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恥部を曝け出せ

 





 依頼を受けることにはなったが、未だに俺は伯爵邸に留まっていた。

 旅に出られない理由は一つ。

 この血の繋がりのない姉妹に、訓練をさせていたからだ。


「どうでしょうか?」


 ミスティは息を乱すことなく、俺が与えた課題を熟す事が出来るようになった。


 ミスティに与えた課題とは、重い荷を背負い、長距離を走破するというもの。


 この旅には三人しか向かわない。

 つまり、荷物を持つ者は二人だけということ。

 俺は重いだけであればいくらでも持てるが、サイズまではそうはいかない。

 それに俺の両手が塞がるのは危険が増えるから、ミスティも荷物を持たなければならないことになる。


 ちなみに俺の持つ荷物の中身は、殆どがクリミアだ。


 俺は背中に背負子(しょいこ)と呼ばれる物を装着し、そこに俺と背を合わせる形でクリミアが乗る。

 背負子の側面となる両側には多少の荷は積めるが、女性二人分の生活用品は望めない。


 だから、ミスティに訓練をさせたのだ。


「どうだ?痛くはなくなったか?」

「…は、い」


 恐らく顔を真っ赤に染めているだろうクリミアは、消えそうなほどの小さな声で答えた。


 背負子には地球のサスペンションのようなものはついていない。

 となると、乗っているクリミアの尻に、全ての重みがかかってしまうことになる。


 まぁ…ケツが痛くなったんだ。


 今は柔らかい座布団のようなものが備えられ、クリミアも背負子に漸く慣れてくれた。


「これで旅に出られますか?」

「いや、一番難しい課題がまだ残っている」

「えっ…それは?何でもやりますっ!」


 尻が痛かったことを恥ずかしくて我慢していたクリミアに、それが出来るだろうか?


「俺たちが目指すのはどこだ?」


 俺は伯爵邸の中庭で、二人に問う。


「エルフの村です」「はい。お嬢様の仰られる通りにございます」

「そうだ。そして、そこに行くためにはどんな道中になると思う?」


 尚も問いを続ける。


「それは…恐らく道無き道や野宿などの道のりになると考えます」

「そうだ。では、そこで困る事とはなんだ?」

「それは…」


 クリミアは言葉に詰まる。

 ずっとベッドの上で過ごしてきたのだ。わからなくとも仕方のない事。

 対するミスティは口を開いた。


「湯浴み…いえ、水浴びが出来なくなる事でしょうか?」

「いや、水浴びも湯浴みも出来る。だが、正解に近いぞ」

「えっと…すみません。わかりません」


 水浴びも湯浴みも、俺が魔法を使えば簡単に出来る。

 しかし、問題はそこではない。その行為そのものにある。


「二人には、俺の前で裸になってもらう。後、用を足すときも近くにいる。それに慣れる事が最後の課題だ」

「「えっ!!?」」


 予期していないことだったのだろう。

 だが、直前になり、やっぱり恥ずかしいからは許されない。


 用を足す時など、人が一番無防備になる時だ。女性は裸の時もな。

 それに慣れるまでは、出立する事はできない。


「いいか?恥ずかしいのはわかる。だが、クリミアを病以外で死なす気は、俺にはないから譲らないぞ」

「わかりました。脱ぎます」


 そういうや否や、クリミアに見本を見せる為に、顔を真っ赤に染めたミスティが服を脱ぎ始めた。


「待て待てっ!別にここで脱げと言ったわけではないっ!早まるなっ!」


 焦った…伯爵邸の中庭で脱げば、多くの人の目についてしまう。

 俺にだけ恥ずかしがらなくなればいいのだから、ここで脱ぐ必要はないんだ。


 もちろんこの事は、ロザンには伝えてある。

 渋い顔をしたものの、俺にそんな趣味がないと理解してくれたのか、悩んだ末に頷いてくれた。


 ちなみにロザンの妻は、すでに亡くなっている。

 クリミアと同じ病だったようだ。


 俺は顔が真っ赤なクリミアと覚悟を決めた顔つきのメイドを伴い、屋敷の中へと入っていくのであった。




 羞恥心を無くすに一番手っ取り早いのは、慣れだ。


 俺の背後からは布が擦れる音と、水の音が聞こえる。


「トラブルがあれば見る事はあるだろうが、基本俺は二人に背を向けている。どうだ?洗えそうか?」


 旅の最中に行える湯浴みは、身体を拭く清拭くらいのものだ。

 二人に順にそれを行ってもらうよりも、同時にしてもらった方が、俺は楽になる。

 だから、今こうして、同じ室内で二人には身体を拭いて貰っている。


「はぃ…やはり恥ずかしいですが…問題ないです」

「お嬢様のお身体に恥ずかしいところなど存在しません」


 ミスティさん。何言っちゃってんの?


