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#235 脳内であの音楽を奏でよう

 食べてみて初めて分かる。他の料理も多少は進歩しているものの、今までの酷さと比べればほとんど微差。恐らく〈料理〉を持ってなかったら分からんのじゃないかってレベルの差でしかない。つまりは不味い領域を微塵も脱してないんでこう言う他に言葉が見つからない。


「ふざけんじゃねぇ!」


 そんな酷評に激高したのは当然料理長。こちとら客で子供で絶世の美少女のアスカちゃんだと言うのに、普通に包丁をテーブルに叩きつけたけど、気にせず淡々と食事を続ける。


「まず肉自体が粗末だな。豚と牛を混ぜているのは咎めるつもりはないが、この前食った物より明らかに質が落ちているし、焼き方もてんでなっていない。魚も同様だ。腐りかけで下処理も甘いから臭いが香草で消し切れてない。サラダも塩が少ないしチーズも変な臭いがする。スープに至っては使った食材の量が少ないから旨味もないしそれを補う味付けも薄い。この店でまともに食えるのはい変わらず果物だけだが、そんな物は別の店で済む。つまりはマズイ。これのどこに不満点がある」


 むしろつらつらと改善点を教えてやってるんだから、地面に額を擦りつけん勢いで感謝してもいいくらいだろうに……それをこの料理長と来たら包丁を向けて来るなんて、恩知らず出汁料理人としての矜持がないにもほどがある。


「それに、包丁は料理人の命だ。それを粗末に扱う貴様に料理を語る資格なし。ところでアンジェ。こんな劣悪な環境でリリンは元気か? こんな奴の作る腐りかけのまかないで、病気になるような料理食わされたりしてないか?」


 責める責める。疾風怒濤の口撃で料理人を責める責めるうううう~。

 ニヤニヤしながら尋ねられたアンジェは、どう答えていいか分からないのかしどろもどろになっている。

 表情を見る限り、ここの料理は激マズだけど住まわせてもらってるから悪く言えないみたいな感じになっている。それはほぼ答えを言ってるようなもんだがアンジェを責めるつもりはない。口が悪くてロリだけど可愛いからね。


「おいおいおいおい……従業員をまともに食わす事すら出来ねぇのか? だっさ。うははははは!!」


 ゲラゲラ笑って料理長を馬鹿にする馬鹿にする。ここまで言われて次は何をしてくるのかなーと待っていると、アンジェから平手打ちのご褒美をいただきました!


「何も知らないくせに……勝手な事言わないでくれないかしら」

「え? 俺が悪いの? あの時どうすれば美味くなるとか手本見せたよな? それでこの出来ってむしろ転職を進めるのが優しい言える程だろうが。それが分かってないからこうして料理人に向いてないと懇切丁寧に教えてやってんだぞ」


 的確に何が悪いのかをこんこんと説教してやった。それなのにビンタされた。まぁご褒美と言えなくもないがここでありがとうございます! なんて言ったところで首を傾げられるか火に油を注ぐ結果の二択――いや、後者の可能性の方が高そうだぜ……ごくり。


「別にその子はそういう事で怒ってんじゃないよ」


 はてと声のする方を見てみると、今まで沈黙を保っていた恰幅のいいおばちゃん。


「じゃあなんだってんです?」

「あっちを見てごらんよ」


 言われるがままに視線を向けた先には、行列がある。それを見てふと、この世界で行列って初めて見たなぁと感慨深く感じていると、きっと何の店か分からないって思ったんだろうね。おばちゃんが「あそこは飯屋だよ」と教えてくれた。

 なるほど。あれだけの行列が出来るって事は、ここら一帯の店は客を根こそぎあの店にとられたって事か。他の店を知らんけど。


「前来た時はなかったですよね」

「伯爵が新しくなってからすぐさ。どっかからやって来た商人がここら一帯を新しく住宅地にするんだって胸糞悪い手段で土地を買いあさってさ。それでうち等にも立ち退けって言って来たんだけど、こっちは他に行く所がないから断ったんだ。そうしたらあれさ」

「他にも、いい食材はあいつらに買い占められ、贔屓にしてもらってたお客さんにもちょっかいかける連中も頻繁に来たり、夜中に店の物が壊されてたり腐った食材が散乱してたりするのよ」


 なるほど。つまりあれだ。あの店は地上げ屋の嫌がらせによってできた店って事か。それにしたって何ともまぁ古典的な事をするもんだな。

 となるとそろそろかと考えていると、〈万能感知〉に多少殺意のこもった反応を纏った……きっと乱暴者だろう。うん。たとえ犬猫と大差ないようにしか感じられんくともそうだろ思う。だって視界に入ってるのが人だから。

 先頭のは犬っぽい耳で一目で獣人と分かるし、後ろの2人も豚っぽい奴とネズミっぽい奴で消し切れない下っ端感がなんともコントっぽい。ここは1つ……


「邪魔すんぞ」

「邪魔すんなら帰って~」

「あいよ――ってなんでやねん!」


 マジか!? 来たっ! っと思ったから異世界フィルターを通す事無く発言したら、まさかこの世界でノリツッコミが返ってくるとは思いもしなかった。こいつぁデキるぜ。そしてその部下もなかなかにやりおる!


