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幸福な結末と寂しい結末

 





「むぅ…敗れたか…」


 人外の戦いを見ていたロイド・ザルートは、結末を見届けると、二人の元へとゆっくりと向かっていく。


 そんなロイドはある種の満足感を得ていた。

 シャルが敗れた事は残念に思うものの、一武人として、最高峰の戦いをその目で見られたのだから。


 二人は死力を尽くし、ロイドの目から見てもフェアな争いだった。


「貸した金以上のものだった…せめて亡骸はワシが丁重に(おく)ろうぞ」


 ロイドの目には、随分昔に枯れたはずの涙が浮かんでいた。それは友を失った哀しさからか、それとも、自身には決して辿り着けない強さがあると悟ってしまったからなのか。

 その真意は、本人にしかわからないままだった。




「誰だ?悪いが依頼なら他を当たってくれ。今はそんな気分じゃないんだ」


 倒れ伏すシャルのそばに立つガゼットは、急な来訪者に向けて、そう言葉を告げた。


「その者はワシの仲間だ」

「…仇討ちか?」

「いや。見事な戦いだった。公平で素晴らしい戦いに水を差すような真似はせんよ」


 現れたのは中年男性であるロイドだった。


「アンタも使徒か?」

「違う。ただの金ランク冒険者だ。友の亡骸を預かりに来た。良いな?」

「そうか。だが、その願いは叶えられないぞ」


 むっ。

 ガゼットの言葉に、ロイドは反射的に身構えるも、自身がどうこう出来る相手ではないと思い直し、この場から逃げられるか算段する。


「勘違いするな。シャルとかいうその男は、死んでいない」

「何っ!?」


 ロイドはその言葉に驚くも、反射的にシャルの元へと駆け寄り、心拍を確かめた。


「本当…だ。生きておる…シャルっ…生きておるぞっ!」

「アンタのような武人が、涙を流す程の男だったか。俺も快楽殺人者じゃないからな。シャルが頑丈で良かったよ」

「…しかし、予断は許さぬ。手当しても?」


 その言葉にガゼットは頷く。

 それを見て、ロイドは色々な事に気がついた。

 この男がこの場を離れなかったのは、シャルが魔物に襲われないようにする為だと。

 そして、迂闊に動かしては拙いほどの傷をシャルが負っていることにも気付いていたのだ。




「これが精一杯だ…」


 ロイドの所持品では、傷付いた内臓までは完全に治せなかった。

 しかし、破れた内蔵は形を取り戻す事が出来た。

 折れた骨は自然に任せる他ない。


「経口タイプの魔法薬か。貴重品だぜ?」

「そうだ。この男の命からすれば、安いものよ」


 外傷を治す魔法薬は大量に生産されている為、比較的安価な値段で手に入れられる。もちろん品質や効力により値段に幅はあるものの。


 しかし、臓器破裂などの内傷に効く魔法薬はそもそもの流通量が少なく、それに伴い値段も跳ね上がる。


 少ない理由としては、基本は治療が間に合わないからだ。

 需要が少ない治療薬は生産も少なく、必然的に高くなる。

 材料も元々希少なことから、値段は指数関数的に跳ね上がり、粗悪品ですら白金貨一枚以上はすると言われている。


 命大事にがモットーでもある熟練の冒険者の切り札を、ロイドは躊躇なくシャルへと使用した。


 それから十分ほど後。


「うっ…」


 呻き声と共にシャルがその目を開いた。


「俺、は、死んだ、はずじゃ…?」


 常人であれば、治療が間に合わず死んでいただろう。

 そんな重症を負いながらも、使徒として培ってきた耐性系の恩恵を発揮し、シャルは死の淵から目を覚ました。


「このおっさんに感謝するんだぜ?貴重な魔法薬をシャルに惜しげもなく使っていたからな」

「何。此奴の借金に比べれば安いものよ」

「ど、どういうことだ…?」


 目を覚ましたばかりのシャルは混乱していた。


 気を失うまで命の取り合いをしていたはずの相手と、気の許す仲間であるはずのロイドが楽しく談笑していたのだ。

 驚くのも頷けるというもの。


