旅は道連れ
明けましておめでとう御座います。
本年もよろしくお願いします。
「行ってきます」
朝、涙を堪えられなかったロザンに見送られ、俺たちはバラッドの街を出立した。
旅の始まりは言葉少なだったクリミアだが、街から離れるとすぐに色々なモノに興味を惹かれ、饒舌に話し出した。
俺がこの依頼を受けた対外的な理由は、報酬にある。
しかしその実、二つの大きな理由が存在していることを俺は誰にも話してはいなかった。
一つ目の理由は、この国での使徒探しが行き詰まったら、どうせ大森林に向かうつもりだったので、手間が省けるというもの。
二つ目の理由は、このクリミアを一目見た後、行き先がユグドラシルとなったので、点が線で繋がったことにあった。
※クリミア・バラッド 13歳 女 人族
体力…11
魔力…18
腕力…10
脚力…9
物理耐性…198
魔力耐性…211
思考力…91
病魔『キルジルエンド』に冒されている。
このキルジルエンドを鑑定を使いながら注視すると、こう出た。
※キルジルエンド 病魔
身体を活性化するはずの魔力路に障害が出来る病。
治療方法は新鮮なユグドラシルの葉を煎じ飲むこと。
と、いう事が、出会った当初に発覚した。
俺がロザンや本人に伝えていない理由は、そこまでクリミアが到達出来るかわからないからだ。
新鮮な葉ということは、俺が取って持って帰ってもダメなのかもしれない。
以上の理由から、二人に伝える事はしていなかった。
そして、依頼を受ける理由の半分とは言えないが、大きな理由になったのだった。
「今日はあの町で休もう」
旅の初夜。クリミアの体調を考えるのであれば、なるべく野営は避けたい。
そう考えて作り上げた旅の旅程表。
そこの初めに記されている町に、目視で確認できる距離まで近づく事が出来た。
「えっ!?町!?どこですか!?」
「お嬢様。進行方向正面にございます」
クリミアは背負われているから見えないのだ。
俺は安全を確認すると、気を利かせ後ろ向きに歩いた。
「わあっ!石の壁ではなく、木の壁ですっ!あっ。シャルさん。ありがとうございました」
「気にするな。俺は後ろ向きでも走れる」
「えっ!?」
こんな事で喜んで貰えるのなら、もう少しサービスしよう。
「きゃあっ!!凄いっ!凄いですっ!」
「お、お待ちをっ!!」
病に冒されてからは、走ったこともなかったのだろう。
クリミアは忘れてしまっていた風を切る爽快感にはしゃぎ、ミスティは置いて行かれたことに焦っていた。
町の門を守る守衛は、俺の金ランクプレートに少し驚き、クリミアの身分に腰を抜かして驚いていた。
確かに、お貴族様のご令嬢とは思えない登場の仕方だもんな。
その日は、別々の部屋で休むことになった。
あれから十日の時が経ち、俺達の旅は遂に本格的な旅へと変わっていた。
「ありがとうございます」
ミスティが礼を伝えてきた。
「ありがとうございます。こうして野営の間に、温かいお湯で身体を洗えるとは思ってもいませんでした」
「魔法は得意だからな。これくらいなんて事はない」
ここは山の中。大自然のど真ん中で湯浴みをするという贅沢に、クリミアは恥ずかしさを忘れご満悦のようだ。
もちろん俺は二人に背を向けて、辺りを警戒している。
近くに魔物の気配も人の気配もないので、時間潰しも兼ねて、俺はポケットから手鏡を取り出し、鑑定を行った。
※ シャルル・ド・レーガン 18歳 男 人族
体力…2954→4200
魔力…2756→4000
腕力…459→482
脚力…475→504
物理耐性…3182→4200
魔力耐性…3859→4000
思考力…257→259
装備
※神剣ゴッド・イーター 剣
ユーピテルの使徒(鑑定■)プルートーの印
ステータスが三度カンストしてしまった。
旅の準備期間に張り切って呪物を使ったのが原因だ。
原因とか言っているから変人に思われてしまうのだろうな。
普通は強くなれた事を喜ぶべきなのだろう。
魔力が突出するという読みはここにきて外れてしまったが、恐らくこれはガゼットのステータスに起因した伸びなのだろう。
ガゼットはフィジカル寄りのステータスだったからな。
それにしては魔力の伸びも大きいのが気になるが、考えてもサンプルが少な過ぎて、俺に答えが導き出せるとは思えない。
そんな事を考えていると、どうやら二人の湯浴みが終わったようだ。
「ありがとうございました。大変良いお湯でした」
「ありがとうございました。残り湯で申し訳ないですが、温まってくださいね」
