#249 リッチマンとプアげふふん。価値観の違いだ
「ソイツは駄目だ。ってか接客なら俺が軽くやってやっただろ」
なにしろこの世界は荒くれ者が多いし、冒険者ともなれば日常的に武器を携帯している。これを手にウェイターであるガキ共に襲い掛かったら、俺は店長として速攻で首でも斬り落として裏に運ぶくらいの事は出来るので、最低限の礼儀作法を教えただけだが、接客がなっちゃいねぇ! ってクレームをつけてくる馬鹿は居ないと思っている。
格式が必要な高級店は別として、大抵の店は対応がそっけないし、場所によっては文句を言ってきた奴が逆に返り討ちに合うなんて光景も珍しくない。
だから接客は最低限で十分。と言うかこんな閑古鳥食堂でいらっしゃいやありがとうございましたなんて声をかけるのは破格の待遇だと俺は思う訳よ。それで文句を言ってくる相手ならもう敵って事で、嬉々として排除する予定だ。
つまり、既に何の憂いも残されていないし、客に出す時のマナーも軽く教えてあるし実戦も済ませてあるんだ。いまさらそんな必要性はないって言うのが俺の主張だ。
「それじゃ足りないんだよ」
「スラムのぼく達が怒られないようにするにはもっと努力が必要だよ」
「それに、こっちがいい加減な仕事をしたらねーちゃんにも迷惑がかかるんだぞ? いいのかよ」
逆にもうちょい経験を積みたいと言うのが、ガキ達の主張。
スラムに住んでいるだけに、ありつける仕事は程度も低けりゃ賃金も低い。おまけに貴族に見つけられたら問答無用で狩られる。そんな劣悪環境で育ってきたガキ共からすると、安全で給金もいいこの仕事が楽しいのか嬉々として掃除をしたり調理をしてるからな。今回もその一環なんだろう。
とはいえ相手はへぼコック。ついさっき手を出すなと言ったばっかだし、何よりこいつに客としての態度がこなせるかどうかが怪しいからな。
「別に構わん。生まれはスラムかも知れんが、お前等の格好を見て誰が気付けんだよ。万が一そう言う事を言ってくる馬鹿共が居れば、俺が直接排除するからな。何も気にしないで料理を作って運んで代金を受け取る。それだけをしていればいいんだよ。そうすりゃキッチリ金は払う」
「分かったよ」
表情は納得していなかったが、この3日間は俺がオーナーだ。クビにするもしないも気分1つで変化すると言うのを理解しているんだろう。
――――――――――
掃除も終わり。料理のストックも十二分に用意できた。後は肉まんの味に魅了された客がやって来るのを待つのみと言ったところなんだが、そこそこ時間が経ったはずなのに未だに人っ子一人やって来ない。
「暇だなぁ」
「そうだねぇ」
「でも楽に金が手に入るぞ。ゲッ! 魔法の暴走によって依頼失敗。一回休みでマイナス銀貨10枚……」
最初はまともな仕事だと緊張していたガキ共も、今では椅子に座って人生ゲー〇に興じるほど気が抜けきっている。
「おっかしいなぁ」
時間帯的には、20ヶ所もあるんだから1人か2人くらいはやって来てもおかしくないはず。
何しろ一品銅貨1枚。それも無料で配った肉まんの倍以上のサイズが食えるし、他にも幾つか料理が食えると宣伝しておけと言ってあるのだ。どう考えたってお得以外の言葉が見つからない最高の宣伝のはずなのに、この店にはいまだ誰一人として客が来ない。
それは〈万能感知〉で確認しても明らかだし、無料配布所には大勢の人の反応があるので受け入れられていない訳じゃないんだが、何故かこっちに客足が向かないのだ。
「なぁねーちゃん。本当にこんなんで金貰えるのか?」
「その辺は心配するな。客が誰一人こなかろうが給料だけはキッチリ払う。しかし暇だなぁ」
味にも価格にも自信しかない。唯一の懸念点として圧倒的知名度の低さがあげられるが、それを無料の肉まんで引き寄せ、味で魅了し、大きな声で店を紹介するという手段を取った。どこにも穴はないはずなのに、なぜか客が寄り付かない。全く持って不思議だ。
「こんな事言うのもなんだけどさ、魔法鞄から今まで食った事もない料理を出してる時点で、相当に怪しい商売だと思うんだ」