 二分ほどの説明を二人から受け、漸く事態を飲み込む事が出来たシャルは、ガゼットへと話しかけた。


「何故殺さない…使徒であれば…それが目的だろう?」

「俺は使徒だけどよ、何もかもお前らと同じってワケじゃねーんだよ。マールス様も何も言わなかったしな」

「…そうか。元より俺に降参する気はないが……それでも見逃すと?」


 使徒同士の争いの決着は、どちらかの死か、明白な降参のみ。

 そんなシャルの常識は、ガゼットに通用しなかった。


「見逃す?馬鹿言えよ。シャルが今より強くなったら、また戦うぞ!これは譲らねーからなっ!」

「……何なんだ、お前は」

「あん?俺はガゼット様よ!次は簡単に倒れるなよな!」


 シャルは気が抜けた。

 自身が気を張り詰めて戦った相手が、あまりにも純粋だったからだ。

『世の中には、自分の理解を超えたモノがある』

 まさにガゼットは、周りから変人扱いされていたシャルを持ってしても、計り知れない相手だったのだ。


 シャルは理解する事を諦め、今は命拾いした事を素直に受け取り、気を緩めた。

 その時。


 死神は唐突に現れたのだ。


「ん?決着が着いたのかな?」


 誰も気付けなかった。

 気の緩んだシャルは当然として、強い魔物に警戒していたロイドも。

 何よりも人外の存在であるガゼットすらも、そのモノの接近に全く気づけなかった。


 言葉を発したモノは、見た目上おかしな点は見られなかった。

 立ち姿は人そのもの。身長は175くらいと、シャルやガゼットより少し低く、ロイドよりも少し高いくらいだ。


 そのモノは黒の外套を纏い、目深にフードを被っていた。


「誰だよアンタ?悪いが今は取り込み中なんだ。どっか行ってくれ」

「ふむ。君はマールスの匂いがするね。そこの倒れているのは…ユーピテルかな?ハーフの君は普通の人だね」


 そのモノの台詞に、三人に緊張が走った。


「おっさん!シャルを連れて離れろっ!」

「っ!!了解したっ!」


 いくら治療したからといって、シャルは満足に動く事が出来ない。

 ガゼットは新手の使徒だと思い、咄嗟の指示を飛ばして臨戦態勢を取った。


 ロイドはその言葉にすぐ様応え、シャルを担ぐとその場を離れた。


「お前、使徒だな!?」


 ガゼットはそのモノに問う。


「そんな矮小な存在じゃないよ。残念ながらね」

(何だコイツは…何も感じねぇ…)


 使徒ではないと答えたからといって、ガゼットに油断はなかった。


「仲良くしようって感じじゃねーのはわかるぞ?」

「つれないね。私は仲良くしたかったんだけど…無理強いをするつもりはないから、残念だけど死んでもらおうかな」


 そのモノの言葉が引き金となり、戦いの火蓋は切って落とされた。




 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼


 痛い…苦しい……

 ん?楽になってきたな……


 暗闇の中、痛みと苦しみが延々と続いていた。

 しかし、突如として、その痛みと苦しみが緩和されていく。

 まさか…死なないよな?


 そんな風に考えた瞬間、意識が急速に覚醒へと向かっていく。


「うっ…」


 眩暈がする……なんだ?何が起きた?


 体の不調も含めて何もかもがわからないが、目は開きそうだ。

 俺は瞼に力を込めて、その両の目を開いた。

 そこに映ったのは……


「どういうことだ?」


 何故、ガゼットと爺さんが仲良く談笑しているんだ?


「気付いたか。このおっさんに感謝するんだぜ?」


 そこには先程の鬼気迫る表情からは想像も出来ないほどの、優しい眼差しを向ける青年が居た。

 誰だよ……いや、わかってはいるのだが、理解が……


 二人から説明を受けても納得できなかった。

 が、生きていれば良し。

 身体が癒えたらまた別の使徒を探そう。


 そう前向きに考えられるまでになった時、ソレは突如として現れた。


「ん?決着が着いたのかな?」


 なに!?

 いくら大怪我をしているとはいえ、全く気付かないことなどあり得るのか?


