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その薬、良薬につき苦し

 




「俺の神の名は、ユーピテル」


 さあ?どう出る?


 神の名を聞かれたから答えたが、コイツが信仰している神を俺は知らない。

 もしかしたら中央大陸のハイエルフと繋がっているのかもしれないが、それならそれで構わないと思っている。


 この格好では近接戦が出来ないから手加減が出来ない。その為、隠密行動をしていたに過ぎない。


 他の使徒の仲間で俺と敵対するのであれば、ここで叩き潰すのみ。


 俺は覚悟を決め、言葉遣いと年齢からは想像も出来ない程の若々しい美女に向かい合った。

 

 俺が臨戦態勢を取り、油断なくハイエルフを見据えると、そのハイエルフは俺とは真反対に肩の力を抜き、ため息混じりに口をゆっくりと開いた。


「ユーピテル様か……であれば、邪魔を出来んのう。行くが良い。しかし、ユグドラシルに悪さをすれば、いくら神の子と言えど容赦はせぬ。それがハイエルフ故な」


 努々忘れぬことなかれ。

 ハイエルフはそう告げると、道を開けた。


「助かる。この恩は忘れない」

「ほれ。エルフが集まる前に行くのじゃ」


 俺はその言葉に手を挙げて応えると、ユグドラシルに向けて走り出していく。


 この大陸のユグドラシルも馬鹿デカく、最早茶色の壁だ。

 その壁に取り付くと、抱っこ中のミスティを挟まないように気をつけながら、慎重に登って行く。


 二度目のユグドラシルということもあり、迷いなく上を目指して進めた。


 日が暮れる頃、漸く枝を視界に捉えることが出来たが、少し様子がおかしい。

 俺が腹に感じていた震えが止まったのだ。


「ミスティ?おーい?」


 …気を失ったか。

 ミスティとクリミアの視線の先は大空だもんな。


 俺の視線はずっと茶色いが、時々窪みがあったり、変化はそこそこある。

 しかし、ミスティが見ている景色は徐々に地面が離れていき、天に昇るように見えたことだろう。


 先程までは震えながら我慢していたが、終わりが見えないことから、ついに緊張の糸が切れ、気を失ってしまったのだ。


「漏らされなくて良かった…」


 俺の願いは人知れず神に聞き遂げられていた。




 あれからさらに数時間が経ち、辺りは真っ暗になっていた。

 そんな視界の悪い場所だが、俺の周りには魔法で創り出した光球がいくつか浮かび、辺りを煌々と照らしてくれているので、登るのに支障はない。


 そんなユグドラシル登木も一旦の終わりを迎える。


「はぁはぁ…漸く着いたぞ…」


 やはり体勢に無理があったな……

 背中はいいが、抱っこをしながら木を登るのは、如何に使徒とは言え至難の業だった。


 俺はロープを緩めて、ミスティをその場に降ろした。

 そして、本日二度目となる水責めの時間だ。


「ぷあっぷっ!?ごほっ!?うえっ!?」

「起きたか?」


 鼻に水が入ったのか、鼻を押さえて痛がるミスティに、俺は通常通り接する。


「こ、ここは?…私は天に召されたのでは…」

「ここはユグドラシルの枝の上だ。端に行くと落ちるかもしれないから、俺の後ろを真っ直ぐ着いてこい」

「はっ!?クリミア様!大丈夫ですか!?」


 先程からミスティの株が駄々下がりしていたが、やはりミスティはミスティだった。

 いの一番に心配するのはクリミアの事。


「大丈夫だろうがなかろうが進む。着いてこい」

「そ、そんな…休めるのであれば、横に、少しでも楽になるので、横にしてくださいっ!お願いします!」

「悪いが、休むのはクリミアを治してからだ」

「そんなっ!!お願いしますっ!治すのはいつで…も…え?」


 苦しむクリミアを見たのだろう。

 わかる。何も出来ないというの(無力)は人に孤独を感じさせるからな。


 俺の言った事が理解できないのか、立ち尽くすミスティ。

 しかし、残された時間は刻一刻と迫っている。


 俺はそんなミスティを無視して、先に進みながら口を開いた。


「クリミアを治す手立てに心当たりがある。いいから着いてこいっ!」

「ほ、本当ですかっ!?わかりましたっ!何処までもお供しますっ!」


 ミスティにとってクリミアは全てだ。


 ロザンはその事に対して、少し後悔していた。

『姉は妹を守るものだよ』

 二人がまだ小さかった頃、事あるごとにそう言っていたと聞いた。


 ミスティは孤児であることを幼き頃より本人も知っている。

 そんな幼いミスティは、自分の居場所を守らなければと、尚更強く思った事だろう。


 ロザン夫妻はミスティも我が子同然に育てたはずだ。ロザンのミスティに対する些細な反応を見ていれば、それは自ずとわかること。

 というか、わかりやすい。


 そしてミスティはそれに気付いてはおらず、伯爵家に戻る事になった時、自分の居場所を失わない為に、クリミアの専属メイドになった。


 この血の繋がらない姉妹の未来は、二人にしか築くことは出来ない。

 俺が出来るのは、残された(未来)の時間を延ばすことだけ。


 そして、その時間(とき)は訪れた。


「クリミアを」

「はい…ああ…クリミア様…体温が…」


 大分無茶をさせた。

 クリミアは高熱を出し、呼吸も不規則なものになっている。


 背負子から降ろしたクリミアをミスティに預け、俺は手頃な細い枝を探した。


