報酬と別れ
「こちらが報酬の品になります。後…少ないですが、私の方からも」
そう言ってロザンが差し出してきたのは、黒い外套と金子袋だった。
「金はいらないぞ?」
「これは父としての義務です。どうかお納めください」
「そういう事なら。有り難く受け取ろう」
最初に訪れた応接室にて、ロザンと伯爵と俺と二人が話をしている。
話の内容は依頼について。
勿論証人がいるので、依頼は無事に完遂を認められた。
それで報酬を渡す段階になったのだが、ロザンが気を利かせて余分に金までつけてくれたのだ。
生存を諦めていた娘を連れて帰るばかりか、その命が旅のお陰で助かったとあっては、親として何もしないではいられなかったのだろう。
俺はその気持ちを有り難く頂戴した。
「して、ワシからもいいか?」
「どうぞ」
これまで黙っていた伯爵から、初めて話しかけられた。
伯爵の目的はロザンを囲うことだから、既に達成されたはずだが……
「年に白金貨を出そう。食客として、我が伯爵家に仕えんか?」
「断る。その気になれば白金貨の二枚や三枚はすぐに稼げるし、何よりも俺は金に興味がない」
「そうか。ワシからは以上だ」
初めから断られる事を織り込み済みの提案だったようだ。伯爵は粘る事もせず、そう告げると部屋から出ていってしまった。
「すみません。娘の恩人に…」
「いや。構わない。もっと横柄な貴族は、五万と見てきたからな」
別に失礼でも何でもない。
寧ろ理を追っている性格だからか、気持ちの良い対応だとさえ感じた。
「シャルさん。その黒い布は、何なのですか?」
「ああ。これか。これはな・・・」
※死神の上掛け 外套
この外套を着ると、魔力を外に放てなくなる。
全ての魔力を遮断する、死神の呪いが掛かっている。
俺は鑑定結果を皆に伝えた。
「魔法が使えなくなるって…大魔導士のシャルさんには無駄なものではないのですか?」
「確かに使えないのは痛い。でも、これの使い道はそれだけじゃないからな。有用に使わせてもらうよ」
「いえ。シャルさんに必要なものであれば構わないのです」
クリミアが心配してくれるが、俺は報酬を妥協したつもりはない。
これはとてつもなく有用な物のはずだ。
何せ、これを着用すると魔法が使えない代わりに、魔法が効かなくなるのだからな。
これが伯爵家に死蔵されていた理由は、簡単に想像がつく。
この世界の戦争では、魔法使いは動く砲台と化す。
その魔法使いを騎士達が守りながら戦うのだが、魔法使いがこれを着れば、魔法が使えなくなり無意味となる。
そして、騎士は基本的に白兵戦になるため、少ない魔法を断じても意味は薄い。
鎧の上から纏う外套で動きが鈍くなるくらいなら、着ない方が都合がいい。
つまり。国単位や貴族兵単位の争いでは、無用の長物になるというわけだ。
しかし、変わった効果が認められていた為、世に出回って使われたりせずに、伯爵家で死蔵することになったと。
大方そんなところだろう。
「ぐっ…参った…」
銀色の鎧を纏った兵が、膝をつき白旗を上げた。
「流石シャルさんですっ!」
ここは伯爵邸の敷地内にある、騎士の鍛錬場。
伯爵家お抱えの騎士達に鍛錬をと、ロザンに頼まれたのだ。
その鍛錬場の外周を走り、俺に賛辞を贈るのは伯爵家の姫君。
失われた時間を取り戻すかのように、元気に走り回っている。
※クリミア・バラッド 13歳 女 人族
体力…59
魔力…48
腕力…18
脚力…22
物理耐性…198
魔力耐性…211
思考力…91
クリミアはレイチェル姫と同じく、置かれた環境により耐性系が伸びている。
これまでの経験上、耐性系が高いと成長も早く、クリミアのステータスは既に同年代の女性どころか男性をも抜き去ろうとしていた。
旅に元々興味が強かったせいか、身体を動かす事を厭わず、また俺から魔法についても貪欲に学んでいた。
伯爵家の女子がそれで良いのかと思わなくもないが、ロザンは病気だった頃のクリミアをずっと見てきていた。
体力がつけば病にも打ち勝てる。
そう考えてか、それとも単に動く娘が可愛いのかはわからないが、クリミアのする事に全て賛成していた。
親が良いのであれば外野が口を出すことでもない。
俺はクリミアが望むように指導していた。
それを見たロザンが『どうせなら…』と騎士達の鍛錬も見させてきたのだ。
そして出来上がったのが、鍛錬場を笑顔で走り回るクリミアと、それをニコニコ顔で見守るミスティ。
