#176 その昔……バターを塗れば消えるとのデマが流れたなぁ
とりあえずまだ縄はほどかないし精霊食いも追い払わない。こいつ等は脅しの道具としてキッチリ役に立ってもらわなきゃいかんからな。
「さて……それじゃあまずは契約するぞ」
「はぁ!? 先に助けなさいって! というかなんでアンタみたいな精霊を敬わない奴と契約なんてしなきゃなんないのよ!」
「それはない。お前に対する信頼なんてゴブリンが女性を襲わないというくらいにあてにならん」
「ふっざけんじゃないわよ! このアタシがゴブリン以下ですって!? もう殺す。アンタは絶対殺してや――ギャアアアアアアアアアア!! 吸われる。吸われてるううううう!」
「なるほど殺すか。それだと、やっぱりお前はここで見殺しにした方がよさそうだな」
やはり反省する気はゼロか。ほっといても何かしら害になるような事もなさそうだし、むしろこんだけやかましくてムカつく存在を消し去れるのは他の精霊たちにとってもプラスなんじゃないか? そもそもこいつが大精霊ってのも嘘くさいし。
「待ちなさいよ! アタシを見殺しにしたら世界のバランスがああああああ!! 本当に消えちゃううう!」
「なんだバランスって」
「さぁ? 精霊はこの世界にとって大切な存在とは聞いていますがそこまで詳しくはなくて……お役に立てなくてすみません」
「まぁいいって。そういうのはコイツから直接聞けば済む」
とりあえず精霊食いを半分駆除する。この馬鹿同様魔法阻害を付与した虫取り網を振るってみれば殊の外あっさりと捕まえる事が出来た。これで会話するくらいの余裕は与えたつもりだ。
「さぁ盗み食い精霊。世界のバランスってのはなんだ」
「んな事いいから助けなさいよ! アンタたちには関係ない事でしょ!」
「関係ないかどうかは俺が決める事だ。謝罪は後回しでいいからさっさと答えろ」
「そ、それは……」
「はーい。そこまでよぉ」
瞬間。どてっぱらをぶん殴られたような衝撃が突き抜け、久しぶりに嘔吐感を味わいつつ膝をつきそうになるのを何とかこらえると、目の前にいたはずの盗み食い精霊が遥か彼方にまで移動――いや、この場合は俺達が吹っ飛ばされたんだな。
「何者かなお姉さん。出来れば邪魔してほしくないんだけどな」
盗み食い精霊の横にいつの間にか佇んていたのは、横のチビよりはるかにデカい。立派な成人女性くらいのエメラルドの髪を持つ20代くらいに見える全裸の女性だが、肝心な部分は竜巻みたいなのが渦巻いていて全く見えない。クソッタレが。
「あらぁ。今ので平然としていられるなんて、クズな精霊攫い如きにしては強いのね」
「精霊攫い? なんだそりゃ」
「うふふ。いまさらとぼけても無駄よぉ。お姉ちゃんはなぁんでも知ってるんだからぁ!!」
何を分かってんのか知らんが、完全に人違いだ。とはいえあの縛られたチビを前に精霊食いを侍らせてたんだ。そう思われるのも無理はないか。
マイナス。それも最底辺にまで降り切れてるであろうその心証をせめてフラットにまでは持って行きたいかな。逃げるにしてもどれだけの力を持っているか分からない相手だ。その見極めは必要な事だと俺は宣言する。いいか? 決して激しい攻防の最中にあの隠れている場所のその奥が拝めるかなんて不純な動機は2割くらいしかないからその辺は勘違いするなよ。
という訳で、〈万能感知〉を頼りにカーブを描きながら接近する何かをひらりと躱し、創造した小石を音速で撃ち出すとあっさりと頭部がはじけ飛んだのも束の間。秒も経たずに元通りになった。まぁ想像通りの結果だな。
「わーお。どうなってんだいそれ。不死身なのかな?」
「あらあらぁ。ゴミがこうもとぼけて見せると怒りを通り越して喜劇にすら思えて来るわねぇ」
「別に怒らせるつもりはないんだけどな」
そう呟きながらさらに投石を5発ほど。今度はあのチビにも効果があった魔法阻害の付与をしたものを撃ち出してみると、何か違和感に気付いたんだろう。今度はしっかりと回避した。しかしあの竜巻的な何かは寸分違わず隠しおおせたか。チッ!