「次はトイレについて行くが、それも恥ずかしいことではない。恥ずかしがって出すものも出さなければ、それで体調を崩しかねん。俺のいる前で用が足せるようになるまでは旅には出ないから。そのつもりでいろよ」

「はぃぃ…」

「すぐに出します」


 ミスティは問題なさそうだ。張り切っているところ悪いが、張り切ることでもないのだが……まぁいい。


「拭けました」「お、終わりました…」

「よし。次は俺の番だな。別に見たければ見ればいいが、俺の清拭中も二人から離れるつもりはないから、それにも慣れてくれ」


 俺は元々恥ずかしくはない。

 貴族として生まれたからには、メイドに身体を拭かれるのは当たり前だからな。


 これは二人に異性を慣れてもらう訓練だ。

 異性になれるというよりも、俺に慣れるというのが正解か。


 身体を拭き終えた後は、トイレに向かった。


 ミスティが手本を見せると言わんばかりにさっさと終わらせたが、クリミアはやはり出すまでに相応の時間が掛かっていた。


「失敗でしょうか…?」


 部屋に戻った後、恐る恐る聞いてくるクリミア。

 顔は羞恥で真っ赤になったり、不安で白くなったりと忙しい。


「問題ない。時間は掛かってもいいんだ。出せたら合格だ」

「ということはっ!!?」

「ああ。これでいつでも出立出来る」


 やったぁ!

 クリミアの部屋に、年相応の可愛らしい声が鳴り響いた。


 ちなみに呼び方は呼び捨てで構わないと言われた。

 向こうはシャルさんとシャル様呼びだ。


 さて。準備は出来たが、問題はまだまだある。

 その問題の中で、一番悩ましいものを相談するために、俺はロザンの部屋を訪れることにした。



 二人と別れて屋敷を彷徨う事数分。ロザンの部屋の前に辿り着いた。


 コンコンッ

「はい」

「シャルだ。話がある」

「どうぞ」


 ガチャ


 ノックの後入室すると、そこにはソファで寛いでいるロザンの姿があった。


「休んでいるところ済まない」

「いいえ。それよりどうしました?」

「旅に出る準備が整ったことの報告と、相談だ」


 ロザンは伯爵を継ぐために、今は捨てた時間を取り戻すように、寝る間を惜しんで勉学に励んでいる。

 自分の努力の邪魔をされるのが嫌なので、他人の努力の邪魔もしたくはないが、こればかりは相談させてもらうことに。


「…そうですか」


 やはり本心では、旅に出したくないのだろう。ロザンは何とも言えない表情で返事をした。


「それで…相談ですか?」

「ああ。クリミアの病状についてのことだ」


 ロザンは同じ病の者を既に一人看取っている。この病は珍しい病で、それなら医師に聞くよりもアテになっているかもしれないと思い、相談を持ちかけた。


「どれくらい生きられそうだ?」


 酷なことだが、聞いておかなければならない。


「…後、一年ほどでしょう。ですが、それはベッドで安静にしていれば、の話です」

「やはり動くのは良くないのか」

「全てに悪いかはわかりません。ですが、妻は動いた後寝込む事が多かったのも事実です」


 若いから何とかなる。といったものでもないしな。

 幼き頃よりの病。

 まさにレイチェル姫に相談したいことだ。それが叶うのなら。


「もう一度依頼内容を確認しよう」

「はい」

「俺は護衛兼案内人として、旅を補助する。依頼の達成条件は()()()()こと。これで間違いないな?」


 そう。依頼は出立した時点で半ば達成される。

 理由としては、クリミアがいつ死んでもおかしくないからだ。

 伯爵もロザンもそれには納得している。それどころか、こちらが引き受けやすいように、向こうからこの条件を伝えてきたくらいだ。


「はい。……ですが…っ」


 ロザンの声が詰まる。俺が親しい相手ならば、その涙を堪える事は出来なかったかもしれない。


「わかっている。出来る限り安全に、そして早く依頼を達成して帰ってくるつもりだ。クリミアを連れてな」

「は、…い……お願いしま…す」


 娘の夢の為、自身が看取れない可能性を受け入れようとしている。

 俺がロザンの立場なら、同じ事が出来るだろうか?


 強さとは何なのだろう。

 昔からわからなかったが、最近人を亡くすことが増え、余計にわからなくなってしまった。


 ただ言えることは……

 この親子は強い。

 俺などよりも、遥かに……


 準備は整った。

 さあ。旅に出ようか。

良いお年をお迎えください。

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