#250 注意事項・迷惑な客はデストロイ
「……眠ぃ」
一夜明け、のそのそとベッドから這い出すも、昨日の運動のせいで非常に怠い。
当たり前だが肉体的にじゃない。精神的に働きたくないって訴えてきているが、へぼコックの人を馬鹿にしたような笑みを妄想しての怒りで何とか立ち上がる。
それにしても昨日は参った参った。20ヶ所に設置した無料配布場所の中で、実に17か所で同じように魔法鞄強奪未遂事件が勃発していて、その全てを一ヶ所づつ回っては鞘での暴力行為を駆使しまくり、総勢で800ほどの馬鹿共をノックアウト。その後にどうなったかは知らんし時間の無駄なんで知るつもりもない。
ちなみに無事だった2か所は、ユニとアンリエットが手伝いに向かっていた場所。
ユニは当然ながらその巨体と圧倒的な実力に加え、ほんの少し殺意を込めて吼えるだけで統制のとれた軍隊のごとく、列をなしてキッチリと肉まんの受け渡しが終了したが、その脅しのせいで宣伝を聞いても訪れた客が全く寄り付かないというデメリットがあった。
一方でアンリエットの方は、ユニ程迫力がある訳じゃなかったんで当然のように魔法鞄を狙う馬鹿共がイキって来たらしいんだが、片っ端から武器を胃に収める事で違った意味で恐怖を与え、結果としてこっちもユニと同じ未来を迎え、集客と言う点では大きな邪魔をしてくれた訳で。
とはいえ。それをしたおかげで閑古鳥食堂は大盛況だった。俺の誠心誠意の接客が功を奏したのか、どいつもこいつも腹が破れるんじゃないかってくらいにあらゆる料理をむさぼり喰らい、定価より少しばかり色を付けた金額を差し出してきたので、それらはチップとしてガキ共やサキュバス姉妹に配る事で連中も非常にやる気をみなぎらせ、より一層仕事に励んでくれた。
今日はそんな戦争みたいな仕事の2日目だ。昨日は余計な仕事のせいでディナーメニューの仕込みが出来ずに出せなくなってしまい、そこそこ早い時間に閉店をしなくちゃなんなくなったけど、今日の分のメニューは大量に用意が出来ているし、ディナーメニューもキッチリ用意できている。
「今日はうどんが食べたいわね。日本に居た頃は全然興味なかったんだけど、食べられると分かると不意に食べたくなっちゃった。離れて初めて分かる日本の味が恋しいから作って」
「朝からうるさい」
コテージから出るなり、テンションの高いアンズがそんな事を言いながら俺の周りをうろつくんでぶん殴ってやろうかとの思いが脳裏をよぎったんで、それに従って軽くツッコミをお見舞いする。
「痛っ!? なんで何もしてないのに殴る訳。意味分かんないんだけど!」
「……俺は目覚めが悪い。それでなくとも昨日は予定外の運動で精神的に疲れてんだ。そんな所に甲高い声で飯をねだられるのは非常に腹立たしいと思わんか?」
「分からないではない。でもあたしはお腹が減ってるの。だからさっさと天ぷらうどんを作ってよ。もちろんエビはおっきいのを二尾ね」
「朝から贅沢な奴だな。しかしうどん生地がないから無理だな」
寝かせるだけでも30分以上。そんなにちんたらしていたらアンリエットもユニも起きて来る。なのに飯の用意がされていないとなると何を言われるか分かったもんじゃないからな。
朝飯は手軽でアンリエットは変わらず肉を。
ユニは寝起きで胃腸の負担にならない優しい物を。
アニーはパンだったりごはんだったり。
リリィさんは俺が作れば基本的に文句がない。
「使えない男ね――ええええええええ!? 痛い痛い! ごめんなさいいいい!」
「ったく。代わりにビーフシチューがあるからそれを食わせてやる」
「朝からそれって重――いいえなんでもありませんっ!」
ゴキリと指を鳴らすだけで、不満そうにしていたアンズは逃げるように飛び退いて敬礼をする。そんなにビビるんだったら始めから文句なんて口に出さなけりゃいいのにな。
という訳で、アンズの朝飯はビーフシチューに焼いたフランスパンと言う単純なものだが、ビーフシチュー自体は材料を惜しまなかったし20時間近く煮込んだから肉は箸で切れるレベルだ。これで不味い訳がないが、それだけの手間と食材を惜しげもなく投入したから当然濃厚で、朝から食うには重い。
「ほい。銀貨3枚な」
「えっ!? お金とるの!」
