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伯爵の依頼

 




「こちらです」


 伯爵邸にまんまと連れて来られた後、案内されたのは応接室であった。

 扉の先は高そうな調度品が品良く並べられていて、中央には応接セットであろうソファとテーブルがあった。


「ただ今お茶を持って来させますので、こちらにお掛けになりお待ちください」

「ああ…」


 情けない……話術に乗せられたのもそうだが、報酬に釣られた事が情けなかった。

『伯爵家の家宝は難しいですが、それ以外のものであれば、私がお館様を説得してみせますのでっ!』


 伯爵の使い、ロザンと名乗った男は、俺に対して白紙の小切手まで切ったのだ。


 ユーピテル様から授かった鑑定という権能。その力を遺憾なく発揮出来る機会はそうそうない。

 伯爵家にどれだけのものがあるのかは知らないが、ここは大きな街なので期待は膨らむというもの。


 ユーピテル様が俺の為に残した古代遺物が()()()()という言い訳の元、ここまで着いて来てしまったというわけであった。


 まぁ…実際のところ、依頼内容とロザンという男が気になったから着いて来たのだがな。


 ※ロザン・フォン・バラッド 36歳 男 人族


 鑑定にはこう出ていた。つまりあの男は伯爵の使いなどではなく、伯爵家の者ということだ。

 当主が別の者で、ロザンが使いっ走りにされていれば嘘ではないが、どちらにしても嘘に近いことを態々してまで伯爵家の者が依頼したい事とは何なのかと、気になったんだ。


「お待たせしました。バラッド伯爵です」


 扉が開き、中に入って来たのは、ロザンと老年の男性だった。


「確かに若いな…」

「父上、若くとも(ゴールド)ランクです」

「うむ。よく来てくれた。ワシはシュナイダー・フォン・バラッド。名を聞かせてくれ」


 ロザンももう隠す気はないようだな。


 バラッド伯爵は金髪のロザンと違い、青髪に白髪が混ざった髪をしていた。

 鑑定によると年は58と出ている。


「金ランク冒険者のシャルだ」


 何度も言うが、冒険者は自由だ。

 貴族に会っても好きに対応すればいい。

 繋がりを持ちたいのであれば下手に出るも良し、そうでないなら普段通りに接しても良い。


 その代わり、貴族に嫌われてもギルドは助けてくれない。


 高ランク冒険者が強いのは周知の事実なので、貴族も理由なく喧嘩を売ったりはしないが。

 それでも虚勢や見栄で生きている貴族は少なくないから、なるべく穏便に過ごすのが普通でもある。


 俺?俺は頼み事をされている立場だからな。気にしたら負けだ。

 それに俺が膝をつく相手は、ユーピテル様以外でもすでに決まっているからな。


「シャルか。歳はいくつになる?」

「それは必要な質問か?」


 俺はお喋りに来たわけじゃないんだぞ?


「シャル殿。答えていただけませんか?」

「……21だ」


 ロザンに懇願されたので、渋々答えた。

 実際は18だが、登録しているのは21だからな。



「うむ。問題なさそうだな。では、話を続けよう」

「年齢が関係するのか?」

「あまり歳上では、孫娘が可哀想なのでな」


 何の話だ?依頼内容に関係するのか?


「孫娘を連れて、旅に出て欲しい」


 ……聞かされていた話とは随分と違うぞ?

 そうロザンを睨むが、ロザンは俺に頭を下げていて気付かない。


『護衛依頼です』


 そうギルドで聞かされていた。…確かに貴族の子女を連れて旅に出ても護衛依頼か。

 …いや、違うよな?

 護衛は旅でもするが、ニュアンスがかなり違うように感じる。

 詳しく聞かないとわからないが、恐らく旅の全てを任せようとしていないだろうか?


「旅?護衛依頼だったはずだが?」

「護衛依頼か…強ち間違いではないが、詳しく話そう」


 間違い()()ないという時は、間違っている時だろう?

 まぁ…聞けばわかるか。


「孫娘は病魔に冒されておる」


 は?じゃあ尚更旅に連れ出す意味がないだろう?

 というか、連れて行けないのではないのか?


