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#251 身の程を弁えないからそう言う目に合うんだぞ

「はいはい誰だよ全く」

「あのおっさんだよ」


 のろのろとした足取りでキッチンから出てみると、そこに居たのはノリツッコミ三銃士と初めましてのお友達おっさん。

 センター分けの赤い髪をこめかみのあたりでクルクルと巻かれた物がいくつもある――いわゆる中世貴族の髪形に蜘蛛を食った芸術家みたいなヒゲにでっぷりとした顎は大して暑くもないなのに汗がダラダラ流れてる。

 格好も貴族みたいに豪華な布材を惜しげもなく使い込んだ悪趣味の一言に尽きるいでたちで、俺が姿を現すなり団子みたいな鼻がぷっくりと膨らんで明らかに欲情したサインがはっきりと確認出来た。気ン持ち悪ぃ……。


「貴様は何者だ」

「雇われ店長だ。非常に個人的な理由があってこの店の全てを取り仕切っている」

「たかが小娘が店主か。にしては随分と繁盛しているようではないか」

「安くて早くて美味い。これで流行らんかったらそいつはよっぽどのヘボ商人かへぼコックくらいだろ。そんな事を言いにわざわざ来たおっさんは何モンだ?」

「やれやれ。これだから下賤な小娘は困るのだ。一度しか名乗らぬから心してしかと聞くがよい。我が名はアヴァル・アッファリ・ナツリー商爵であるぞ」

「……だれ?」


 なんか……すんごくふんぞり返ってえっらそうに自己紹介してもらったんだが、この世界の知識が著しく欠落している俺からしてみれば、各国の王の名前も知らんのにいち商爵とやらの名前なんて……ん? 商爵?


「やれやれ……やはり愚かな町娘如きでは我が名を知らんか――」

「もしかして、はす向かいの店の奴か?」

「……そうだ」

「ふーん。お前がそうだったのか。で? そんな奴が何しに来たんだ。商売の邪魔すんなら、速攻で痛い目にあわせて裏のゴミ捨て場に放り投げるぞ」


 わざわざ敵のトップが乗り込んでくるなんてまたとない好機。この隙に、死なない程度に痛めつけてこの店に手を出すような真似は子々孫々に渡っていたしませんとかなんとかな契約を結ばせれば、アンジェとリリンは一生の安泰を得られ、俺は大きな感謝を得る事が出来る。

 何をしに来たのかはさて置いて、やる事があるならさっさと済ませてほしい。今は俺がこの商爵を相手にしてるからいいが、今日は実験的に一部俺が仕上げをしなきゃなんない料理がメニューに組み込まれているから、それの補充をしなきゃいかん。

 だからさっさと用件を言えと言わんばかりに睨み付けると、商爵は下卑た笑みを崩さないままに指を鳴らすと、ノリツッコミトリオのリーダーが小さな革袋を投げて来たので礼儀としてちゃんと回避してみた。


「いや受け止めろや!」

「ナイスツッコミ!」


 満面の笑みでそう返し、革袋を拾い上げて中身を確認してみると、そこには金貨が5枚ほど入っている。これは一体何なのだろうか。


「ありがたく思え。この店を我がナツリ―商会の傘下として末席に加えてやる」

「え? 逆だろ。なんで俺がお前みたいな格下商人如きの下につかなくちゃなんないんだよ。冗談はよし子ちゃんだっての。しかもこんなはした金で傘下に入れだぁ? 部下になりたかったらこの10倍は持って来い。それが出来ないなら痛い目に合う前にとっとと帰りな」


 告げて金貨を投げ返し、ランチメニューの仕込みをするためにとキッチンへと向かおうとしたが、背後から感じた殺意に対して素手でもって対処した。


「なっ!?」

「ここは飯屋だ。必要以上に動き回って埃を立てられんのは迷惑なんだよ」


 そして腹への一撃。襲撃者はくの字に折れ曲がって吹っ飛び、閑古鳥食堂の目の前にあった閉鎖された建物へと突っ込んだ。一応は加減してあるんで死ぬような事はないとはいえ、これは立派な営業妨害と言うしかない蛮行。当然ながら返答をしなくちゃならないな。


「な、なにをするか小娘!」

「今のお前には3つの選択肢がある。

 1・迷惑をかけたこの店に対して賠償金を支払う。

 2・支払いを拒否してこの店を暴力でつぶしにかかるが痛い目に合わされる。

 3・普通に商売を続けて破産する。

 好きなのを選んでいいぞ。ちなみに賠償額は、さっきの金貨全部な」


 どれを選ぶかによってこのおっさんの運命は決まる。こっちとしては1を選んでさっさと帰ってもらいたいんだが、顔を真っ赤にして震え始めたかと思えば乱暴に俺の手を払いのけてきた。太ったおっさんの力でそんな事をされてもビクともしないんだが、それで腕が折れて慰謝料請求とかわめかれると面倒なんで流れに逆らわず手を離す。