「……随分と面白ぉい事が出来るのねぇ」
「でしょう? ちょいと実験的にやってみたら上手くいったんですよ」
「なぁるほどぉ。それがあるから精霊攫いなぁんて事が出来るのねぇ」
あっちゃあ……どうやら怒りにさらに油を注いじまったみたいだな。
「アスカ自爆なのだ」
「うっさい。というかお前等何してんだ?」
ふと意識をユニ達に向けてみると、全員が地面にはいつくばっているように見えるがその表情は2つに分かれる。
ユニとアンリエットはどこか苦しそうにしているのに対し、マリアはそこそこ余裕があるように見える。というかただ単に地面に寝そべってると言った表現の方が正しいかもしんないな。
「こうなってるのはきっと〈精霊の威圧〉というスキルの影響なのだ。強い精霊になると、この世界で暮らす存在の自由を奪うなかなか危険なスキルを持つようになると聞いた事があるのだ。そういう事が出来るから、わち等魔族でも精霊の機嫌を損ねるような事をあんまりしないのだ。なのに、どうしてアスカは無時なのだ?」
「それがあの盗み食い馬鹿みたいな増長につながってるって訳か。ならこの辺で一度くらい痛い目にあわせるのも一興かな。そして俺が無事なのはそこの精霊如きよりはるかに強いからだろう」
本当の理由は、説明を聞く限りだとこの世界の人間じゃないからなんだろうが、その辺の情報は置いといて、とりあえず魔法阻害を付与した物ならば、精霊に物理的な接触が出来るのはそこの馬鹿で実地済み。であるなら剣にも同じ事をすれば切れる道理となる。
「っ!?」
「ぬぅ? い~い反応しますねぇ」
そこそこの速度で飛び出し、牽制の指弾で相手の足を止めつつ斜めに軌道を変え、わざと地を激しく踏み抜いて土ぼこりを巻き上げながら、さらに右に回避しやすいように指弾を数発飛ばしつつスタングレネードを逃げた先に放つ。
一瞬で光と音が駆け抜けて、そこかしこの木々から悲鳴のような鳴き声が響き渡り、ほぼ裸のお姉さんからも予想だにしていなかった攻撃に短い悲鳴が聞こえたのを確認して跳躍。背後を取り~の襲い~のだったんだが、見事に回避されてしまった。当てる自信があっただけにこれには驚きだ。
そしてすぐに反撃とばかりに飛んできた見えないフックみたいな何かを避けて距離を取る。
「ビックリしたわぁ。さすが精霊攫いなんてウジ虫並の事をしてる人間ねぇ。こぉんな卑怯な手を使うなんてぇ」
「それはいいセリフを聞きました。ズルいや卑怯は敗者の戯言。貴女はすでに負けを認めているという事なんですね。よく状況が見えていらっしゃる」
恭しく胸に手を当てて礼をすると、目論見通りほぼ裸の精霊の雰囲気が一変した。
途端に木々の葉が吹き飛ぶほどの豪風が全方位に襲い掛かったかと思うと、エメラルドの髪の根元から毛先に向かって紅い光が蠢く。怒りを表すサインか何かかな?
「……精霊に生かされてる存在が大きな口を利くじゃなぁい。すこぉし本気で殺してあげるわぁ」
「なら俺は加減して勝ちを得てみましょう。その時にはこっちの話を聞いてもらいますよ」
「出来るものならやってみなさい!」
ほぼ裸精霊が腕を振り上げると同時に、俺を囲むように竜巻が発生。とりあえず剣を振ってみるも一瞬隙間が開く程度でビクともしない。さすがに魔法阻害じゃどうにもならんか。
「うが……っ!? あいたたた」
ぼけーっと考え事をしていたせいで、わき腹を思いきり殴られたうえに踏ん張りが遅れて肩が思い切り竜巻に巻き込まれて、砂場で転んだくらいの痛い思いをした。
それからも、上下左右のあらゆる角度からヘビーパンチャーのような一撃がひっきりなしに襲い掛かってくるが、最初の一撃以外は来ると分かっているんでさほど脅威にはならないとなると、問題なのはこの竜巻だ。
〈万能感知〉で見てみると、相当量の魔力が込められているせいか中心地に居る俺の反応が覆い隠されるほど。そのおかげでほぼ裸精霊からの攻撃に対する反応が遅れ、結果としてボコられる。まぁダメージ自体は大した事ないし、それを上回る速度で〈回復〉が仕事をしてるから無視していいくらいだ。というか実際ほぼ無視して起き上がりこぼしみたいになってる。
さて。あんま時間をかけすぎると魔族領のアレクセイの元に辿り着く前にアニー達に呼ばれないとも限らんからな。時間は有限なんでさっさと終わらせるとしますかね。
「封魔剣~」
取り出すと同時にとう! と一閃すると、さっきまでの苦労は一体どこに!? とばかりに竜巻は綺麗さっぱりなくなり、遠くてもよく分かるほどほぼ裸精霊が驚いていたんで、その隙を見逃さずしっかりと間合いを詰めて急所になりえない場所を狙って封魔剣ではなく魔法阻害の剣を突き刺した。
「っぐ!? い、一体どうやってぇ……」
「秘密です。さて。まだ続けますか? それとも降参しますか?」
そう問いかけながら封魔剣をそっと近づける。狙う場所はもちろんごにょごにょ……。
「……そうねぇ。さすがにお姉ちゃんまで消えちゃったら本当に危険だものぉ。ドグサレ人間相手にするのは気に入らないけどぉ、降参してあげるわぁ」
なんか納得いかないんだが、とりあえず降参してもらったことに変わりはないんで、取りあえずユニ達を元通りにしてもらってから縛らせてもらった。亀甲縛りをしたかったが、やり方が分からんかった。ちくせう。
あ。ちなみに封魔剣でも隠された部分を覗き見る事は叶いませんでした。絶望した!




