#171 勝負とは、始まる前に終わってるものだ
「もしもーし。ちゃんと話が聞けるくらい冷静になったか?」
「……ああ。余計な手間をかけさせたようで申し訳ない」
やれやれ。ようやくか。
こいつが突っ込んで来た時。何でも〈狂人化〉というスキルを発動させていたらしい。
これは、一時的にステータスが3割ほど上昇するメリットがある反面、その名の通り暴力的な方向への短絡思考に拍車がかかってしまうそうだ。そのせいでもう少し時間がかかるところをこの速度で王都まで到着できたとの事だったが、その反動が俺を発見した瞬間にルクレールを攫った人間なので討つべき敵と判断してしまったそうで、殺しても良かったんだがよりストレスを解消したかったから、主に顔を重点的に殴る蹴るの暴行を加える事での時間切れを選択した。したんだが……。
「しかし小娘――おっと。貴女はその若さで大層な実力をつけているのだな。姫の護衛として鍛錬を怠らず、全力であれば敗北など一度として経験した事が無かったのだが、手も足も出ないという経験は初めてだ」
スッキリとしたような笑みを浮かべるその姿は、何故かあれだけ殴ったにもかかわらずその暴威が減るどころか増加していた。分かりやすく言えばイケメン度合いが減ってないという訳だ。どうしよう……この殺意を鎮めるのがだんだん難しくなって来た。
「ああそうかい。ところであんたはどうするんだ?」
「もうスキル効果も切れているので姫の元へと戻ります」
「そうかい。ほいだば姫さんにアニーやリリィさんをよろしくと言っといてくれや」
こいつであるならば、ルクレールにこの伝言を伝えるくらい造作もないはずだ。一体何をしてたのか知らんが、たった10にも満たない護衛の1人として同行してただけじゃなく、青肌ゴブ相手に最後まで剣を振るっていたんだ。コイツだってそこそこの地位にいると信じたいし、そもそも王都に行くつもりなんだから渡りに船だ。
「ああ。他でもない姫様の恩人である君の言葉だ。必ず伝えよう」
そう言って柔らかい笑みを浮かべるレオンに、アニーとリリィさんは一瞬で顔を赤くしたが、アンリエットやマリアは元から興味がないのかメープルシロップをたっぷりとかけたホットケーキタワーを呑み込むような勢いで食べ進めている。
当然俺は吐き気と殺意しか感じない。野郎が野郎に笑顔を向けられた所で、それ以外の感情が動く事なんて未来永劫ありえない。だってノーマルだもの。
「じゃあよろしく」
用件も済んだしさっさと行くか。このままここに居るとマジでついうっかり。なーんて事を本気でやっちゃいそうで怖い。もちろん殺りたいかと聞かれれば即OKと返事をするんだが、これだけの人間の目の前で何の罪も犯してない相手をってなると、さすがにマズい。好感度が一気にマイナスにまで傾く。さすがにそれは避けたい。
ならばどうするか。一刻も早くこの場を立ち去る事だ。という訳で、アニー達に満足したらパーティーチャットで連絡をくれと言い残してさっさとこの場から逃げる事にした。もちろんアンリエットやマリアもこっちについてきた。
――――――――――
それから15分ほどユニに走ってもらい。この辺りでいいだろうと馬車を止めて全員に目を向ける。
「さて。突然ですが我々は魔族領に行く事にしました」
「左様ですか。了解しました」
「分かったなの~」
「それならわちの所に来るのだ。歓迎するのだ」
「あれ? 驚いたりしないんだな」
てっきり一言二言くらい質問なり異論が出るんじゃないかと思っていたけど、思いの外あっさりと行く事が決まった。余計な手間がないのはいいんだが、無ければ無いでなんか寂しい。
「従魔であるワタシが、主の行動に口を挟むなんてしません」
「名付けの時しただろ。それも滅茶苦茶」
「あの時はまだ従魔ではありませんでしたから」
「ぐ……っ。ああ言えばこう言う」
様々な知識を得た今のユニはマジで頭がいい。なので勝機のない口撃を挑んだところで返り討ちになるのは目に見えている。なのでこうつぶやくのが精一杯だ。くそう。漫画やアニメ知識なら負けないのに。
「とにかくです。主が魔王を討つというのであればワタシはそれに付き従うのみです」
「いやいや。この俺がそんな面倒しか待って無いような事する訳ないじゃん。俺が魔族領に行くのはアレクセイって魔族に会うためだ」
