#257 …………睡魔の限界っ
「仲間でも待ち伏せているのかと思ったが、気配がない? 何のつもりだ」
「気にするな。これからやる事で人目に付きたくないんでな」
「大した度胸だ。この正義の前に貴様ごとき悪の力が通用するとでも思っているのか?」
〈万能感知〉でも周囲に人の姿は確認できないが、馬鹿みたいにデカい音を立てれば遅からず誰かがやって来るのは当たり前なんで、こういうのは静かに一瞬で事を済ませるのが一番手っ取り早いんだが、どうにも気になる事があるんで少し泳がせる事にする。
「さてな。通用するかしないかはこっちが決める事だ」
とりあえずいつも通り――2割程度の力でもって斬りかかる。
「ふぅんっ!」
「……」
いつもであればこれで簡単に決着がつく。たかだか分隊長程度の地位に甘んじてる奴が、クセのある武器を使いこなしていた団長連中に肩を並べるような実力者とは到底思えないし、何より〈万能感知〉があの時みたいに警告音を一切発してこない。それだけでこいつが大した事がないって決定づける最大の理由だ。
しかし。分隊長は俺の斬撃をしっかりと見切って、その馬鹿デカい剣でもって苦も無く受け止めているじゃないか。
不思議だな~と思いながら、薙ぎ払われるがままに吹っ飛んでいったん距離を取る。
これでも並大抵の魔物は一撃で葬り去る事が出来るだけのステータスを持っていて、人間相手にこれ以上出力を上げなくともやって来れたわけだけど、こうもアッサリと受け止められると単純なレベルアップが理由じゃないと思う訳で。
一応上に立つ人間としての能力が欠如しているせいで、甘んじて分隊長なんかを拝命しているのかねぇと考えられなくもないが、今回はただひたすらに無能と判断する事にする。その方がより躊躇う事無く断罪出来るからな。
そのためには、多少謎が残るままになってしまう訳だが、出力を跳ね上げての一撃必殺のワンパンチが最も効果的だろうだが、ここで問題となるのは全力が出せない事くらい。
確かに全力全開の一撃であれば、山にすら穴を開ける事が出来るとは言えそれを人体に使用すれば間違いなくミンチになって、エリクサーの効果が及ぶ範囲を飛び越えるだろうから、とりあえず5割もあれば十分だろ。
「っせい!」
「な……が!?」
「んぅ?」
髪がなびくほどの風圧を受けながら間合いを詰め、胴体を両断しようと振り抜いた一撃に対し、分隊長は鎧を大きくひしゃげさせながらも血を吐いて吹っ飛び、地面を何度かバウンドする程度で命に別状はなさそうだった。
うーむおかしい。今の一撃で、麦畑だったこの場所は広範囲に渡って農民の努力が水泡ととなって宙を舞っている。
それだけの威力を振り抜いたにもかかわらず、分隊長は生きている。もちろんそう簡単に立ち上がる事が出来ないくらいの怪我を負ってはいるが、俺の一撃をまともに受けて生き残っているという時点で異常と評するほかない。
「っぐ……ふ。分かったか? いくら強大な力を持っていようが、貴様が悪である限り正義の前には決して勝利を得る事などできはせぬ!」
「へ~」
どうなってんだろう。確かに手ごたえはあったけど、断ち切るまでに至らなかった。
ダマスカスより高性能な鉱石はオリハルコンかヒヒイロカネになるが、分隊長の鎧は色合い的にそのどちらでもないし、そもそもこの2つが手に入る場所は100年近くかけて育ったダンジョンの最深部辺りだとアニーが言っていた。それもごく少量なので、あのサイズの鎧と剣を作ろうと思えば一体どれだけの金が吹っ飛ぶんだ?
まぁそのあたりはどうでもいいとしよう。死にはしなかったとはいえダメージは甚大だ。同じ事をあと2・3回続ければ、さすがに限界を迎えるだろう。
「いいぞいいぞ。正義の力が高まるのが分かる」
「はぁ……」
何を持って正義なのかな分からんが、その押し付けでゆっくり寝る事が出来ない俺にとっては間違いなく悪なので、もう一度踏み込んでさっきと同じ場所を寸分たがわず狙いすます。
「させるかぁ!」
「おぉ!?」
マジかよ! この一撃に反応して防御するのかよ。こいつぁ……ちぃと考えを改めにゃいかんかも知れんな。弾き跳んだのなんてどうでもいい。さすがに5割のステータスに反応されるなんて思ってもみなかったからな。マジでどうなってんだコイツ?
