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#239 俺を本気に――は出来ないんで少し頑張るくらいで……うん

「なんだこれ。スープに麺が入ってるぞ?」

「自信満々だった割に変な料理」


 初めて見る料理にガキどもから不満の声が漏れるが、俺は特に気にしない。味見も兼ねて俺も食うとするか。


「ふむ。まぁこんなモンか」


 単純な塩味に野菜くずと牛子角や鳥ガラの出汁がいい感じに出てて、この店の物と違って深みがあるし、そのスープをからめとるように縮れの中細麺がモチモチとした食感がこれまたパスタに無い新たな麺と言えるだろう。30点。

 特に美味そうに食べていた訳じゃないが、特に言葉も発さずに黙々と食べ続ける事でこれは上手い食べ物なんだと勝手に植え付けていたようで、1人のガキが意を決したように麺を口に放り込む。

 ちなみに、俺は箸だが他の連中はちゃんとフォークにしてあるぞ。その方が食いやすいからな。


「っ!? なんだこれ。うっめえええええ!!」

「本当かよ」

「ばっかマジだよマジ。お湯みたいなスープなのに肉とか野菜とかいろんな味がぶわっと広がるのに、さっき飲んだ奴と違って変な臭いとか濁りみたいなもんがどこにも無いんだ。それにこの麺だよ。パスタと違ってモチモチしてて柔らかいから食べやすいし、グネグネしてるからスープが絡んで……ああもう! とにかく食ってみろって!」


 悪くない食リポだ。それを10にも満たなそうなガキがしていると考えるとその才能に震えが走るが、この世界にはそんな仕事はない。ないのだが、その語り口は他の連中の食欲を刺激する物だったようで、次々に麺を口に運んでいっては「美味い」だの「凄い」だの「……」と中にはあまりに美味過ぎたのか時間停止の魔法でも受けたみたいに微動だにしない連中まで現れた。


「ねーちゃん。これもっと食いたい!」

「ずるいぞ! ぼくだって食べたい!」

「おれも!」

「焦るでない焦るでない。量は十分に確保している。食わせてやってもいいが、そのためには今食った3つの美味かった順番をこの3つの札で教えてもらおう。そうすればさっきの――ラーメンっつーんだけどそれを食わせてやる」


 そんな訳で、アンリエットを使ってサクッと準備を済ませる。

 まず赤い札。これはこの店の料理の評価に対する物。

 次に白い札。これは地上げ店の料理に対する物。

 最後に黄色の札。これが俺の作ったラーメンに対する物。

 この3つを上から美味しかった順に出せば、無料でラーメンが食えるし、何よりスラムでまともな勉強もしてこなかったであろうガキ連中でも分かりやすい投票方法だろう?


「さぁ。お前等の評価はいかに!」


 速攻で終わらせるために、一番マズイと思った料理の札を上げろと言ってやると、全員が何の迷いもなく赤い札をテーブルに並べた。

 その結果に、へぼコックはなぜか愕然としているが、俺としては何もおかしいところはないのでどの辺が不味かったのかを1人1人に聞いて行く。


「ねーちゃんのを食う前は特に何とも思ってなんったんだけど、今となっちゃあこの店の料理は臭かったように感じる」

「それに変な味がした~」

「お肉があったらもっと良かった」

「美味しくない」


 俺はどれがどういう理由で手が加えられてないから不味いと順序立てての説明と違い、無邪気なガキの無邪気な酷評がへぼコックのプライドをぶん殴るので、当然追い打ちのチャンスなんで逃す手はない。


「分かったか? お前の料理じゃガキ1人満足させられないんだよ。材料のせいにするのはド三流の言い訳だ。超一流はどんな材料だろうと最大限の努力をして料理を作る。お前にはその努力がゼロなんだよ」


 さてと。これで改善の兆しがなければ、地上げ連中に加担して本格的に叩き潰し、アンジェとリリンを快適な環境で働かせてもいいかもしれんな。へぼコック? あんなのは廃棄だ廃棄。


「じゃ。ガキどもに飯食わせる事が出来たんで帰らせてもらうわ」


 全員がちゃんとラーメンを一杯食ったのを確認したんで、閑古鳥食堂を後にする。アンジェやリリンを日がな一日眺めてるのも眼福ではあるが、本来の目的は目立つ事なんでそればっかに集中してる訳にゃいかんのよ。


「ちょっと待ってくれないかい?」

「……じゃあ少しだけ」


 突然おばちゃんが声をかけて来たんで、こりゃ何か――と言うか地上げ関係で何かあるんだろうとすぐに分かるのでとりあえず腰を下ろす。ガキどもは話の邪魔になりそうだが、そいつらだけで帰すのは目立つという観点から見ても捨て置けないので、端の方で人生〇ームに興じてもらう事にする。


