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#256 河岸を変えるか……

「何言ってんだお前。誰が街を守るのかなんてのはこの都市に住んでる人間が決める事だ。木っ端部隊長如きが口出ししていい件じゃないだろ」


 人は1人じゃ生きていけない。莫大な金があろうと、魔物を凌駕する力を持っていようが、避けられない脅威と言うものが存在する。病気であったり不運な事故など、そういう物は並大抵の存在には決して避ける事が出来ない。

 だから人だろうと魔物だろうと寄り添って暮らす。1人が許されるのはあらゆる脅威が存在する外にいなくてはいけない。神とかがいい例だな。

 当然。人間がそんなレベルに達する事なんてまず不可能。であれば、徒党を組んでお互いを補い合うように生きていくしかない。だから医者が居たり兵士が居たり男が居たり女性が居たりする。能力にも差異を生んで可能な限り欠陥がないようにと集まり、村だの街だのが出来上がる。

 もちろん中には害にしかならない存在もいるだろうが、俺はそういった輩の役割に関して、人に警戒心を与える役割があるんじゃないかと思っている。地球でも過去に警戒心を持たずに滅亡した奴等が居るってテレビで見た事があったからな。

 そして、世界は広いと言っても有限だ。計画性なく増え続ければ村や街と言った規模では養える限界が必ずやってくる。そうなった時にとれる行動は多くはない。


 ――住処を広げるか。


 ――別の所から奪うか。


 前者を選べば最初は問題ないだろう。

 人が増え。

 収穫量が増え。

 安全がより確実になる。

 こうなって行けば、その規模は都市となって行き、やがて国となる。こうなると住民1人1人の間に明確な差が生まれ、その役割も明確化していく。

 腕っぷしが自慢だった存在は騎士を。

 計算が早く文字がかける存在は内政を。

 人をまとめるのが得意であった存在は王を。

 皆がそれぞれの役割にのっとってこなしていく。

 こうして成長を続ける国に、その限界が訪れる。

 同じように拡大している別の国が現れる事で、それ以上の拡大が難しくなると自然と後者へとシフトチェンジするはずだ。たとえそうじゃなかったとしても、限界ってのは必ず訪れる。アニメなんかだと宇宙に新天地を求めたりしてたけど、そんな技術もないこの世界じゃ無理。

 領土は広げられない。

 しかし民の数は増え続ける。

 自ずと需要と供給は崩れ、富める存在と貧しい存在がより際立つ。

 こうなると乏しい人間の不満が表面化。それが次第に波及して王へと届けられるようになると、自然と選択が迫られて決断しなくてはいけない。


 ――戦うか。


 ――滅ぶか。


 そう言った選択を続けて今の領土と国があり、突き詰めればそこに住む全員が国を守る存在足り得ると言うのが俺の考えだ。

 ちゃんと税金を支払って、犯罪行為をしていようが領主が是と言うのであればそれは立派な住民で、むしろ食うに困っているスラム街区の孤児達を保護するのはそこら辺の住宅区に住んでる一般市民よりよほどシュエイと言う都市に貢献してんじゃねぇの? って思う。


「大前提として、お前はこの都市の住人を守るべき存在だな?」

「当然だ。正義を掲げる騎士として赤の神を信奉し、か弱き住民を守る為に日修練に明け暮れている」

「だったらどうしてここに居る。騒ぎが起きてるのは向こうだぞ」


 〈万能感知〉の範囲を広げれば、今まさに騎士連中とナイフ男だった何かが戦闘している真っ最中。決して有利とはいいがたい感じだけど、数を生かしての乱戦で何とか互角と言った感じの中に1人だけ実力が飛びぬけているのが居る。

 こいつのおかげでこの戦況が出来ていると言っても過言ではないが、やっぱ1人じゃ限界ってモンがある。一応続々と応援が駆けつけてはいるが、この分だとギリギリだな。


「自分もそう思い、団長に進言したのだが何故か顔を青くして自分が向かうと言って聞かず、僅かな手勢を引き連れて向かってしまわれた」

「それについてきゃ良かっただろ。住民の避難なり他の脅威がないかの巡回。他の騎士団への連絡係とか。こんな場所で弱い犬みたいに吼えるよりやる事があんだろうが。もしかしてビビったのか?」