「病名は『キルジルエンド』。わかりやすくいうならば、不治の病だ」


 治らない…いや、伯爵家の力を持ってしても治せないというわけか。


「八方手を尽くした。南に良薬があると聞けば使いを走らせ、北に凄腕の治癒師がいると聞けば手紙を(したた)めた。

 しかし、誰にも、どうすることも、出来ぬと…」

「俺も医術には疎い。力になれそうもない」

「わかっておる。如何に人外の力を持っていると言われておる高ランク冒険者であっても、この病気は治せぬ」


 恐らく、以前治療に躍起になっていた時には、高ランク冒険者にも縋ったんだろうな。


「シャル殿…お願いします…娘の…クリミアの最期の願いを叶えてくれませんか?」

「待て。まさかその願いとは、旅がしたいというものなのか?」

「はい…。幼き頃より病魔にその小さな身体を蝕まれて来たクリミアは、いつもベッドの上で本を読んでいました。

 その中でも好きだったのが、冒険記や英雄譚でした。

 娘はいつも言っていました。『病気が治ったら、お父様と一緒に旅に出るのが夢ですっ!』と。

 しかし、最近知ってしまったのです。自分の病が不治の病であることを」


 なるほどな。それで娘の願いは『病気が治ったら』ではなく、『死ぬ前に』へと変わったのだな。


「理由はわかった。だが、断る」

「そ、そんなっ!後生ですっ!何卒っ!何卒っ!」


 色々とおかしなところがある。

 その一つが、温度差だ。


 ロザンの行動と言動は、まさに藁にもすがるといったもの。

 対するバラッド伯爵は、丸で仕事のように淡々としている。


 この二人の違いは…なんだ?


「何が望みだ?」


 ロザンの心に訴えかけるモノとは異なり、バラッド伯爵は理に訴えかけようとしてきた。


「父上っ!」「ロザン。黙っておれ」「は…い」


「シャルよ。人には多かれ少なかれ望みがある。其方の望みを言え。伯爵であるワシに叶えられぬモノは、お主が思うより少ないぞ?」


 うーん。報酬なぁ…確かに古代遺物が出てきたら……


「俺は骨董の趣味があってな」

「うむ。伯爵家の宝物庫を覗く許可を出そう」


 やはり、温度差があるな……

 まぁいい。

 受ける受けないは別としても、高位貴族家の宝物庫は覗いてみたいからな。


「ロザン。案内しなさい」

「わかりました。シャル殿、こちらへ」


 ロザンは伯爵にそう答えた後、ソファから立ち上がり、俺を連れて部屋の外へと向かった。


 部屋を出て暫くすると、俺の方から話しかけることに。


「立ち入った事を聞くが、父親と上手くいっていないのか?」

「はは…やはり、わかりますか」


 二人の温度差は明らか。例え娘と孫娘という違いはあれど、家族のことなのにな。


「伯爵はロザンの事になると感情を出すが、孫娘の事になると急に淡白になったからな」

「…はい。それもお話ししなければなりません。ですが、先ずは依頼を受けて頂けるほどの物があるのか、見てください」


 こちらです。

 そう言って案内したのは、鉄の扉の前だった。


 ※血の扉

 この扉を開くには、登録してある者と血縁関係がないと開くことはできない。


 魔導具か。

 ロザンは針で指先を傷つけると、指先に浮かんできた血の玉を扉につけた。


 ガチャ


「どうぞ」


 扉が開くと中へと促してきたので、遠慮なく入らせてもらうことに。


「金銀財宝でも詰まっているのかと思ったが…意外にも…」

「ははっ。貨幣などは別の所にしまっていますよ。ここにあるのは伯爵家が代々受け継いできたものです。ですので、少しカビ臭いでしょう?」


 カビ臭いかは置いておいて、確かに彩りは華やかでは無かった。

 中には宝石類もあるにはあるが、恐らく歴史的に価値があるものなのだからだろう。その輝きは失われつつあるものが多い。


「暫く見させてもらっても?」

「勿論です。シャル殿の欲しいものがあれば良いのですが…」


 ロザンには娘の願いが掛かっている。

 祈るようにこちらを見つめてくるが、俺を見てもどうしようもない。


 そんな事は百も承知なのだろうが、祈らずにはいられないのだろうな。




 結論から言おう。俺の欲するモノはあった。

 それが神具ではなかったのは残念だが、それでも俺にとっては有用なもので間違いなかった。


「ではっ!依頼を受けていただけるとっ!?」

「それは詳しく話を聞いてからだ。俺も暇じゃないのでな。半年も掛かる依頼であれば断るしかない」


 仮にそれが神具であれば、半年どころか一年掛かる依頼でも欲しい。

 しかし見つけた古代遺物は、有限な時間を半年も費やす程のものではなかった。


「わかりました。では、先ほどの部屋へと戻りましょう。そこで全てを話します」

「頼む」


 ここ、アルテスミス王国へ来てから半月余り。未だ使徒の情報は手に入れられていない。

 しかし、ここに来て俺の助けになるであろうモノを一つ見つける事が出来た。


 依頼内容によっては手にする事は叶わないが、ずっと無駄足を喰らってきたこれまでの事を思えば……マシなんじゃないかと……


 季節は夏真っ盛り。

 短い生涯を謳歌する虫の声を聞きながら、娘の為に平民にすら頭を下げる男の背を追い、長い廊下を歩んでいった。

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