「まず初めに言っておく。今のままのへぼコックじゃどうにもならん。店を立て直したいってんなら新しくコックを雇うなりするしかないぞ」

「どうしてだい?」

「人の話を聞かない。道具を雑に扱う。何より料理に興味がない。他に料理の出来る奴が居ないなら、こんな料理を作り続けるより別の商売に鞍替えした方がいいと思うぞ?」


 料理が出来ないなら別の職を手につければいい。諦めない心も肝心だが、スパッと未練を断ち切って新たな世界に飛び込むのもまた肝心。ここまでプライドを粉微塵に砕いてやったんだ。その選択をするのが一番賢いと俺は思う。


「……舐めんじゃねぇよ。テメェに俺の何が分かるってんだ!」

「知らんし知るつもりもない。お前がどんだけ頑張ったところでこの店は変わらん。不味い料理を出して赤字を垂れ流し続けて最終的には捨て値でこの場を去らなきゃなんなくなる。これはアンジェやリリンが居ると言う前提が存在しているからわざわざ教えてやってんだ。そうじゃなかったら誰がこんな店に口出しするかっての」


 ここに訪れたのもアンジェを揶揄うためで、味も最悪で店員の態度も最悪なこんな場所に誰が来るかっての。そしてそんな店から逃げられないかどうかは知らんが、少なくとも2人が恩義を感じているっぽいから、この俺がわざわざ改善点を多少辛口だったとしても教えてやったんだ。

 にもかかわらず、このへぼコックは自分じゃなくて他人が悪いとの言い訳をしながら一切の改善をしようとせずに我が道を歩み続けた。その結果が現状だってのに……本当に愚か以外の言葉が見つからん。もう殺した方がいいか?


「とにかく。こいつをクビにして新しいコックを雇え。話はそれからだ」

「そうもいかないんだよ。こいつは知り合いのトコの息子でね。クビにはできないしあたしも料理はからっきし。アンジェとリリンに一縷の望みを託したんだが……」


 どうやら駄目だったらしいな。


「じゃあ借金でもして腕のいいコックを雇い、そのへぼを給仕にでもするんだな。そうすれば客が戻って来るかも知れんぞ?」

「ウチにそんな余裕はないよ。そもそもディクト商会が邪魔をしてくるからね。求人を出したところで誰も来ないんだよ」

「ディクト商会?」

「そこの店を経営する連中だよ」

「あぁなるほど」


 つまりは採算度外視で客を奪い。脅すなりなんなりして腕利きのコックや顔なじみの店から食材が買えないように手をうってる訳か。こりゃ八方ふさがりじゃねぇか。


「そこでアンタに相談だ。ウチの店のコックとして雇われてくれないか?」

「断る」

「ハッ。散々偉そうなこと言っておいて出来ねぇのかよ」

「やれやれ……俺に不可能の文字は……まぁあるんだが、こんな店をシュエイでも2位以下を大きく突き放すほどの圧倒的繁盛店にする事くらいお茶の子さいさいだっての」


 自重さえしなければ、大抵の障害は俺の前に立ちはだからない。

 例えば――王侯貴族すら滅多にお目にかかれないほどの最高級肉・魔族ですら魅了してしまうほどのデザート。龍が入手を懇願するほどの古今東西のあらゆる酒。こんな物を銅貨1枚で腹が破れる程食べられると宣伝すれば、あっという間にシュエイ中どころか世界中から客が押し寄せて来る。こうすれば簡単にミッションコンプリート。

 ――と言うのが最も簡単な手段ではあるが、もしこれがアニーにバレた瞬間。俺はきっとこの世からいなくなっているかもしれないから出来ないだけで、〈万物創造〉にはマジギレアニーとはぁはぁリリィさんを何とかする以外は何でもできる。


「だったらやって見せろ。そうすりゃ負けを認めてテメェのいう事を聞いてやるよ」

「それで挑発のつもりか? まぁいい。なら3日でシュエイ中の料理店から客を奪ってやるよ」


 自重したところで〈レシピ閲覧〉と〈万物創造〉があれば原材料はタダだから、肉だろうが甘味だろうが酒だろうが銅貨1枚で提供できる。

 おまけに俺には〈料理〉があるから、三ツ星シェフでさえ裸足で逃げ出す圧倒的な実力をもってすれば、ほどほどの食材でも赤子の手をひねる様なモン。これで負ける方法があるなら逆に聞きたいくらいだ。

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