#236 眠るまで飲んで
「ここなのか?」
「ええ」
アンジェに案内されて到着したのは、スラム街区にある廃墟より多少はマシって感じの建物。一応石造りの三階建てアパートっぽいが、壁はボロボロだし立て付けが悪いのか開けるのにも一苦労なほど。
ギギギギ……なんて神経を逆なでするような音が鳴る扉をくぐった先も、ロクに明かりもないから朝だってのに暗いし、階段も踏み込むたびにすっげぇギシギシ鳴って下に落ちるんじゃねぇのかって不安を感じつつ最上階へ。
「上層階に住んでんのか。贅沢だな」
「何言ってるの? 高い場所は上り下りが大変なんだから安いに決まってるでしょ」
「あぁ……」
そう言えばエレベーターとか、なにそれ? 美味しいの? って感じか。必要としてないんで俺の〈万物創造〉にもそういう類の物は現状では造りだせないからな。何とかしてって言われれば可能な限り努力する所存だが、何をスタートにすればゴールにたどり着くんだ? とりあえず木を切って入れるサイズの箱にして、それを〈品質改竄〉にかけてみればなんとかなるかな。
そんな未来予想図を脳内に描きながら到着。すぐにアンジェが鍵を開けて中に入ると、中は6畳くらいの広さに俺のくれてやったフード付きコート以外の他に何もない場所に、リリンがそれを布団と毛布代わりに横になっているだけの簡素な部屋だ。
「リリン。大丈夫?」
「ねーちゃ。あすか?」
風邪でボーっとしているリリンがゆっくりと体を起こそうとするのをアンジェが手伝う。さすがに寝たまんまエリクサーを飲ませる訳にゃいかんしな。もちろん野郎だったら強制加湿器sty~le。
にしても……潤んだ瞳にアンジェにしなだれかかる姿。汗ばんだ肌に上気した頬。さすがサキュバスと言わんばかりのエロさだな。俺に〈万能耐性〉が無かったら、今頃狼となってロクに抵抗できないリリンを骨の髄までしゃぶりつくしているかもしれない。
「お久~。何でも病気になったって聞いてな。イイモンあるからグイっと飲みねぇ」
いかがわしい妄想を放り投げずに〈写真〉で保存しながらエリクサーをリリンに突き出す。
「いいの? クスリ高い」
「アイツがいいって言ってるんだから素直に貰っておきなさい」
「そうそう。そこの無駄に頑丈な姉と違ってリリンは繊細なだけ――った!?」
「無駄に頑丈って何よ! アタシだって風邪ひいたり病気したりするわよ!!」
「うん。ねーちゃは暑くなるとよく風邪ひく」
あー……何とかは夏に風邪をひくって言うもんなぁ。もちろんそんなのは俗説らしいから一概には言えないんだけど、何故だろう。凄ぇしっくりくる。
「そうかそうか。まぁとりあえず飲んどけ。別に金とったりしないから」
「ありがと」
うぐぅ!? 何ちゅう破壊力の笑みだよ。ちょっと無気力な感じと熱で上気した頬が何ともエロいぜ。
そしてエリクサーを飲む仕草もだ。普通に飲んでいるはずなのに滅茶苦茶エロイ。特に顎を伝って胸の谷間を流れ落ちるその一滴と言ったら……いかんいかん。また病人相手に邪な考えを。
ま、まぁ? それでも〈写真〉に残すぐらいは別に問題ないはずだ。誰にも迷惑かけんしね。
「どう? 痛い所とか気持ち悪いとかない?」
「ん。治った。お腹すいた」
空腹を訴えるようにリリンのお腹も可愛らしく鳴いている。うん。風邪が治った途端にその淫靡な魅力がきれいさっぱり消え去ったように感じる。これは一体どういう事だ?
「なぁそこな2人よ」
「なによそのへんな喋り方は」
「なに?」
「まぁ殴られる前提で話をするが、ついさっきまでリリンの身体の隅々まで舐めまわしたいと思うほど興奮してたんだけど、これってもしかして前に言ってた〈強制催淫〉って奴か?」
素直な疑問に対し、アンジェから速攻で顔面ストレートのご褒美をいただきました。隣で聞いていたリリンも顔を真っ赤にして速攻でローブを纏ってフードで顔を隠してしまった。分かっていた事だからべつに傷つきゃしないし、前もって殴られると言ってるから罪悪感もナシだ!
「ああそうね! リリンが風邪で弱ってたからきっと制御が甘くなってたんでしょうね!」
「お前は必要なさそうだよな――った!?」
ありがとうございます!
「一言多いのよ! アタシはアタシでちゃんとコントロールしてるの」
「嘘。おーちゃ、調整下手」
「なっ!?」
身内からのまさかの裏切りに、アンジェも驚きを隠せない。俺もまさかリリンがそんな事を言うなんて思ってなかったら少しびっくりだ。
「やっぱヘタクソだったのか。まぁその無魅力体形じゃ無理もないか」
そうケラケラ笑う俺に、リリンは首を左右に振って違うとアピール。
「無しか全開か。ねーちゃはそれしか出来ない。だから小さい」
「なん……だと?」
じゃあなにか? あのちんちくりんのアンジェが〈強制催淫〉を全開にすれば、リリンなんて目じゃない傾国級の美女になるって言うのか?