「アスカ。アレクセイを知ってるのだ?」
「ああ。少し前にフルボッコにしてエリクサーを飲ましてちょいと頼みごとをしてあるんだ。今回はその進捗状況を聞きたくてな。マリアも知り合いだったのか?」
「そうなのだ。最近何でか急に強くなったように感じたのはアスカが影響していたからのだ。それなら納得なのだ。アイツの仕事を手伝ってお金を貰ったのだ」
「で? 魔族領ってのはどんな場所なんだ?」
「どうと言われても普通なのだ」
「……まぁ、行ってみれば分かるか」
マリアに情報を求めるのは愚行だってついさっきアニー達に語ったばっかだったこと思い出し反省。とりあえずどこまで行けば魔族領に入るのか分からんが方向だけはしっかりと分かってるんで、まずは道なりに北上する事にした。人種の領域は世界基準では南側だから。他に選択肢がない。
「あぁ……懐かしの幌の感触だなぁ」
品質を最高レベルにまで上げてたからな。こうして改めてこの身を預けてみるとあの商人の物とはその感触が全く違う事に改めて気づかされる。分かりやすいかどうか知らんがウォーターベッドとせんべい布団くらいの違いがある。
天気もいいし、このままひと眠りしようかなーなんて思いはあるけど、お子ちゃま2人がそれを許してはくれないみたいだ。ずるりと馬車の中に引きずり込まれる。
「アスカ~。暇だから遊ぶのだ~」
「遊びねぇ……なにすんだ?」
「魔物狩りなのだ。今のところわちが王者なのだ」
マリアが嬉しそうに胸を張るその横で、アンリエットは悔しそうな表情をする。ついでにユニに目を向けてみると、佇まいこそ何ら変わらない風を装っているが尻尾は正直でだらしなく垂れさがっている。さすが魔族からも恐れられていると言われているだけはあるな。まぁ? 俺を相手にその勝負はすでに勝負とはなりえないがな。
「それは遊びなのか?」
「わち的には遊びなのだ」
「なるほどな。じゃあやってみるか?」
「本当なのだ!? それならわちが勝ったらお菓子をタダでたくさん寄越すのだ!」
「いいぞ。じゃあお前が負けたらこの苦い茶を飲んでもらおう」
ま。苦い茶と言ってもただのセンブリ茶だ。やはり罰ゲームの定番と言えばこれだろう。
「ふふーん。アスカがいくら強くたって、わちが負けるはずないのだ。いくらでも飲んでやるのだ」
「しかしどうする? こんな場所でその遊びが出来るは思えんぞ」
いくら魔族領に向かって進んでいるとはいえ、まだまだ王都圏から出てる訳じゃない。という事は魔物が勝負になるほどの数存在しているのも怪しい。出来ればダンジョンなり魔物のたまり場なりを発見するのが好ましいも、〈万能感知〉ではそう言った都合のいい場所は発見出来てない。
「むふふ……それはもちろん、こうするのだー!」
何をすんのかと思ったら、マリアはいきなり翼を広げてどこかへと飛んで行ってしまった。きっとああやって、魔物が居る場所まで行っては大量の魔物を狩り、それを持って来て勝ちを得ていたんだろうが、こっちには無敵の〇2機関が存在する。その移動時間すら必要としないのだよ。
「しゃーない。少し止まってくれ」
「主よ。ワタシとしては負けてほしくないのですが」
「あちしもなの! あんな奴にご主人様が負けるなんて見たくないなの!」
「おいおい。俺を誰だと思ってるんだ? アスカさんだぞ」
某ハゲ芸人のようにポーズを決めて、すぐに魔物の死体とエリクサーを取り出す。
「この魔物は何でしょうか? 初めて見ますね」
「魔物生み出す魔物だ。マリアと初めて出会った時に見つけてな。いい経験値稼ぎに使えると思ってこうして保存してんだ」
「あぁ……時折変なタイミングでレベルが上がっているのは主のせいでしたか」
「ユニ。そう言うのはおかげと言ってくれんかね」
ユニの問いに答えながらも、いつものようにエリクサーを叩きつけて復活させると、すぐさま起き上がって魔物を吐き出し始めた。この辺りはほぼ毎日のように繰り返し行ってきた一連の流れなので淀みはほとんどない。
というか。尋常ではないほどエリクサーをぶっかけてた所為かこっちの言葉を理解するくらいには進化し、魔物を生み出す速度がテイム? 当初と比べて2割くらい早くなっているしその種類も豊富になっていた。
「さて。それじゃあ適当に数を稼ぎますかね」




