8話 熟睡
「今から晩飯の材料買うけど何か食いたいものあるか?」
ご飯のことになると優しいね。でもそのちぐはぐさが私は怖いよ。
「お肉! お肉食べたい!」
「ガキの好みだな。予想通りすぎて笑っちまうぜ」
いちいち挟んでこなくて良いんだよ! ただ了承するだけで良いというのに。けどちゃんとお肉を買ってくれている。変なやつだねー。
「帰るぞ。今日はお前にもメシ作るの手伝ってもらうからな」
帰路につく。お肉といくつかのスパイスを入れた巾着袋を肩に乗せて歩く。一仕事終えたあと、きっとご飯が美味しく食べられるぞ!
アグニの家、そして私の犬小屋未満の家に着いた。フロンティアに行ってからすっかり忘れていたが、自分の帰るところが塀で囲まれただけの家畜扱いされる場所という現実がここにはある。でも今は一旦そんなこと忘れてしまおう。ご飯のグレードは下がらないはず……流石にそうだよね?
「今日はミートパイを作る。お前は生地を作っとけ。材料は全部置いといたし分量と工程も書いといたからよ」
「えっと、とりあえず全部混ぜて捏ねれば良いんだな。……ふぅ、そしたら次は……1日寝かせる? 今から?」
「もう捏ね終わったか。寝かせるのは俺がやっとくからちょっとこっちやっててくれ」
寝かせるのをやるとは? 置いておく以外は何もできなくないか? ……あっ! 法術で時短できるってこと!?アグニは捏ねただけの生地に手をかざす。アグニが何かを唱える。見た目ではわからないがアグニがこっちの作業に戻ってくるあたり、寝かせ終わっているのだろう。一体どういう効果なのだろうか。寝かせるという工程をスキップするだけのものなのか、局所的に時間をいじるものなのか、気になるところだ。
「今から焼くから皿並べとけ」
いつの間にか生地のセットまで終えていたアグニが言う。私はそれに従って棚から皿を出して並べ、焼き上がりを待つ。30分もしないうちに表面が艶々の黄金色になったパイが出来上がり、切り分けられたパイが皿の上に乗せられる。
「「いただきます」」
肉がぎっしりと詰まっているのに重たさがなく、それでいてコクを感じる味わい。生地の外側はサクサクとした軽い食感で、内側は肉汁を吸ってしっとりとしている。とても美味しい。やはりご飯に関しては信頼してもいいな。
あっという間に一切れを食べ終える。そして次の一切れに手を伸ばす。それもまたあっさりと食べ終える。そしたまた一切れに手を伸ばす……
「食い過ぎだ! 明日に残せるように大きめに作ってんだよ! 今日はもう終わり!」
「えぇー! もっと食べた〜い〜!」
「残念でした〜! 今日はもうダメで〜す!」
そう言うことは先に言ってよね。それなら最初から歯止めが効いたのに、今言われたって私の食欲は止められないんですけど〜! まぁ何とか抑え切るんだけどね。
食べ終わったらすること、それは後片付け。残ったパイを棚の中に入れる。どうやらこの中に入れておくと冷たくして保存ができるらしい。これもまた法術が使われているらしい。便利なものだ。使い終わった皿や食器は洗って乾かす。これで後片付けは終わりだ。
「俺は風呂入ってくる」
そう言って渡されるのは蒸しタオル。アグニ曰く皮膚の汚れや発汗がない以上、これで十分とのこと。私はそんなことはないと思うが、どうやら彼はお風呂が好きなようで彼にとっての聖域のような場所だそう。そんなところに得体の知れない謎の生命体を入れたくない気持ちは分かるので我慢する。
アグニの風呂は長い。私が全身を拭き終わってから1時間ほど経って漸く上がってくる。
「そんじゃ、明日の予定話すか。今日レディが言ってた通り明日はコレレの検査を受けてもらう。早めに終わることはないから一日中検査を受けることになる。最初だからあんまり変なことはされないと思うが……一応覚悟はした方が良いかもな」
「あぁーやだー、そのコレレって人は私に何がしたいんだー」
「コレレはフロンティア攻略の専門家だからな。新種の魔物が出たってんなら全部調べ尽くして完全に対策をしなきゃ気が済まないんだとよ」
なるほどねー。実にイノベーターらしい目的があって私を弄ろうとしてるのねー…… 余計に怖いよ! 全部調べ尽くすって何さ!
「発見されてる個体がお前しかいないから身体機能を損なうようなことは絶対にしてこないから安心しろよ」
「それでも怖いよー!」
明日も憂鬱確定。もしかしたら今日騒げていたことが幸せだったと思うほどに苛烈なことをしてくるかも知れない。……考えたら嫌になってきた。このまま嫌がっているより早く寝て少しでも思考できる時間を減らそう。睡眠は時間を簡単に消費できていいな。
「もう寝る。おやすみ」
「おう、おやすみ」
寝るために外に出る。普通に考えておかしいと思う。ただ今はどうにもならない。せめて安全な場所で寝ようと、またただの塀の内側で横になる。今の季節なら野晒しでも割と過ごしやすい。目を瞑ってしばらくすれば簡単に眠れる。だが眠れるというだけ、今の環境は大変不満だ。早く新しい木材を買って床と屋根をつけさせてくれ。
眠りに落ちる前、地面より自分のほうが硬いことに有り難みを感じる。そして翌朝、気分に反して快眠だった私は欠伸をしながら体を起こす。屋根がない分起きて体を起こすという動作が簡単だ。家の中ならそんな事を気のする必要なんかないことを除けば唯一の利点と言えるかもしれない。
「起きてるならもう行くぞ。早く立て」
いつの間にか私の背後に立っていたアグニが、寝起きには優しくない台詞を言って登場する。というかこいつは何でこんなに起きるのが早いんだ。今私が見ている空は緋色が残るぐらいの色合いだぞ。昨日も既に身支度を終えて私を起こしにきていたあたり、私を叩き起こすことに心血を注いでいるのか?
一旦どうでもいいことを考えつつ立ち上がる。今日も身支度という身支度をせず、何も言わずに歩いているアグニの背を追う。
しばらく歩いていると開けた道に出る。その奥にはギルドと同じくらいの大きさの拠点らしきものが見え、こちらに向かって大きく手を振っている女性も見える。
「ようこそ〜!! 今日はい〜っぱい楽しませてもらいますね〜!!」
もう終わりだよ。楽しませてもらうとか言っちゃってるよ。あんまりシャバに出ちゃいけない人だよ。……うわっこっちに走ってきた!!
「早速なんだけど〜、“お腹”、見せてもらってもいい??」
あっ、開かれる。




