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#112 まさに本末転倒と言わざるを得ないな

「出来たわよ。生姜焼きに豚汁。ついでに野菜のお漬物よ」


 作り慣れたものと比べると、素材の点に置いて数段劣るものとなってはいるが、心の底からそれを渇望しているナガトからすればそんな事に差を感じはしないだろう。何しろ食えるのと食えないのでは絶対的な違いとなっているんだからな。


「おぉ……これだよこれだよ! 作れんじゃねぇか女!」

「聞いた料理をそのまま再現しただけ。過度な期待はしない方がいいわよ馬鹿勇者」


 そんな俺の説明は耳に入っていないのか、どこぞの駄神のように一心不乱に生姜焼き定食を喰らっているので、こっちはこっちで〈疾駆する者(スターター)〉とおっさん達にはこの世界でも一般的な料理を俺の手で作ってやり、リエナには一切の妥協を許さずに最高級の食材で肉巻きおにぎりと肉たっぷりの豚汁を手に馬車へと急いだ。


「遅い。ペコペコ」

「悪い悪い。ちょっと厄介な馬鹿に絡まれてな。朝飯だ」


 豚汁と肉巻きおにぎりを差し出すと、目をらんらんと輝かせながらフォークを突き刺して飲み込むように食べると、やはり嬉しそうに小さく飛び跳ねながら次々に胃の中へと流し込んでいくのを眺めながら俺も一口。今回は少しピリ辛の味付けにして、少し変化球をと思っておにぎりにチーズを混ぜ込んだ物をいくつか忍ばせてみた。これが熱で溶けてトロリとなれば、まろやかさが加わって美味い。


「っ!? 中に何か入ってるの。こっちより美味い」


 どうやらチーズ入りを引き当てたようで、それを一際おいしそうに頬張る姿は何とも癒されるし、料理を作った身としては非常に喜ばしい光景だ。

 あっという間に食事を終えたリエナに、そろそろアスカに戻るためにいったん離れる事を告げて、使った食器を返そうと再び宿屋に戻ってみると、こっちもこっちで満足したように食後に赤色の何かが入ったコップを傾けていた。


「戻ったか。久しぶりの日本の飯はやはり美味かったぜ」

「そう。それじゃあさっそくだけど私の条件を聞いてもらうわね」

「……分かった。じゃあ屋敷に来い。そこならある程度は安全だ」

「……大丈夫よ。『こうすれば聞かれても理解できないでしょうから』」


 俺の説明に対し、ナガトが驚きに目を見開き。その場に居合わせた他の面々は首をかしげる。

 今の俺の使う言葉は、駄神からもらってやった〈異世界全語〉がオフにされ、完全な日本語としてつむがれてナガトの耳朶を震わせたんだ。これに驚かなかったら他になにに驚くんだっての。


「テメェ……何モンだ」


 途端にピリッとした空気が食堂内を支配するが、その程度の殺気で俺がどうにかなると思ってる時点で甘い。俺をビビらせたかったらアニーかリリィさんを怒らせないとな。


「レナ・ディオール。それ以上でもそれ以下でもないわ。今のところ貴方に敵対するつもりはないわ。まぁ……敵だったとしても食べた後だからキッチリと条件は飲んでもらうのだけれどね」

「何が望みだ」

「ユーゴ伯爵を殺す。その手伝いをしなさい」


 その発言に反応したのは当然ナガトだけだ。まぁ……だから堂々と言葉にした訳だけどな。こんなのをリングレットや野郎騎士にでも理解されたら速攻で襲い掛かってくるかもしれない。まぁ楽勝で返り討ちだけどな。


「テメェ……気は確かか!」

「至極真っ当なつもりよ。私はとある人物から依頼を受けて、伯爵の居るシュエイに向かって旅をしている最中なの。貴方にはその依頼の成功率を微かにでも上げる為の駒として手伝ってもらうわ」

「馬鹿言ってんじゃねぇ! んな事したら人族の土地に居られなくなるじゃねぇか」

「大丈夫よ。奴の罪が明るみになれば正義はこっちにある。そこに加えて、勇者である貴方がいれば最悪の場合はいくらでも事実をでっちあげる事が出来るわ。勝てば官軍負ければ賊軍というでしょう?」


 こっちとしては証拠を自白させるのが勿論望ましい訳だけど、万が一出なかったとしてもあまり大きな問題ではない。勇者という旗印の元、伯爵が販売禁止とされている〈狂乱種〉の麻薬を売りさばいていたと声高々に宣言すれば、たとえ嘘だろうと信じる奴が現れるはずだ。