ミスティは相変わらず堅いが、職業柄仕方がないことだ。
この旅を通して、クリミアは随分と俺に慣れてくれた。いや、懐いたというべきか?よくわからん。
「まだまだ夏真っ盛りだから、少し温いくらいが丁度いい。二人は見えるところにいるんだぞ?」
「「はいっ」」
良い返事だ。
俺は魔法で拵えた湯船へと浸かった。
この湯船だが、材料はただの土だ。
それを魔法で圧縮し、火魔法で炙ってみた。
丁度加減が良かったのか、陶器のような肌触りの湯船が完成したのだ。
後は魔法で地中や大気中から水を集め、それを陶器風呂に入れ、魔法で温めれば湯船の完成だ。
「ふぅ…露天風呂とは贅沢だな…」
贅沢だが、この湯船はここに捨て置かねばならない。
俺は名残惜しさを残さないように、この日は普段よりも少し長風呂をするのであった。
「ここからが大森林になる」
山や森を歩き続けた俺達は、遂に東の大陸の大森林へと辿り着いた。
といっても、木々が立派になったくらいで、これまでの道中とそこまでの違いはないが。
「バラッドの街を出て、ひと月ほど掛かりましたが、漸く着きましたね」
「シャルさん。ありがとうございます」
「礼を言うのは、まだまだ先だ。それに帰るまでが旅だからな?」
ここまでクリミアは頑張っていた。
途中体調を崩すことはあったが、ロザンから預かっていた薬のお陰で、最悪なことにはならずに済んだ。
その薬ももうない。
別に伯爵がケチったわけでも、準備不足といったわけでもない。
単純にその薬の供給量が少なかったためだ。
病自体が特殊で、それを緩和させることしかできない薬だが、王国中から集めても、気休め程度の量しか手に入れられなかったのだ。
「…そうですね。帰るまでがんばります」
クリミアは自信なさげに応えた。
確かにもう一度体調を崩せば、治るまでジッとしておかなければならない。
治ればいいが、そこまで体力が持つかはわからないのだ。
「そうだ。俺の情報に誤りがなければ、エルフ達はこの大森林の中心にあるユグドラシルの木を守るように集落を形成しているはずだ」
中央大陸と同じだとは限らない。
つまり、エルフが住んでいるのかは行ってみるまで、わからないのだ。
だが、ユグドラシルが存在しているのは間違いない。
最悪は病気だけでも……ん?
エルフがいない方がいいんじゃないか?
病気が治れば、また次の機会が待てる。ロザンも大喜びだろう。
まぁ、どうせ行くんだ。行ってみればわかることか。
「わあ。楽しみですっ!」
「クリミア様。もう少し頑張りましょうね」
流石にここまで三人での生活が続くと、ミスティの言葉遣いも少し変化してきたな。
「さて。さっきも言ったが、ここからはいつエルフと遭遇してもおかしくない。気をつけて進むぞ」
「はい」「お願いしますっ!」
使徒が出るか、何か別のものが出るのか。
両方は勘弁して欲しいな……出来る事ならば、クリミアを治してからにして欲しい。
そんな想いを残し、俺達は大森林の奥地へと進んで行く。
大森林に入り四日目。遂に…起きては欲しくなかった事が起きた。
「クリミア様っ!大丈夫です!私が側にいます!」
「うっ…ふぅ…ふぅ…」
クリミアが痛みを訴えたのだ。
前回もそうだったが、今回はそれを和らげる薬がない。
「この後はどうなるんだ?」
ミスティもクリミアの母が死んだ時を知っている。
「…この後は、高熱がでます。それが引けば大丈夫なのですが……」
痛みを緩和出来なければ、昏睡状態に陥り、高熱が出るのか。
問題は熱が引かなかった時。
恐らく病に抵抗する体力が尽きる、ということなのだろう。
「ミスティ。少し離れる。クリミアを守れるな?」
「えっ。はいっ!この命に代えましても!」
本来であれば、この選択はあり得ない。
しかし、事は一刻を争うのだ。
クリミアが今回を乗り越えられれば良いが、ここには身体を休められるベッドも、雨風を凌げる屋敷もない。
これはクリミアの体力が保たないと考えた方が良さそうだ。
俺は『旅の間、二人は俺から離れるな』という約束を、自ら破ることに決めた。
エルフに見つからないようにと、抑えていた魔力圏を全開に広げる。
この付近には何もいない。
「半刻で戻る。それまで頼んだぞ」
「はい」
ミスティは二十歳の女性だ。
何が出るかわからない知らない森に残される事は、恐怖そのもののはず。
だけど、クリミアを守るために恐怖を呑み込み、深く頷いてくれた。
俺が何をするのかも伝えていないのに。
この信頼には、絶対に応えたい。
俺は方角だけを頼りに、大森林を死に物狂いで駆けて行った。