユーピテル様から授かった力で奪い取るのはダメだ。

 それをすれば、俺がどう言おうが、側から見たらユーピテル様が奪ったのと同義だからな。


 ただそれだけの理由だ。


 もちろん使徒だけは別だから、ハナコから奪っても問題はないが、この怯える女を見てしまっては、そんな気は起きなかった。


「ど、ど、どうぞ?」

「ありがとう」


 椅子を勧められたので座らせてもらう。

 クッションの効いた椅子は座り心地が良く、食事に使われるにしては、立派過ぎる代物だった。


「そ、粗茶ですが…」

「有り難く頂こう」


 人見知りというよりも、怖いんだな。

 俺に害が無いと判断すると、人並みの対応をしてくれた。

 どんな境遇で育てば、このようになるのかは気になるが、俺が気にするのはそこではないからな。詮索はやめておこう。


 テーブルを挟み、対面に腰掛けたハナコは、コップに入れられたお茶を飲みながらこちらに視線を送ってきた。

 その様子は、気になるけど聞けない。

 子供がソワソワしている感じに似ている雰囲気が見てとれた。


「一宿一飯の恩義がある。何か聞きたい事があるなら、気にせず聞いてくれ。答えられるものは答えるよ」

「っ!!はぃ…貴方は……使徒ですか?」

「……そう来たか」


 バレていたか。

 落ち着きがなく、人見知りをしていたから侮っていたな。

 …いや違う。俺がハナコを侮ったのはそこではないか。


『いつでも倒せる』


 ステータスを見て、勝った気になっていた己を恥じた。


「そうだ。俺がここに来たのは使徒であるハナコ・ヤマダがいるからだ」

「…やっぱり……逃げても無駄だって、ウェスタ様に言われてたのに……私って馬鹿ですね…」

「………」


 いや、それを俺に言われてもな……

 それにしても、一つ気になる事がある。


「なぁ。一ついいか?」

「私って馬鹿だなぁ…えっ?なんですか?」


 馬鹿というよりも、人の話を聞かないだけなのでは……

 まぁいい。


「ハナコ・ヤマダという名は、聞いたことがない名前の響きだ。何処の出身だ?」


 サキの記憶の中では、前世の国の、匿名性が高い女性の名前だと判断している。

 所謂見本によく使われていた名前だ。

 そして、サキの前世である近代日本の様な名前はこの世界では聞いたことがなかった。


「ああ、名前ですか…話せば長くなります。実は・・・・」


 俺が使徒だと知ってからは、何かが吹っ切れたのか、ハナコは普通に喋り出した。


 ハナコの二転三転する話を纏めると

 ハナコの生まれた村では、黒髪の子を嫌忌していた。

 そこで黒髪を持ち転生したハナコに、親は名前すら与えなかった。


 親に名前すら与えられないハナコは、もちろん育児放棄されていた。その中でここまで生きてこられたのは、ハナコが授かった権能のお陰であった。


 そして、言葉を覚えてからは、名前がないと不便だということで、自ら『ハナコ・ヤマダ』と名乗ったというものだった。


「そうか。生きてこられたのは『生活創造魔法』というやつのお陰か」

「えっ!?何で知っているんですか!?」

「それは秘密だ。それで?その生活創造魔法では何が出来るんだ?」


 こっちの力は秘密だが、そっちのモノは教えろ。

 凄く不誠実な物言いだが、使徒に対してこちらに譲る気はない。


「そっちも教えてくださいよぉ…私も教えますから!」

「あのな?立場ってわかるか?」

「え?お貴族様とかの?まさか…貴方は王子様!?」


 …違う。コイツよくここまで生き延びてこられたな……


「はぁ…今の立場といえば、力関係以外存在しないだろう?俺が王子様ならいう事を聞くのか?使徒の権能があるのに?」

「ああ…そういう事でしたか……私…殺されるんですね…」


 事情次第では殺す。が、それを言ったところで開き直られたら面倒だからな。

 ハイエルフの姫との約束もあるし、ここでは暴れられない。


「ハナコ。俺は今のところ、お前を殺す気はない」

「えっ!?助けてくれるんですか!?」

「…何から助けるのかは想像に難く無いが、それは難しい。他の使徒は俺より強い可能性が高いからな」


 サキの記憶にある日本の創作話では、力を合わせて戦ったり、守ったりといった展開の話が多い。

 確かにハナコでも戦力としていないよりはマシだが、ガゼットのような本物の強者の前では無意味だ。


 むしろ、情が移って足手纏いになる可能性の方が高い。


 だが、一つだけ共闘の可能性がある。

 それは……


「えっ…じゃあ…やっぱり殺されるんですね…」

「待て。兎に角話を聞け。そして質問に答えろ。それがハナコの生きる道だ」

「私の…生きる道?」


「そうだ。俺は世界中を旅して、使徒を探している。ハナコの権能は、旅に役立つのではないか?」


 俺が気になっていたのは、そこのところ。


 権能を持って生まれ、人よりもステータスの伸びが高く強いはずなのに、攻撃的になるどころかここまで臆病な性格をしている。


 身のこなしからも、コイツは戦う術を持っていない。

 だが、生き残ってこれた。

 それはこの『生活創造魔法』のお陰である事は間違いないはずだ。


 故に、戦いの役に立たなくても、旅に役に立つのであれば、殺したり、今すぐ降参させるメリットは薄い。


 ただし、それは役に立てば。


 もし、役に立たないと判断するのであれば、どこか適当な町に送り届けた後、降参させてその力を奪うことになる。


 そうなれば、その後は大変な人生が待っているだろう。

 レイシアの様にしたいことや、人と関わる事を苦にしないタイプであればいいが、コイツは真反対だろう。

 そうなれば、人よりも低いステータスで送る今後の人生は明るいとは思えないからな。


「や、役に立ちます!」

「…そうじゃない。権能の性能を教えろ」


 コイツはポンコツではないだろうか…?


 鑑定結果にはその性能が記されているが、やはり使ってみないことには分からないことが多そうな権能だった。

 特に制約の部分で。


「は、はい。簡単に言うと、生活するための物を生み出す権能です。

 赤ん坊の頃は、ミルクを生み出して、飢えを凌ぎました」

「それは大変だったな。で?この家と中身は?」

「はい!この権能で創りました!」


 凄い……

 戦いにこそ向かないが、やはり創造系の権能は特殊だ。


「創造には魔力を使うのか?」

「はい。幼い頃は少ししか創造出来ませんでしたが、今では家を一日で一つは創れます!」


 凄いでしょ!?

 そんな声が聞こえてきそうな表情で話す。


 はぁ…

 俺は完全に毒気を抜かれてしまっていた。


 仕方ない。

 コイツ自身は役に立たないだろうが、モノは使いようだ。

 俺が使いこなそう。


 俺はその為に必要な話を、このポンコツにわかる様にしなくてはならない事に、頭を抱えた。


「そんなに驚かなくていいですよ!!」

「違うわっ!!」ドンッ

「ひぃっ!?殺されるっ!?」


 はぁ……なんか前にも似た様なことがあったような……

 どうでもいいか……


 俺は問題のない範囲で、これまでに貯めた知識を伝えるのであった。

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