「ふ、ふざけるな! この商爵であるナツリー家がわざわざこんなみすぼらしい店を傘下に入れてやると言うのだぞ! それに感謝するのが当然のところを傘下にしてやるだと!? 何様のつもりだ!」

「耳もとがって無けりゃ尻尾がある訳でもなし。角や翼が生えてなけりゃ半透明って訳でもない。消去法で行くと人間様以外の何者でもないだろ。もう金とかいいからさっさと帰れよ。メンドイし商売の邪魔だ」

「き、貴族に向かってなんて口を利くか! たかが平民如きが貴族に盾突くのが何を意味しているのか分かっているのか! 殺されたくなければ今すぐに店ごと権利を差し出せ!!」

「……ほぉ? 殺すと来たかい。そいつは丁度いい。さすがに殺人となるとコッソリって訳にはいかなかったからな。殺意を持って向かってくるって言うなら、こっちもそれ相応の態度を見せないとなぁ」


 突き詰めれば、さっきの背後からの一撃で十分に殺意アリと判断してもいいんだけど、さすがにあれって命の危険だったのか……なんて驚いたら、いまだにピクピクと痙攣したまま起き上がる気配のない襲撃者のプライドがポッキリ折れちゃうだろうから黙っておこう。

 そんな優しい心遣いを胸に抱きながら、一度離れた距離を詰めようとゆっくりとした速度で前進。


「な、なにをしている! さっさとあの小娘を殺せ!」


 自分では敵わないと判断したのか、デヴ商爵は愚かにも敵に背を向けてノリツッコミトリオが前面に出て来てそれぞれが武器を構える。

 一方で俺は素手。ハンデとしては指先一つだけでもまだ足りないくらいに実力に差がありすぎる訳だけども、さすがにそれ以上何もしない訳にはいかない。〈身体強化〉で生半可な攻撃じゃダメージを受けないとはいえ、一方的に責め――げふげふ。攻められるのは趣味じゃないんでね。


「ほいっ」

「っが!?」


 軽く床を蹴って間合いを詰め、先制攻撃として腹にデコピンを見舞う。それだけで1人が簡単に吹っ飛んで地面を転がる。


「まず1人」

「舐めんな!」


 リーダーである獣人はラストにするのが礼儀なので、次の取り巻きに向かってまたゆっくりとした歩調で歩み寄ろうとすると、すぐさま手にした槍でもって襲い掛かってきた訳だけども、トロ過ぎてあくびが出るレベル。軽々と避けながらさらに踏み込んでいき、最後に槍を掴んで顎にデコピン。

 あっさりと飛んで行こうとするところ、槍を掴んでいるために若干の抵抗が生まれ、それが両肩脱臼――もしくは剥離骨折したかも知れんな。俺には関係ないけどね。


「さて最後だ。言い残す事はあるか?」

「特にないで」

「あっそ」


 別に殺すつもりはないからな。二・三軽く手合わせをしてから他と同じようにデコピンで店の外に吹っ飛ばす。これで残ったのはデヴ商爵1人だけ。よくもまぁこんな少数で俺の元まで来たもんだよ。大人数でこなかったのは褒めてやろう。


「さて。選択肢は2って事でいいんだな?」

「や、止めろ。この商爵に手を出せば貴様どころか、ここに居る汚らしいガキ共全てが不幸になるぞ? 分かっているのか!」

「それは困るなぁ」

「なら今すぐこの店を明け渡せ。そうすれば商爵としての権力でもって、ナツリー家に手を出したという罪を少しは軽くしてやるぞ?」

「断る。こっちが不幸になる前にお前を不幸にしてやるよ」


 ニッコリ笑顔でデヴ商爵ににじり寄り、〈収納宮殿〉より取り出した剣でもって光速の斬撃を披露。そして鞘と鍔の接触を契機に服も髪も靴も何もかもが細切れとなって床に落ちる。

 次の瞬間には席に座っているガラの悪い冒険者達からの大爆笑を掻っ攫い、己の状態にようやく気付いたデヴハゲ商爵は怒りと羞恥に顔を真っ赤にして走り去っていったので、親切心でその名前を大声で叫びながら2度と来るなと言っておいた。


「ふぅ……ようやく終わった終わった。そんじゃあ今日のランチの発表だ!! テメェ等の胃袋に余裕はあるだろうなぁ!」

「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」


 こうして今日も、大反響でもって2日目の営業が終了した。

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