「な、なによ」
じろじろと舐めまわすようにアンジェを眺めてみる。うん。何となくだけどそうなったとしてもリリンほど魅了されないような気がするから大丈夫だろ。
「別に。それよりも腹が減ってるなら飯を食え。やっぱ体力つけんとな」
病み上がりだから、消化にいいモノ代表のおかゆを取り出し、それだけじゃあ栄養的に足りないんで、おかかや昆布の佃煮に牛のそぼろなどなどの小鉢をいくつも並べ、旅館のあの小さいテーブルみたいなのに乗せていく。
「なにそれ。ドロドロしてて気持ち悪いわね」
「おかゆっつってな。病気した時は身体の機能が落ちるから、こうして負担のかからない物を食べるのがいいんだよ」
「……美味しくなさそう」
「まぁ無理に食わせるのも気が引けるしな。これは俺が食うから代わりに別な料理でも用意すっか」
しかし、おかゆが駄目ってなると何にしようかね~と〈レシピ閲覧〉で世界の風邪の時のメニューでもと探してみると、結構色々あるんだなぁって思いながらどれも時間がかかりそうなので、卵酒にしよう。
まずは材料。酒と卵と男と――じゃなくて砂糖とハチミツ。
初めにコンロと蒸し器を取り出し火にかけ手酒を温める。それが温まるまでの間に卵とハチミツと砂糖をよく混ぜておく。リリンは子供っぽいから甘みを少し強めに。
そうこうしてるうちに酒が温まったんでいったん取り出し、アルコール分を薄るめる為に水を少々いれて、濾しておいた卵をゆっくり注げば完成。
「これならどうだ? 甘いぞ」
「甘いの?」
「ああ」
「じゃあ飲む」
少し躊躇いはしたけど、一口飲んでから美味しそうに卵酒を飲むので、大して重症じゃなかったんだろうとおかゆをパクパク。
「それにしてもなんもない部屋だな。こんな環境ならそら風邪ひくわ」
「仕方ないでしょ。元々あのお店には無理を言って置いてもらってるんだから。部屋を与えてくれただけでも感謝しかないわ」
「何言ってんだよ。あの店が流行らないのはあのおっさんの腕がへぼだからに決まってんだろ。料理作ってやった時のこと覚えてねぇのか?」
「それは……」
あの時も不味い料理を食わせれたんで、可能な限り同じ土俵で勝負をしてやって完膚なきまでに叩きのめしてやったんだ。いまさら食材の品質がどうのこうの文句を言ったところで覆らない。だってあいつはヘボだから。
「そもそも。立ち退きに払われる金ってどんなモンなんだ?」
「確か……銀貨20枚って聞いた気がするわ」
「価値的にはどんな感じ?」
「なんで分かんないのよ」
「気にして生活してないんで」
「なんかムカつく言い方ね。ちなみにアタシ達の賃金は1日働いて銅貨2枚よ」
「安いんだよな?」
「当たり前でしょ。食事も寝る所も用意してくれてるんだから貰えるだけでも喜ばなくちゃ神様から天罰が落とされちゃうわ」
うへぇ……なんかブラック臭がする。あのマズイ飯にこの劣悪な住まい。労働環境は閑古鳥が鳴いてるから楽なもんだろうけど、それで結局こうなってりゃ世話ねぇな。
「それでお前等が納得してんなら構わんが、やっぱ病み上がりを地べたに寝てるのを見過ごすのは、美少女大好きアスカちゃんとしては出来ねぇ相談だぜ」
登場するのは美少女限定の匠。この手にかかれば何もなかったこの部屋が……なんと言う事でしょう。10分もしないうちにファンシーな部屋に様変わりしたではありませんか。
硬い石だった床には魔道具と化して汚れが自然と消えてしまう真っ白な絨毯が敷き詰められ、汚れた衣服を入れれば洗濯・乾燥・折り畳みまでやってくれるファンシーな飾りつけがされた魔道具タンスが、部屋が狭いんで姉妹で1つ。ついでに何着か服や下着を押し込んでおけば無問題。
ベッドには絨毯と同じく防汚・防ダニ・自然浄化のシーツ・枕・布団・低反発マットをダブルで。さすがにこの狭さでシングル2つはスペース取りすぎだからな。
最後に飯を食うテーブルや病気になった時の常備薬をいくつか詰めた薬箱を置き、リリンをベッドに寝かせてお仕事完了っと。
アンジェは新しく生まれ変わった部屋の確認をするとの事なので、俺は一足先にお暇させてもらう事にした。まだここの不味い料理に対して代金も支払ってなかったしな。という事で店に戻ると、あの3獣人は帰ったようだった。




