#132 今……あなたの後ろにいないよ?
それからもうんうんと唸り続けた結果。まともな言い訳をする事を諦めて、まぁ察してくれやという投げやりな言葉で強引に断ち切った。
というか、必死に言い訳を考えている俺の姿を見て、何かしら事情があるんだろうとすぐに察してくれたから特に文句や追及の手が伸びたりしなかった。ありがたやありがたや。
「まぁいいわ。それで伯爵の居場所だけど、いくつかあるんだけど私達が知っているのは、中央の統制局とスラム街区のど真ん中のものだけよ」
リューリューが懐から地図を取り出し、指し示したのは北西部。さすがアサシンを生業としているだけあって、その地図はシュエイ内部をかなり細かく書き記されている。そこが何区なのか名称や境界線もちゃんと当て非常にわかりやす――ん?
「ちょっと待てよ。俺の知ってるスラムって、悪人や孤児が住んでいて表沙汰に出来ない違法取引の坩堝って場所なんだが?」
「その認識で間違ってないわよ」
「ならどうしてすぐそばに貴族区ってのがあるんだ?」
普通であれば、犯罪者の巣窟であるスラムから最も遠い場所に造らなければいけないのが、金持ちなんかが住む場所のはずだ。というか普通の街なら自然とそうなるだろ。
だってのに、この地図で見る限りだと貴族区からスラム街区までの距離はほとんどゼロと言っていい。これが駅であれば優良物件なんだろうが、生憎とそこは同じ穴の狢以外は避けて通るような危険地帯だ。お値段の方はグッとお安くしてもらっても誰も住みたがらないはずなのにどういう事だ?
そんな俺の質問に対して、他の全員が軒並み怒りを含んだ表情になった。
中でもリューリューの変わりようは凄く、自分の拳を音が鳴るほど力強く握りしめ、その一点だけを睨み付けながら歯を鳴らすほど強くかみしめて隠しもしない殺意が〈万能感知〉で確認できる。
「姉さん……」
「黙ってないで説明してくれるとありがたいんだが?」
「う、うん。この地図を見てもらうと分かるだろうけど、貴族区とスラム街区の間が開いてるだろ」
「ああ」
これがほとんどゼロと言った理由だ。この隙間はスラム街区をぐるりと囲むように記されていて、それをさらに囲むように貴族区が存在する。伯爵は街づくりの才能がないのか? いや、この場合は意図してこんな形にしたと判断するのが自然だな。
「これは門であり檻であり……狩場でもあるんだ」
「……なるほど」
狩場ねぇ。普段であれば特別気にするような単語じゃないけど、このあからさまな造りを見れば答えの想像は容易だ。狩るのは貴族。狩られるのはスラムの人間という事になる。
そして俺の知識が正しいのであれば、そう言う場所には戦災孤児とかやむなく住まわざるを得ない状況に陥った善人が少なからず存在する。悪人がいくら殺されようと自業自得だと一蹴するが、そうでない人達――女性限定に向くのはチャンスとしか思えないね。
ここで俺という救世主が颯爽と現れて、並み居る腐り切った貴族連中を地獄の底に叩き落とす。
そうすれば、スラムの人達に滅茶苦茶感謝されて好感度はうなぎ上りでうはうはじゃないか。
まぁ……さすがにそんな事を言える空気じゃないんで押し黙るけどな。
そして。伯爵がど真ん中に家を構えているのも、門からじゃ届かない獲物を狩る為になんだろうな。
「伯爵は基本的にここから動かない。だからスラムの人達が襲ってこないように守りを固める騎士の強さは異常だし、魔法による結界で人の接近はすぐに気付かれるようになっているんだ」
ならばスニークミッションは無理か。まぁ俺の〈身体強化〉があれば気付いて対処されるより先に、ある程度薙ぎ払う事が出来そうだから問題ないな。
「爺さん。他に聞きたい情報とかあるか?」
「そうじゃなぁ……ならばあの小僧の様子を聞かせてくれんか」
「あの男の様子なんて何も変わらないわよ。人を人と思わず重い税をかけ、些細な罪でも即犯罪奴隷に仕立て上げる腐った性根。この手で殺す事が出来るのなら1000回殺したって殺したりないわ!」
おーおー。相当に恨んでいるみたいだな。大方の予想は出来るけど、確信に至るにはまだ信頼度とか諸々の壁が多すぎる。ここは黙っておくとしようかね。