「これがいいな」


 見つけたのは俺の胴体ほどはある太い枝だ。

 しかしユグドラシルからすれば、小枝も小枝。そんな枝に乗り、先端を目指した。


「結構揺れるな…」


 枝を切り落としてから葉をとっても良かったが、薬の材料にするには鮮度が重要みたいだからな。

 試す時間も残されてなさそうなので、俺は一番鮮度が高いだろうということで、枝から直接葉を毟ることにしたのだ。


 足場は細くはないが、かなりしなる。

 何とか葉があるところまで辿り着いた俺は、ゆっくりと手を伸ばし、葉を引き寄せた。


「くっ…やはり手じゃ切れないか」


 俺の力で千切れるくらいなら、今頃エルフの村はユグドラシルの葉で覆われていただろう。


「魔法で切るしかないか」


 葉と枝の間に、薄く引き延ばした魔力を放った。




 何とか新鮮な葉を回収する事に成功した俺は、ユグドラシルの葉を持って、二人の待つところに戻ってきたいた。


「それがユグドラシルの葉…大きいですね」

「ああ。次はコイツを煎じる。背負子のサイドポケットに道具が入っている。取ってくれ」

「わかりました」


 俺は…煎じる為に、コイツを出来るだけ小さく斬らないとな。


 以前もそうだったが、ユグドラシルの葉は切断してしまうと硬質化を始めてしまうが、ユグドラシル本体から送られてくる魔力の守りはなくなる為、硬いが剣でも切れるようになるのだ。


「よし。神剣で小さく斬ろう」


 微塵切りとはいかなかったが、かなり小さくする事が出来た。

 これならば、持ってきたすり鉢にも入るはずだ。


「柔らかいままだ」


 細かく斬った葉だが、まだそれは柔らかかった。

 恐らく薬の調合方法に記されていた鮮度を保つとは、柔らかさを保たせるって事なのだと思う。


 硬くなれば、擦りおろせないからな。


「こちらで良いですか?」


 俺の準備が整うと、ミスティも準備を終えていた。


「ああ。完璧だ」


 そこにはすり鉢とすりこぎ、それと鍋とコップが準備されていた。


 俺はすり鉢に砕いた葉を入れて、すり潰していく。


 何となくの分量だが、多ければ多いほどいい…のか?

 少し怖くなってきたので、適量に留めた。


 そして擦りおろした緑色の塊を、鍋に入れ、水と共に魔法で温めていく。


 普通であれば、乾燥させた葉をそのまま煎じるのかもしれないが、ユグドラシルの葉をそのまま煮詰めたところで、成分が取り出せるとも思えない。

 仮に取り出せたとしても、物凄く時間を有するだろうしな。

 故に擦りおろしという工程を加えたんだ。


 ぐつぐつと煮える鍋の湯が、全体的に緑色になる。


 もう良いだろう。


「出来た。これが『キルジルエンド』の薬だ」

「これが…これを飲ませれば治るのですね?」


 治るよな?

 いや、鑑定を俺が信じなくて、誰が信じるというのだ。


「ああ。だが、その前に毒味をしておこう。もし間違っていたらことだからな」

「そ、そうですね。では、私が」


 ミスティが志願するが、ここは俺が飲もう。


「いや、俺が飲むよ」

「ダメです!もし、毒性があれば、誰がクリミア様を連れて帰るのですか!?」


 珍しく反対された。やはりクリミアの為なら意見を言えるようだな。


「いや、それでもだ。俺には並大抵の毒は効かんからな。問題ない」


 耐性が高いから、害があっても大丈夫だろう。

 少しでも異常を感じたら、飲ませなければいい。

 その時は、時間が許す限り、煎じ方を変えれば良いだけだ。

 時間が許せばな……


 今も苦しそうにしている。早く飲ませなければ。


 クリミアが待っている為、俺は意を決して、緑色のお湯を口に含み、飲み込んだ。


「………」

「……どう、ですか?」

「……苦い…信じられないくらい……苦い…」


 誰も見ていなかったら、川に飛び込み水で口を濯ぎまくりたい。

 ミスティがいなかったら、大声で『にげぇぇえっ』と叫びたかった。

 それくらい苦かった。


 だが。


「苦味以外は、問題ないように思う」

「じゃあ…」

「ああ。クリミアに飲ませるぞ」

「はいっ!」


 普通であれば、何故治し方を知っているのか?何故今まで言わなかったのか?

 と、聞いてきそうなものだ。

 しかし、ミスティは聞かない。

 知っていたことも、話さなかったことも、どうでもいいのだ。


 ミスティにとって大切なのは、クリミアを助けられるかどうか。

 この一点だけなのだ。


 クリミアに薬を飲ませるのは、ミスティの役目だ。


 もし、運命が存在しているのであれば。

 この一瞬の為だけに、俺は二人と出会ったのだろう。


 ミスティはクリミアを抱き抱え、その口にコップを近づける。

 意識のない相手に、何かを飲ませるのは至難の業だ。


「クリミア様…お願い…飲んで…」


 苦戦するミスティは、今にも泣きそうになりながらも、願った。


 ゴクッ


 その時、クリミアの喉が小さく動いた。

 神にミスティの祈りが届いたのだ。



 さあ。クリミア。後はお前が起きれば、俺達の出会いが運命となる。


 薬湯を飲んだクリミアは、呼吸が安定した。

 後は熱が下がってくれればいいのだが。


 その日、クリミアが目覚める事はなかった。

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