 そうなってくれれば後は民衆が勝手に伯爵は悪だと祭り上げてくれるだろう。一応今のところは悪という判断で間違いないんだからな。バレるのが遅いか早いかの違いだ。


「テメェいい度胸してんな。あそこの騎士共は精強揃いだぞ」

「私から見れば烏合の衆よ。そう言う貴方はどうなの。日本に居て人殺しが本当に出来るの? 出来なくても拒否権はないけどね」

「構いやしねぇよ。人殺しなんぞここに来るとっくの昔に経験してる。いまさらそれが増えたところで何とも思わねぇっての」


 そう言えば最初に出会った時も、躊躇いなく俺を殺そうとして来てたっけ。そう考えると殺人鬼か何かだったのかなって疑問がない訳じゃないけど、別に襲われたところで脅威に感じないからいいか。


「それなら大丈夫ね。私は一足先にシュエイに向かうから、貴方は少なくとも3日後までには周囲を説得してから、1人でも少数精鋭でもいいから来なさい。来なかったらこの街の全てを消し飛ばすからそのつもりでいなさい」

「ったく。とんでもねぇ代償を支払わされたもんだ」

「だったら、これからはもう少し考えてから交渉する事ね」


 ま。事前に望みを聞いてきたところで完全に無視するつもりだったし、受け入れなければ受け入れないで1人で何とかしただろうし、生姜焼き定食も頑として受け入れず、叩きのめした挙句に逃亡しようと考えていたからな。

 という訳で、勇者ナガトのスポット参戦が決まったという事だから、俺はアスカに戻る為に最低限の取り決めだけをすり合わせてさっさと街から出て行き、念のために〈万能感知〉をフル稼働させて怪しい反応がないのを十二分に確認してからアスカへと戻って村へとんぼ返りすると、丁度出発の準備が終わったのかおっさん達とは門の所で出くわした。


「アスカ嬢。戻ったか」

「おう。それよりも置いて行こうとするなんて少し薄情じゃないか?」


 明確な時間を決めていた訳じゃないから文句を言うのは筋違いとはいえ、さすがにおいて行くのはどうかと思う今日この頃。

 安全面を考えれば、俺の居る居ないは生存に大きく違うという事を嫌と言うほど昨日の内に何度か体験したというのにだ。

 そんな思いを乗せての文句に対し、おっさんは宿を引き払ったからここで待ってたんだとあっさり切り返されたのでそれ以上は何も言う事無く馬車に乗り込んで、リエナのそばに腰を下ろす。


「さて。今日は絶対にシュエイにたどり着くぞ」

「何言ってんだいお嬢ちゃん。こっからシュエイまでなんて1日で行ける距離じゃないぞ」

「そうだな。馬を変えながら夜通し走るって言うならできなくもないだろうけど、それをやるには金がかかりすぎる。この規模の商隊ではまず不可能だぞ」

「マジかよ!? 馬車ってそこまで遅いのか……」

「いやいや。この規模でこの速度はかなり速い方っすよ?」


 なんでもこの商隊の馬車を牽く馬は、時は金なりという言葉を異世界人から聞いて感銘を受けたらしい主人が、体格に優れて力もスタミナも優秀な種類を掛け合わせて生み出した物らしく、これでも普通の馬車の倍以上の速度で進み、休憩も普通の馬の3分の2程度でいいらしく、これが新たな商売として成り立ったおかげで現在の地位を築いたらしい。

 随分と金をかけてるなぁと思いつつも、改めてユニの凄さを実感させられる。

 レベルが高く〈特殊個体(ユニークモンスター)〉であるユニと比べるのもどうかと思うけど、人間。楽を覚えてしまったらそれ以下の境遇にグレードダウンさせるのは難しくなるもんだ。事実、今の俺がそんな状況だと言える。


「どうにもならないんじゃしゃーないか。そいじゃ今日はどこまで行く予定なんだ?」

「ここから2つ先にあるグリュという街だ。そこで商隊の半分が分かれる予定になっている」

「ふーん。あっ」

「どうした?」

「いや。何でもない」

「それならいいんだが……魔物が来たら何とかしてくれよ」

「分かってるって」


 しまったぁ……っ。リエナの事に夢中になりすぎてあの村に居たではずであろう美女との出会いに注力する事を忘れていた。1人がリングレットなんだとするならば、もう1人は一体誰だったのか非常に気になるところだけど、さすがにそれだけの理由であそこに戻れるわけないし……今回はなくなく諦めるしかないか。

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