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#263 あっと言う間の脱出劇

「よ……っと」


 とりあえず地面がある事に良かったと思いながら背後を振り返ってみるも、今しがた通ってきたはずの場所も真っ黒に染まってて何も見えないんで手を伸ばしてみたけど、特に消えることも引っ張られる事もなかった。


「さて……これでどうだ?」


 一通りスキルが使えることが確認できたんで、まずは〈収納宮殿〉から封魔剣を取り出して適当に2・3回振り抜いてみたけど消えるような反応はない。効果がないかすでに消えているか。どっちにしても確認できないんでまずは〈万能感知〉だ。


「ふむふむ……分からん」


 そもそも魔法の知識が全くない。一応〈魔導〉にも奴の使った魔法が載ってはいるんだけど、レベルを上げてそれが使用可能にならない限りはどういう魔法か一切分かんないんだよなぁ。前にリリィさんから魔法の知識を教えてもらおうとした事があったんだけど、じっと見られていると言うだけで体液を垂れ流しにしてすぐに抱きついてきたりするんで全く役に立たなかった。

 つまり。この魔法を独力で何とかしないといけない訳で、既に封魔剣で斬り裂いたりできないという事を知り、〈万能感知〉でハチャメチャに広いという事も理解し、その名前から俺をあの世界じゃない別の空間に捕らえたんだろうという所まで把握する事が出来た。

 後は脱出方法を見つけるだけだが、せっかくこんな辛気臭い場所に来たんだ。何となく全力全開で色々やってみたいって意欲がうずうずする。


 魔法の全力。


 斬撃の全力。


 身体能力の全力。


 今まで目覚まし時計以外には加減して生きて来た訳だが、いざ全力を出さなくちゃいかなくなった時に少しでも心得があるのとないのとでは大きな違いになる。そんな時が訪れるのかどうか知らんけど、逆に全力しか出せなくなったりしたらうっかりでアニーやリリィさん達を殺してしまいかねないのは好感度の観点から見てもいただけない。

 なので、さすがに魔法を全力で撃ち込んでこの魔法がぶっ壊れて外にも被害がでる可能性を考慮すれば、出来るのは武術か肉体かの二択――と言ってもここは一番妥当そうな肉体だろ。


「……ど――わぁ!?」


 軽くストレッチをしつつステータスを最大値にあげ、地面なんかどうなろうが知ったこっちゃないと思いっきりスタートを決めた瞬間。身体にぴったりフィットするように壁が現れ、着ていた服やかつらまでもが一瞬の内にバラバラになってしまった。無事だったのはこの絵に描けない美しさのような肢体だけ。

 全方位漆黒だから、あの一瞬でどれだけの距離を走ったのか分からんけど少なくとも慣性に任せて停止するまでそこそこ時間がかかったんで、メートル単位じゃないとは思う。

 次は垂直跳びでもして限界を計ってみよう。もちろん服なんか着ない。どうせ駄目になるだろうし、ここには人の目もないからな。


「せぇ……の! っと」


 本気で地面を蹴って空高く飛び上がってみたが、地面であろう場所にはヒビ1つ入ってないっぽいし、真っすぐ真っすぐ突き進む俺もこの空間も限界はまた訪れないので、非常に暇だ。とりあえず終わるまでひと眠りす――


「ん?」


 突然に身体の浮遊感がなくなって、毛根が弱かったら毛が抜けるんじゃないかってくらいの勢いが一瞬で消え去り、足の裏に地面を踏みしめる感覚が戻って来たぞ。これは一体どういう事なんだろう。

 仮定1.いつの間にか眠ってて記憶が飛んでいる。

 この可能性は無きにしも非ずだと思うものの、俺に立って寝てられるほどの器用さはないし、人間の頭ってのは意外なほど重い。垂直に上がって1ナノのズレもなく落ちて来れればこの体勢も納得できるかもしれんけど、それこそ不可能だ。

 軽くキロ単位の上空からそんな芸当を眠りながらできる訳がない。ステータスどうこうじゃなくて人の構造上として無理だと言っている。となればどう落ちて来るのが正しいのか。詳しくは知らんが間違いなく頭は下のはずだ。なので除外。

 仮定2.無限ループ的な限界点に着いた。

 こっちの方がそれっぽいと思わんかね。魔法である以上はMPを使う訳で、限界ってのは絶対にあると思う訳だよ。俺みたいに常軌を逸した回復力と子供か! って言いたくなるような馬鹿みたいなステータスがあれば別だけど、アイツにはまず無理。