「だまれ下郎! 自分は新米騎士ではない。あの革命を乗り越えた解放者である!」

「ふーん。そりゃよござんしたね」


 全く記憶にないって事は、きっと俺とは無関係なところでドンパチやってたんだろう。とは言えこういう輩はちと厄介だ。

 全身を金属鎧で覆ってるから体格が把握できないが、俺の背丈くらいはある剣を片手で軽々持ち上げる姿を見る限りだと、腕力だけはあるようだが他がどうかは分からん。


「貴様等みたいな下郎共と違い、自分は正義だ。その正義の邪魔となりえる貴様等は滅んでしかるべき存在。故にこうして討伐に来たという訳だ。悪を断つには元を叩かんとな」

「なるほど。だったら抵抗するしかないなぁ」


 そもそも、何の勝算があってこんな人数でこんな所に来たんだろうな。

 これから向かう先には、最低でも千を越える人間が待機している。それを相手にたったの10数人で全討伐なんて、俺レベルの実力があるならまだしも加減した掌底一発で吹っ飛んでいくようなザコだし、門前を守るこいつらすら突破出来ないんじゃどう考えたって不可能。

 物は試しと、地面を砕き割るほどの踏み込み。ジーンズの生地が耐えられないほどの腰の回転。腕が凍り付くほどの圧倒的速度で放たれた拳打は爆風を生み出して、騎士分隊の連中を大きく怯ませる。


「な、なんちゅう威力だよ」

「あ、あんなの食らったら死ぬ」

「ワタシには美女の無事を守るという任務があるので遠慮します」


 その一発で大抵の騎士は心が俺て早々に白旗を上げた。まぁ……この一撃を目の当たりにして微塵の恐れなく向かってくるの奴は今の知り合いでもそう多くはない。


「さて。残ったのはお前だけになるが、まだやるのか?」

「当然だ。悪をのさばらせておくなど、正義である騎士としてあるまじき行為だ。それを前に戦意喪失して逃亡を図るなど、貴様等も隊舎に帰ったら相応の罰を受けるつもりでいるんだな」


 俺の戦闘力を推し量る事が出来ないほど馬鹿なのか。逆に、この程度の力の差ならいくらでも対処ができる程の自信があるのか。どっちにしろこの分隊長を何とかしない限りはゆっくり寝る事も出来ない。


「まぁいい。さっさと終わらせれば済む話しだ。悪いが手柄を貰うぞ」

「構いませぬ。此方としても騎士に手を出すのは控えるように言われているので」

「正直超~ウザかったんで助かりまさぁ」

「武器の修繕費が無くなるので是非とも頼みます」

「ガッハッハ。ではワシ等は酒でも飲みながら待つとしようではないか」


 各々全く抵抗する事なく俺に分隊長調教の権利を譲ってくれた。理由の大部分が面倒臭いって理由なんだろうけど、こっちとしても面倒くさいことに変わりはないんだ。パパッと終わらせてパパッと寝よう。


「せい」

「ぐ……はぁ!?」

「おお?」


 さっきと同じように掌底を叩き込んだんだが、分隊長は一歩後退した程度で踏みとどまり、大上段からの反撃が襲い掛かって来たんで受け止めてみてすぐにヤバいと思って刀身を傾けていなして地面に打ち込まれた瞬間、そこを中心とした巨大なクレーターとなって数瞬の浮遊感が襲い掛かる。


「ククク……これが正義の力だ」

「正義の力ねぇ」


 確かに。俺の加減した掌底を踏ん張り切る耐久力に、巨大なクレーターを生成するほどの常人離れした腕力があれば、もしかしたらこの奥を制圧する事が出来ると思うかもしれない。

 だがしかし。この最奥には元・魔王のアンズが居る。いかに分隊長が常人とかけ離れた力を持っていたとしても、勇者でもなんでもない一般ピープルが討伐できるとはとても思えない。だってその前に六神が何とかするだろうからね。

 しかし……そこまで入られると、用心棒として雇っている連中が明日の最終日に欠席なんて事になってしまう。明日は明日で飛び切りのイベントを企画しているから、誰一人欠ける事無く仕事に励んでほしい。俺のために。

 なので仕方なく退場してもらうしかない。俺が安心安全にシュエイから旅立つ日まで〈収納宮殿〉の中には。


「死ねぇ!」

「よし」


 多くの目があるここで分隊長を殺せば、その部下である無気力カルテットがそのさらに上の団長まで話が飛び、これだけの力を持った男が殺されたと言う情報をもとに手配でもされたらキツイ。ジジイと行ったあのお店にはまだまだ行き足りないからな。

 という訳で、踏み込みからの横薙ぎ斬撃を受け止めたフリをしながら鎧に掴み掛り、力いっぱい地を蹴って城壁の外まで飛び出して最前門と中門の間にある人の居ない農地へと降り立つ。

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