「どこが怪しいんだよ。至って真面目な商売――いや、むしろ無料で食い物がもらえるんだからむせび泣いでこうべを垂れてもいいほどの宣伝だろう」
一片の疑いようのない完璧な仕事。それを聞いたガキ連中が大きくため息をついた。
「ねーちゃんってそういう所が駄目だよな」
「そうそう。普通に考えてあんな容量の魔法鞄を買おうと思ったらきっと金貨10枚じゃ利かないぜ?」
「あんなのが金貨10枚?」
俺が渡したのは容量小のカバンだったは――そう言えば、この世界じゃ品質40程度でも馬鹿みたいに高い値が付くんだってアニーが言ってたっけか。となると、この各地で群がる人の数は無料肉まんを求める列じゃなくて……
「今頃はそれを巡って争ってるかもね~」
もしそうなんだとしたら、開店初日からリューリュー達の厄介になるかもしれん。
そうなると店の評判は大きく落ちるし、最悪の場合は営業停止もあり得えるな。それだけは何としてでも阻止せねばいかん。魔法鞄の10や20程度で騒ぐ俺じゃないが、予定通りにならないのは気に入らない。
「そりゃマズイ事になるな。ちょっと行ってくるが、客が来たらちゃんとやっとけよ」
「はいはーい」
とりあえず一番近い場所を目指して駆け抜ける。もちろん屋根の上をだ。その方が遮蔽物もないし、右に左にと余計な減速をしないで済むからな。
「はい到着」
「うぐえっ!?」
屋根から飛び降りながら着地点に居た運のない野郎の顔面を踏み倒し、〈身体強化〉をフルで発動して馬鹿共を威圧。どうやらガキ共の予想が当たっていたみたいで、とうの昔に無料肉まんは完売しているようで、机や蒸し器はすでに撤収済み。きっとそれを魔法鞄にしまう光景を目にして、こいつ等は犯行に及ぼうとしたんだろう。
「いやー。凄い事になってんな。平気か?」
それに立ちはだかったのが、雇っていた用心棒連中。ガキ嫌いじゃないからキッチリ仕事をこなしてくれてたようだが、さすがに大勢に無勢では現状維持がいっぱいいっぱいだったと。こうなると他の場所も似たような事件が発生していると考えてほぼ間違いないな。
「助かりました。さすがに数が数なので助けを呼べに行けず」
「いやー俺の考えが甘かっただけだから謝らんでも結構結構」
ニコニコ笑顔でポーションを投げ渡し、振り返りざまに般若と化した俺は多少強い踏み込みで石畳にヒビを走らせる。これだけで、ある程度の実力のある人間ならすぐに静まり返るんだが、問題なのは欲に狂った程度の低い馬鹿共だ。
「さて……ウチの備品を盗もうとしたクソ馬鹿共はさっさと排除しないとな」
「ヘッ! たった1人増えただけで何言ってやがる」
「そうともさ。魔法鞄をさっさと寄越せば、命くらいばべはあっ!?」
やはり馬鹿は馬鹿。とは言え白昼堂々殺人ってのは目撃者が多すぎるし、何より今はアスカのまま。これがメリーとかレナだったら、その存在自体を闇に葬り去れば無問題だが、アスカばかりはそうはいかねぇ。
だから、打撃による昏倒で我慢する事にする。それであれば、最悪死んだとしてもコッソリエリクサーを与えれば気絶してただけで済ませられるだろうから。
「このガキィ! ぶほえっ!?」
「やっちま――ギャアッ!?」
「や、やめ――ヒイイイイィ!?」
騒ぎ立てる連中を問答無用で排除していく。張っ倒しては別の奴へとちらりと目を向け、少しでも敵意があればそいつも張っ倒す。そうやって行けば、自ずと残るのは聞き分けの良い多少知恵の回る馬鹿のみとなる。
「全部で40か。他に店の備品をくすねたいって馬鹿は残ってるか?」
そう問いかけると、残った連中はシンクロナイズドしたかのように首を左右に振る。〈万能感知〉でも俺に敵意を示す反応は転がってる馬鹿共からしか反応がない。
「お前等も他の場所に助太刀に向かえ」
「了解」
後はリューリュー達に任せるとする。騎士団としての仕事ぶりに多少なりとも期待しておく事にするかねって訳で、次なる現場に向けて飛び出す。