 という事で、特に手掛かりがある訳でもないんでしばらくは仮定2.を前提として行動。某漫画でも見たことがある方法を試してみる前に着替え着替えっと。


「よし。始めるか」


 ただ闇雲に歩き回ったところで、そんな変化にゃ気付けない。まずは〈万能感知〉を全開にしてあらゆる反応がないかどうかを探ってみると、ここからそう遠くない場所に死体の反応が一つ。別に無視してもいいかもしんないけど、何かしらこの魔法について情報が手に入るかもしんない。まぁ……限りなくゼロに近いけどね。

 とりあえず歩き出す方角は決まった。後は本当に仮定があっているのかどうかを確かめる為にしておきたい事があるんだが、まずはその実験として品質の低い剣を創造して足元に突き刺して経過を観さ――


「……よく寝た。と言っていいのかな? この場合」


 気が付いた時。すぐに〈時計〉を確認したら10秒ほどしか経過してなかったが、念のためにと使っていたストップウォッチの方は、実に10時間以上の時間が経過していると表示してるのを見る限り、現実世界での時間経過は皆無と判断していいようだ。

 珍しく労働に次ぐ労働だったから疲れてたんだろうな。床なのか地面なのか分からんが、そこも石ほど固くなくて節々が痛いなんて事もない。大満足とはいかないまでも、睡魔を追い払うという役割はキッチリとこなしてくれた。


「ま。過ぎた事をいちいち反省してもしゃーないからな。さっさと始めるか」


 突き刺していた剣は特に沈み込んだりしていなかったんで、余計にMPを使う事がなくなってよかったなくらいの差しかない。

 そんな訳で、同じ意匠の剣を創造しながら等間隔で地面に突き立てていく。こうすれば、とりあえずその方向にループがあるのかどうかの確認ができる。

 なければ別の方向に向けて歩き出し、4から8。さらには16。32と増やしていけばいずれはあの奇妙な間隔に突き当たるかもしれないし、駄目だったら目印をつけておいた場所で色々考察すればいい。


 ――――――――――


「こんなもんか」


 あれから数時間。とりあえず分かったのは、この空間の広さは大体で50キロくらいの広さがあるという事と、その端までたどり着くとスタート地点に戻されるという事。これは上だろうと横だろうと恐らくは下だろうと変わらない。

 ちなみに死体だけど、昔は貴族だったのか裕福な奴だったのかそこそこいい服と一緒に白骨が転がっていた他には特に何もなかった。そんな死体が10以上点在し、それぞれ数年おきにこの世界の住人となっていたってのが分かったくらいで、後は自らの血で書き上げたと思われる日誌的な紙切れに、やっぱりこの似非魔族はおっさん商爵の部下的な何かの地位に居るって確証が得られたくらいだな。

 さて……ここからだな。とりあえず最果ての地まで近づいて、封魔剣を振り回してみる。手ごたえはないし景色が変わる様子もない。まぁそう簡単に見つかるとも思ってないんで、とりあえず届く範囲をキッチリ計ってから円を描くように外周を歩き、〈剣技〉と〈身体強化〉をフル活用して隙間のない斬撃を繰り出し続ける。

 これであの漫画の通りであれば――


「ビンゴ~ビンゴビンゴッビンゴ~」

「っな!? 馬鹿……な」


 意外と早かったな。俺的にはもうちょい時間がかかるかとも思ってたんだけど、こんなにあっさりと戻って来れるとなるとさすがに拍子抜けするって。

 それに、あっちとこっちの時間の流れは違うおかげで10時間たっぷり寝たはずなのに戦況はほとんど変わり映えしてない。しいて変化を上げるとすれば、ジジイ団長が多少傷だらけになっているってところくらいか。


「なんじゃ。随分と早く出て来たもんじゃなぁ――って!? 何ちゅう格好をしとるんじゃ!」

「お? そう言えばそうだったな」


 最初に服が無残な事になって以降、裸のままだったのをすっかり忘れてた。

 さすがに着替えを待ってくれるほど相手も馬鹿じゃないだろうから、手早くスポブラとボクサーパンツで最低限の身だしなみを整えた。


「いやー。本当ならもう少し早く出て来る予定だったんだけど、うっかり寝ちゃってね。でも、そのおかげで眠気スッキリで超元気。こんな風に」

「くお……っ!?」


 にこやかに似非魔族に斬りかかる。その剣速に反応しようと必死に後退したが、俺の一撃は真空波を生み出すほどなんで、多少下がった程度で避けきれるほど甘いもんじゃない。まぁ……普通に初見殺しだよな。

 つっても、それは表面を撫でるだけで大した効果が見込めるとは最初から思っていない。丁度いい位置に行ってもらうための調節くらいの意味しかない。だから相手も油断しているだろう。


「ジャストタイミング。ってな」


 そうやって吹き飛ばした先。似非魔族の心臓辺りから光の加減によって七色に変わる刀身が飛び出した。

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