「さてと。それじゃあ話は十分に聞けたんでこれで。さぁ爺さん。店に案内してもらおうじゃないか」
「お嬢ちゃん凄いのぉ。この空気でよくそれを言い出せるのぉ」
「リューリューの恨みがすごいことは理解しているぞ? でもそれは俺には関係のない事だ。薄情に聞こえるだろうけど、俺が被害を受けている訳じゃないし手伝えと依頼を受けた訳でもない。情報を欲しがったのはいざという時に仕返しをするためだけだしな」
という訳で、仕掛けてきた相手とその居所は把握した。大前提とした依頼に対する必要な情報は既に集まり終わった。ここから王都までは全力疾走で数時間あれば着くだろうから、自由時間が増えてしまった。
その辺りは綺麗な女性に声をかけてお近づきになったりしていればあっという間に過ぎるだろう。なのでさっさとお店に行って多くの女性とお話をしたいので、3人の背中を押してさっさとコテージを出て行こうとするが、不意にリューリューが立ち塞がる。その目にはかなり強い決意のようなものが宿っている――ような気がする。
「1つ聞かせて。貴女なら伯爵を殺せる?」
さて……どう答えたもんかね。
騎士団長――確かランドルヴだったっけか? と戦った時も、あのハンマーにはヒヤッとしたけど当たらなければどうって事ないし、何より本気を出したわけじゃない。きっと余程の事が無ければ大丈夫だろう。あのアンリエットと同類さえ来なければ。
しかし。これで出来ると言えば十中八九依頼してくるよなぁ……美少女であるリューリューの頼みであれば断りたくないが、それ以上に目立ちたくない気持ちが強い。しかしなぁ……これを受ければほぼ確実にエッチな願いも承諾してくれるだろうなぁ。悩むなぁ。
時間にして1秒にも満たないほんのわずかな時間。俺は――断らせてもらう事にする。
「悪いが目立つのは避けたいんでね。勝てるとは思うけどその依頼を受けはしないかな」
当然。その表情には落胆の色が濃く映る。う……美少女の困り顔は何とも良心にチクチクと突き刺さる。だが安心したまへ迷える子羊よ。俺は受けないと言っただけで別にの人間が受けないと言っている訳ではないのだよキミィ。
――――――――――
「どうだ。これならアスカって分からないだろ?」
「え、ええ。こういってはなんだけど、魔法も使わないでここまで変わられると、私達でも尾行は難しいわね」
という訳で、俺達はいまだにコテージ内にいる。
そして、優雅に1回転して見せる。スカートがふわりと舞い上がって下着が僅かに顔をのぞかせるとキュエルが顔を赤くして即座に目を逸らす。駄目だねぇ。その程度で焦ってるようじゃ立派なアサシンとジェントルマンにはなれないのだよ。この俺のように……な。そこっ! 笑うな!
ちなみに今の俺の格好は、いつものショートカットの上にピンクのゆるふわロングのカツラをかぶり、目には瞳が大きくなる金のカラコンに長いつけまつげ。頬には薄くチークを塗って瑞々しいピンクのリップグロスを塗れば、どこぞのお嬢様? って感じの美少女いっちょ上がり。ここにリリィさんが居れば穴という穴から水分を吐き出しつつ俺を頬擦りするんじゃないかって程の出来栄えだ。
そこに加えて、ミスリルの胸当てに手甲。腰にはレイピアと魔法の杖を差したホルスターにコンバットブーツといういで立ちは、少なからず冒険者って感じに見えるだろう。名前はメリーとした。
「しかし凄いもんじゃなぁ。人の髪を保存しておくとはお嬢ちゃんは見かけによらずエグイのぉ」
「これは偽物だよ。俺の国ではファッション――じゃなくて、着飾ったりする時につける道具の一種だから種類は豊富でな。興味あるのか?」
「ない事はないが、ここまで長いと面倒そうじゃのぉ」
「心配ご無用。ちゃんと男用の物もあるんだなぁこれが」
「なんと!? 少し見せてくれんか?」
「どうぞどうぞ」
もちろん。可愛い女の子を頼むぞと念を押しておくことも忘れない。これは所謂先行投資だ。こんな物をくれてやらなくたってキッチリ美女を紹介してもらえるだろうけど、こういう贈り物をしてくれた相手にとって都合が悪い事は黙っていてくれるだろう。
そんな事を考えながら、爺さんがかつらをウキウキしながらつけては外しを繰り返している後姿を、悪いであろう笑みを浮かべながら眺めた。