「いらっしゃい。この店の飯は不味いが来店は歓迎すると思うぞ」

「おれ達は客じゃねぇんだよ」

「達? お前以外に誰もいないだろ。エア友達でも脳内に飼ってんのか? 気持ち悪ぃ」

「1人だぁ? おい! テメェ等戻って来い!」


 ようやく気付いたようで、必死に呼びかけると部下らしき連中が渋々と言った感じで戻って来たら、当然のごとくひっぱたかれた。


「何帰ろうとしてんボケ!」

「「いや、帰ってって言ったから」」

「それは兄貴であるおれが決める事だ。なに奴等の言葉に惑わされてんだ!」

「真っ先にノって来たのは兄貴のお前だろうが」

「うるせぇ! ってかお前が余計な事言ったんだろうが。客が口出ししてんじゃねぇよ!」

「その場のノリと勢いってのがあるだろ。それを考えればあんたは十分に俺の期待に応えてくれたぞ。野郎じゃなかったら金一封をくれてやるくらいにノリが良かったぞ」


 ぐっ! とサムズアップして俺なりに感謝の意を示してみたが、そのうちの1も伝わらんかったようで、どうやらこっちを無視すると決めたらしくおばちゃんへと目を向ける。


「こんな客が来ないような店。いつまで残してても意味ねぇだろ。ちゃっちゃとおれ達に売り渡して別の場所で店をやりゃいいだろ」

「ここに客がいるぞ?」

「そうだよ。こうして客が来る限り、こっちはここを立ち退くつもりはないよ!」

「ま。この味じゃあきっと誰も来んだろうけどな」

「……おいおい。客にそんなマズい物を出してよく料理人を名乗れるなぁ」

「ロクな材料が来ないようにしてんじゃないのか?」

「……そうだよ。あんた達が脅してロクな材料を売らないようにしてんじゃないか!」

「ま。材料がそろったとしても、この腕前じゃあどうだか」

「「お前」「あんた」はどっちの味方なんだよ!!」


 2人からツッコミを受けました。うんうん。やっぱ分かってるねぇ~。しかし分かっていない事があるから説明してやろうじゃないか。


「俺は綺麗で可愛い女の子の味方だ!!」


 堂々とした態度でそう言い切ると、おばちゃんと地上げ屋の兄貴はお互いに示し合わせたかのようにアンジェに目を向けると、アンジェも言わんとする事を理解したようで、俺の手を握って厨房の奥へと連れて行かれた。

 おかしいな。地上げ屋とおばちゃん達は敵対してるはずなのに、どうしてこうも息の合ったチームプレイが可能なんだ? 解せぬ。


「なに?」

「いま、女将さんとあの連中が大切な話をしてるから邪魔しないでもらえないかしら」

「邪魔ってなんだ? 俺は素直な感想を言っただけだぞ」

「それが邪魔だって言うのよ! 話が前に進まないでしょうが!」

「……なるほど」


 うん。よく分かった。どうやら俺は地上げ交渉の会話を邪魔していたようだ。ノリツッコミをしてくれたからついつい調子に乗って……そんな自覚は全くなかったんだが、アンジェに言われて初めて気が付いたよ。これはスマン事をしたとようやく自覚し、キッチンから裏口へと案内される。


「ところでリリンはどうしてんだ?」


 狭い店にもかかわらず、その姿がどこにも無い。あれだけサキュバスとして完成されたスタイルをこの俺が見逃すなんてありえねぇ。ってかそもそも〈万能感知〉に表示される人の数が足りてないじゃないか! まさか……っ!?


「変な勘違いしてるようだけど、ただ風邪をひいて休んでるだけだからね」

「それはそれで緊急事態ではないか! 速攻で治してやるからそこまで案内しろ」


 よく考えたら、そんないかがわしい店の勤務なんて、アンジェが許す訳ないか。それよりもリリンが苦しんでいるとなれば、助けに向かうのがジェントルとしての俺の役目だろう。ここに居たって話の邪魔になるってつい今しがた言われたばっかだしな。それなら弱っている女性を献身的に看病し、通常時の3割増しの好感度が獲得出来るまさにチャンスタイム! これを逃しては男――ひいてはジェントルの名折れよ。

 アンジェの方も、連中がいる限り仕事にならないと思っただろうし、俺には自分達のオカルト面を治してくれたエリクサーの絶大過ぎる効力を実体験しているだけに、断りずらかろうて。


「こっちよ」


 だからか。少し、こいつを家に入れるのは嫌だなぁって顔をしたけど、背に腹は代えられないのだろう。この世界の医療事情は知らんが、こんな閑古鳥食堂で働いていてまともな薬を買うのは難しいだろう。渋々と言った感じで店を出て行くその後を追いかけた。

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