 不気味な来訪者はこちらを無視して、独り言のような会話を続ける。


 っ!!?


 鑑定が弾かれた!?

 馬鹿な…神から与えられた権能だぞ!?


「おっさん!シャルを連れて離れろっ!」


 ガゼットは爺さんに指示して、俺を引き離した。


「ま、拙い…」

「なんだ!?話は後にするのだ!」

「奴は…使徒なんかじゃない…」


 俺は爺さんに抱えられ、ガゼットとナニカから離される。


「じ、爺さん…」

「なんだ!?そもそもワシは爺さんでは…」

「降ろせ…」


 俺はナニカの正体に気付き、爺さんを止める。


「何を!彼奴は化け物であろう?!ワシらは邪魔なだけだ!」

「いいから降ろせっ!」


 ビクッ

 俺が怒鳴った事により、爺さんは驚き足を止めた。


「どうしたのだ?」

「アイツは使徒なんかじゃない」

「何?知っておるのか?」


 爺さんはこの短い間に、ガゼット達から大きく距離を取っていた。

 その場に俺を降ろしてくれたので、話を続ける。


「アレは恐らく…裏の世界の神…」

「神だと…?」


 普通であればこんな世迷言は無視されるだろう。

 だが、爺さんは信じてくれた。

 何せ俺のような使徒と出会っているのも、普通であれば信じられないような不思議な出来事なのだからな。


「ああ…詳しくは省くが、アレが裏の世界の神ならば、逃げても無駄だ。

 それならば、ガゼットがいる今、戦った方がマシというもの」

「うーむ。言わんとしていることは理解したつもりだが…どう戦うのだ?神というのであれば、ワシら人にどうこう出来る存在ではないのではないか?」


「ああ。神ならば勝てないだろうな。だが、神はその身に宿す力が巨大なはずだ。そんなものがこの地に顕現出来るはずもない。竜ですら起きているだけでこの世を滅ぼしてしまうんだ…恐らくアレは、この世に顕現するために用意した依代か、または分体と呼ばれる下位の存在だろう…」


 ユーピテル様から伝えられた事を俺なりに考え、サキの記憶と合わせて導き出した答えだ。


 神がこの地に顕現出来るのであれば、ユーピテル様達はそもそも竜人族やエルフに世界を守るように命じる必要はないはず。

 となれば、神と呼ばれる存在がこの地に顕現するには、何かしらの制約が存在しているはずである。


 それらを踏まえて、サキの記憶にあるモノを精査した結果、アレは依代かはたまた力を大分削ぎ落とした分体のはず。


「だとしても仮にも神であるぞ?どうするのだ?」

「俺には切り札がある。この剣で斬れば…或いは」

「…わかったのだ。お主に賭けよう。動けるな?」


 爺さんは覚悟を決めてくれたようだ。

 その覚悟を折るようで申し訳ないが、俺はその提案を断る。


「ロイド…爺さんは逃げてくれ。アレの目的は俺達使徒のはずだ。爺さん一人なら逃げ切れる」

「馬鹿モンッ!若者を置いて逃げることなど出来るかっ!」


「それでも、逃げてくれ。無駄に死ぬ事はない。それに…足手纏いなんだ。わかってくれ…」


 足手纏いなどではない。

 そこに居てくれるだけで、勇気付けられる仲間だ。

 だけど…俺と一緒に死なせるわけにはいかない。


「………わかったのだ」


 数瞬の迷いの後、爺さんはその場を離れていった。

 残された俺は、身体に喝を入れ、繋がりかけた骨を軋ませながら立ち上がる。


「いてて…ガゼットの奴、たったの一撃で俺の肋骨を何本持っていったんだよ…」


 折れたのは肋骨のみ。

 足と腕は動かすことが出来た。

 しかし、腹部から伝わる痛みが、今は動くなと告げる。


「ここで動かなければ、待つのは明確な死だ。これが終わればしっかり休むから、それまでは壊れてくれるなよ?」


 身体が発する激痛に、思考だけが妙にクリアになっていく。

 俺は既に戦いが始まっている場所を冷静に見据えた。

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