さらに、死屍累々で倒れている騎士達の姿だった。
「明日、この街を出ていくよ」
夕食時。伯爵を除くいつもの面々が顔を合わせる機会に、俺は予定を告げる。
帰還から十日。クリミアは病を再発する兆候も見られないし、今となっては再発しても問題ないくらいには強くなった。
それが唯一の懸念。
そして、その懸念が無くなれば、俺は自分に課せられた使命に向かうのみである。
「そんな…もう少し…もう少しだけ、いられませんか?」
「クリミア。シャル殿は忙しいんだよ。決して私達のことが嫌で出ていくんじゃない。元気で生きていれば、いつかまた会えるさ。そうですよね?シャル殿」
ミスティは相変わらずクリミアしか見ていないが、クリミアには少し変化が見られた。
これまでは死ぬまでベッドの上だと諦めていた事が、全て色を取り戻したのだ。当然の変化だろう。
「残念だが、もう二度と会えないだろう」
一緒に居すぎた。俺はこの二人には嘘をつきたくない。
「えっ…何故でしょう?」
思っていた返答とは違ったからか、ロザンは真意を問うてきた。
「この三人だから伝えるが、俺はこの大陸の人ではない」
ガタッ
背後から音が聞こえた。恐らくミスティも驚いたのだろう。他の二人も目を丸くさせ、ポカーンっとしている。
「俺は中央大陸の出だ。訳あってこれより東の大陸を回れば、いずれ西の大陸に向かう。それが済めば漸く故郷へと帰る事になる。だから…ここへは二度と来る事はない」
いやー。忘れ物をしてな!すまんすまん。
という事でもない限りは、戻る事はないだろう。
「中央…大陸…」
そう呟き、噛み締めるように俺の言った事を咀嚼したのはクリミア。
「いつか…いつか…いっても良いですか?」
娘のとんでもない発言には、流石のロザンも黙っていられない。
「ダメだっ!流石に遠すぎる!」
一度助かった命。ロザンにクリミアと離れる決心はそう簡単には出来ないだろう。
これまでが特殊だったのだ。
「お父様。私はシャルさんに聞いているのです」
「ク、クリミア?」
今まで反抗らしい反抗はしてこなかった。いや、出来なかった。
する体力もなければ、クリミアが出来ることはロザンは何でもさせてきたからだ。
「シャルさん。いつか。いつか、自分の力で会いに行ってもいいですか?」
「お嬢様…」
ミスティはクリミアの覚悟に涙するが、どうせ行くことになれば、お前も着いてくるんだろう?
「俺は神でもなければ、この国の王でもない。クリミアがする事にとやかく言う権利は元々ないんだ。だが……」
「だが…?」
「来たからには盛大に歓待しよう。中央大陸も素晴らしいところだと教えてやるよ」
実際、来ようと思えば来れるだろうな。東から中央へは。
帰れるかは知らんが。
「はいっ!それまで、純潔は守ってみせます!」
「えっ?ちょ…」
「シャル殿…?まさか…」
えっ?どういうこと?
クリミアの旅の目的地が、エルフの里から中央大陸に変わっただけだと思ったのだが……
それと、ロザン。誤解だ。
ロザンの誤解は解けるも、クリミアの想いは変わらなかった。
俺はその想いに応えられないと、ハッキリと告げたのに……
そんなモヤモヤを残し、出立の朝は訪れた。
「シャルさんの気持ちは知っています。ですが、これは自分の問題なのです。私は必ず会いに行きますから」
バラッドの街の門。街の玄関とも言えるそこには、朝から伯爵家の者達が勢揃いしていた。
その中で朝からずっとくっついたままのクリミアが告げた。
「好きにしろ。クリミアの人生だ。それよりも、身体に気をつけろよ?」
「まさか…既に…?」
ロザンが変な勘違いを再び起こすが、勿論病気についての話だ。
「ミスティも、もっと自分を出していけ。ロザンが寂しそうだぞ?」
「これが私ですので」
ミスティはやはりミスティだった。
「ロザン。娘達と幸せにな」
「はい。シャル殿を見つけられた事は、あの世に旅立った時に妻に自慢しますよ。これからのシャル殿の旅路が平穏なものであることを、この地から祈っています」
俺はその言葉に頷くと、皆に背を向けて歩き出す。
背中からはクリミアの泣く声と、それを慰めるミスティの声が聞こえた。
時間は掛かったが、装備も情報も手に入れられた。
次の目的地は、大森林の東側。
そこにいるのが使徒であれば、失った時間にもお釣りが出てくるというもの。
普通では得られなかった情報だ。
俺はこの奇妙な縁に感謝しながら、大森林を目指し歩んでいく。