「何を当たり前の事を言ってんだ。あの時は仕事を早く終わらせるための餌として食わせてやっただけに過ぎない。それを何貰えて当たり前みたいなスタンスとってんだよ。ちなみに漫画とかも全部を自分の物にしたかったら、白金貨持って来い。コーラとピ〇ポテトの代金はナシにしといてやるが、これ以上欲しいってんなら金払え」
仕事に対する当然の代償だな。コーラは飲み物と言うジャンルだからまだよかったが、問題なのは〇ザポテトの方だ。何せこれは料理にカテゴライズされるようで、似た味を再現するのにそこそこ苦心した一品だ。それを何も考えずに欲望の赴くままに喰らい漁ったんだ。本来であれば金貨くらいは欲しい所をタダと妥協してやったんだ。感謝してほしい。
「ふふん。あたしがお金を持っていないとでも思ってるの? これでも〈収納部屋〉の中に魔王だった頃の蓄えとか残ってるんだからね」
自信満々にそう言い放ちながら、歪んだ空間に手を突っ込んで中から真っ黒な革袋を取り出し、そこから要求通りの白金貨を1枚に金貨を15枚に銀貨3枚を差し出してきたので普通に受け取ったので、その代償としてちゃんとビーフシチューを代わりとして差し出した。
「ちゃんと手を洗っていただきますを言えよ」
「・分かってるわよ」
一瞬間があったのはこの際無視しよう。痛い思いをしないようにとちゃんと行動を起こしているんだし、第一俺は2人の朝食を作らにゃいかんのでアイアンクローを喰らわせてやる時間は今のところ惜しい。
――――――――――
「さて。諸君らのおかげで昨日は大盛況。そして、今日も大盛況になるであろう」
閑古鳥食堂は現在開店直前という事で店は開けているものの、店内には誰一人としていない。もちろん外には昨日の美味過ぎる料理の数々をもう一度味わおうと行列が出来ていて、中には夜中から並んでるなんて猛者もいるようだが、問題を起こせば『誰』が『何を』するのかを十分に理解しているであろう。
初日組は軍隊のように整然と並び、うわさを聞き付けた無知組をその規律によって矯正してゆく。
そんな少し異様な空気の中で、店長である俺の軽い朝礼をしていた。
「天気はあいにくの曇り空だが、こんな肌寒い日には温かい料理がよく売れる。今日も一日頑張って金を稼げ」
「「「はいっ!」」」
「では開店だ」
俺の合図を皮切りに、先頭に並んでいた連中から次々にテーブルへと腰を下ろしてはマシンガンのように放たれる注文を10人のガキ共プラスサキュバス2名。さらに1人のおばちゃんのウェイターがてんてこ舞いになりながらキッチンに飛ばし、それを受けた5人のガキがほとんど手間のかからない調理をこなしては配膳する。
そんな光景を横目に俺はと言うと、ディナーメニューの準備をしている。
今日のスペシャリテは品質80・地神龍のローストビーフ――この場合はドラゴンか。
さすがにこれは非常に手間暇がかかるんで銅貨1枚じゃなくて銀貨1枚で出す予定だが、もちろんそんな金額でもひとかけも食えないだろう。文字通り、人類最高の料理たりえる一品をぶち喰らわせてやるぜ。
まず手始めに、常温である事を確認した龍肉に塩胡椒を適量擦り込んでしばらく放置。もちろん塩も胡椒も素材にこだわった高品質の物を使用している。
そう言った味がしみこんだであろう時間を見計らって一気に表面を焼いて行く。ジップロックにその塊を放り込んで空気を抜き、70℃に調整させれたお湯の中で30分かけてじっくりと火を通していく。
この間にソースづくり。表面を焼いた時に使ったフライパンに年代物のワインを注いで煮詰め、そこに醤油とハチミツで和風にまとめて冷ます。
最後に、十分に火が通ったローストドラゴンの肉塊を取り出して、粗熱が取れるまで時間経過をする魔法鞄の中にしまっておく。こうしないと、アンリエットが欲望に負けてかぶりつきそうで怖かった。
さて。それじゃあと次のディナーメニューに取りかかるかねと、特に意味はない腕まくりをしたところにウェイターを任せているガキの1人が困った顔をして駆け寄って来た。
「ねーちゃん。変なおっさんがねーちゃん出せって言って来たんだけど」
「んだよ忙しいってのに……」
居ないとでも言っておけと拒否する事も出来たが、ノリツッコミ獣人だった場合は少し厄介な事になる。客として来てる冒険者もあいつ等も実力がよく分からんので、迷惑をかけられたくない。だからしゃーなしにそいつントコに向かう事にした。