「く……っ。まだ正義が足りないと言うのか。これほどまでに悪を討ち滅ぼしてきたこの力が何故通じぬ!」
いやいや。今の俺に反応出来るだけでも十分に分隊長は人類から逸脱した力を持っていますとも。
本当に正義を糧として強くなっているんだとしたら、その強化方法は狂信的と言っていいな。己の中にある正義だけを信じて突き進む。どこかあのジジイ団長に似通った精神の持ち主みたいに感じるが、あっちと違うのは実力に直結してるところか。
しかし、ここまで来るともはや全力を出すほかないかも知れんぞ。あまり時間をかけすぎると異常を察知した農民Aが警邏へ通報に走るかもしれん。こうなるとアスカと言う存在が化け物じみた強さを持っていると認識されるので勘弁。
なので、さっさとマジ殴りで終わらせて夢の世界に旅立とうかねとステータスを跳ね上げながら重心を分隊長に向けようかとしたところに、鎧と剣が何の前触れもなく爆音を撒き散らしながら全方位へバラバラに飛び散った。
「「……」」
俺は当然ながら、当の本人も何が起きたのか理解できずに呆然としていたのもほんの数秒。一足先に脳が再起動したのは俺。素早く踏み込んでの打ち上げるような掌底で頭部を吹き飛ばしつつ、麦への被害を最小限に抑える事を忘れない。
そして、こうなって初めて何となくだが分隊長の力の秘密が分かった気がする。
肝はあの鎧と剣。恐らくだが受けたダメージ量か何かをステータスとして装備した人間を強化する能力があったりするんだろう。そしてその限界を迎えて壊れてしまったという訳かな?
「うし。これで心置きなく眠れる」
最後に〈収納宮殿〉に分隊長の死体をしまい、外壁を飛び越えてスラム街区へと戻る道中。騎士達が恐らくナイフ男の所に向かっているであろう姿を何度か見かけ、中には見覚えのあるオネェ団長なんかもいたが、あっちはメリーでない俺の事なんて知る由もないだろうからスルーしてスラム街区に戻った。
「無事だったか」
「当然だろ。顛末は眠いから明日以降気が向いたら教えてやるよ」
さすがに限界が近い。こんな夜遅くに5割の力で動いたせいもあってか目を開けてるのもシンドイ。さっきまでは多少緊張感のあった戦闘で何とかなっていたが、あのレベルの気の張り巡り具合じゃないとどうにもならん。取りあえずユニを呼んでコテージまで運んでもらわんともう無理。
「そう言えばあの分隊長はどうしたんだ?」
「……知らん」
「知らんって……戦ってたんじゃないのかい?」
「……食わせるタンメンはねぇ」
「おいおい大丈夫か?」
「眠い……」
こういう所は子供の身体の弊害だな。目的地にたどり着いたし、迎えもじきにやって来る。それであれば特に我慢する理由もないしもうこのまま眠るとするかね。
「――と。ちょっとアスカ! 起きなさいって」
「んぇ?」
なーんかどたどたと近づいて来る足音が聞こえるなぁとぼんやり思っていたら、突然に肩を掴んでガクガク揺すられるんで少し目を開けてみると、そこには懐かしきリューリューの顔があった。
「ふあ……っ。なに?」
「なにじゃないわよ。貴女が何でここに居るのか分からないけど丁度良かったわ。実はちょっと困った事が起きて、私達だけじゃあ対処しきれないの。だから手を貸してちょうだい」
「……無理。眠い」
困った事ってのは、きっとナイフ男の事なんだろうとは思うけど、一日中閑古鳥食堂で鍋を振ったり。ルールを守らない馬鹿を放り投げたり。挙句の果てには力を5割も開放するなんて超面倒臭い戦闘までやらされたんだ。2人には悪いが、今日の夕飯は魔法鞄にあるもので済ませてくれと言いたいほど眠いのに、いまさらそんな事できる訳ないっての。




